京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『アナザーラウンド』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 9月21日放送分
『アナザーラウンド』短評のDJ'sカット版です。

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デンマークの4人の中年男性教師。ことさら何かが不満というわけでもないのですが、冴えない毎日を送る中で、人生に希望を見いだせなくなっていることも確か。彼らはある日、ノルウェーの哲学者が提唱したという「血中アルコール濃度を一定のレベルに保てば、仕事の効率が良くなる」という説を実証しようと企むのですが…

偽りなき者(字幕版)

主人公のマーティンを演じるのは、デンマークのみならず、国際的にも人気・評価ともに高いマッツ・ミケルセンです。監督と共同脚本は、『偽りなき者』でもミケルセンとタッグを組んでいたトマス・ヴィンターベア。メタリカのMVを手がけたこともある人ですね。今回の『アナザーラウンド』は、アカデミー賞で国際長編映画賞を獲得。監督賞にもノミネートを果たしていました。
 
僕は先週木曜日の夜に、MOVIX京都で鑑賞してきましたよ。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

酒を飲むシーンが出てくる映画というのは、枚挙にいとまがありませんね。たとえばバーでの所作がかっこいいってこともありますが、これもかつて銀幕で漂いまくっていたタバコの煙と比べると、今ひとつ分が悪いところがありまして、たいていの作品で登場人物は飲みすぎてやらかしています。酒のんでヒャッハーみたいな『ハング・オーバー』シリーズですら、その呆れんばかりのやらかし具合には、観ていて落ち込んでしまうほど。まぁ、ハング・オーバーのあいつらは反省していないような気もしますが、ともあれ、アルコールをメインモチーフにすればするほど、その負の側面がクローズアップされるものです。このコロナ禍で酒場が閉まり、街へ溢れ出した路上飲みに眉がひそめられることもありましたから、ますます酒への風当たりは強くなっているような気がします。

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(C)2020 Zentropa Entertainments3 ApS, Zentropa Sweden AB, Topkapi Films B.V. & Zentropa Netherlands B.V.
その点、この映画のユニークなところは、酒の魅力の恐ろしさをきっちり伝えたうえで、それでも酒を飲むことそのものを否定せず、人生の希望・喜びへとベクトルが向いていること。ラストショットをどう捉えるかによって解釈は変わりますが、僕はそう考えています。
 
まずもって興味深かったのが、デンマークの飲酒事情です。主人公マーティンの妻、アニカが途中で言ってました。この国は酔っ払いだらけだと。観客もそう思いますよ。酒を買ったり、お店で飲んだりするのには制限があるものの、デンマークでは「飲酒は20歳になってから」みたいな法律がないんですもんね。だから、冒頭に出てくる高校生たちのおおっぴらかつバカな飲みっぷりに面食らうことになるわけですが、彼らには輝ける未来と可能性があるわけだから、それを酒でふいにするでないぞと、42歳、かつて僕もだいぶバカを見たおじさんとして心配になっていたら、いやいや、それこそ40代の中年親父たちの方がよっぽど心配でこちらも身につまされました。

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(C)2020 Zentropa Entertainments3 ApS, Zentropa Sweden AB, Topkapi Films B.V. & Zentropa Netherlands B.V.
ポイントは、中年の危機です。主人公マーティン同様、4人の男性高校教師たちの頭には、それぞれに生きる気力が減退するような、ぼんやりとした不安・不満・やるせなさ・だるさのようなものがモヤのように立ち込めているんです。ひとりの誕生日を祝う目的で集まって酒を飲むと、あら不思議、その時ばかりはそのモヤが晴れる気がする。と、そこでやめれば、ただの一夜の憂さ晴らしなんだけど、しょうもない提案が出てしまうんですよね。ざっくり言えば、ずっとほろ酔いでいたら、万事快調なんじゃないかと。それなりのインテリらしく、検証結果を論文にまとめようぜ、なんつって、自分の身体で実験を始めるわけです。薄々どころか、火を見るより明らかなことですが、人は自分ひとりで生きているわけではないのだから、実験失敗とあらば、滅ぼすのは自分ばかりではなく、ある程度は、ほら言わんこっちゃないという展開を見せるんですが、その一方で、彼らの人生が上向く時間があるのも事実でした。ほろ酔いで授業すんじゃねえってことですが、自分に自信を持ち直した彼らは、イキイキと仕事に取り組み、それが学生たちにも芳しい影響を与えるんですね。ただ、人は調子に乗るものでして、詳しくは伏せますが歯止めがかからなくなるのも確か。

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(C)2020 Zentropa Entertainments3 ApS, Zentropa Sweden AB, Topkapi Films B.V. & Zentropa Netherlands B.V.
で、普通なら、そこで取り返しのつかないことが起きて幕切れってなりそうなものなのに、この作品はそのさらに先へと向かうんです。この4人はそれなりに周囲に迷惑をかけたけれど、それぞれに人生と向き合って、その壁を捉え直したんですね。結果として、アルコールってダメだよね。気をつけないとねっていう教訓話にしてはいなくて、むしろ僕らの人生の息苦しさとか社会・時代の閉塞、合理主義だけではギシギシ言ってうまくまわらない部分の潤滑油として、お酒に代表される非合理なものも必要ですよねっていうバランスになっているんです。さらにすごいのが、少なくとも僕はこの映画を観ることで酒が飲みたいとは思えなかった。そういうフォトジェニックだったりあこがれたりする見せ方はせず、効用の部分は感じさせるという離れ業ですよ。ラストショットに、僕はマーティンの人生の喜びの方への大いなるアクションを見ています。その意味で、とてもユニークなアルコール映画でした!
僕のラストの解釈は、この曲が流れたことにも後押しされています。人生讃歌だと感じるからです。

さ〜て、次回、2021年9月28日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『オールド』となりました。シャマラン監督が今回取り組んだのは、「老い」というテーマのようですね。生き物によって寿命は違うし、流れる時間の感覚も違うのだろうけれど、みるみる老いていくとしたら、人はどうする? こわいよ〜! あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!