京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

「イタリア名優列伝 ちょいワル編」全体解説 ~イタリアの星々に見とれて~

ドーナッツクラブが国の力を借り(文化庁助成金)、満を持してお送りするイタリア映画祭「イタリア名優列伝 ちょいワル編」、なかには満席回も出る盛況をいただいております。映画館での上映は今週末までのアップリンク吉祥寺を残すのみ、引き続きオンライン上映が堂々スタート! ということで、映画祭の概要と僕たちドーナッツクラブの想いをより良く知っていただくために、フルカラー20ページの謹製映画祭オリジナルパンフレットのなかから、野村雅夫による全体解説を公開しちゃいます!
 
パンフレットはオンライン販売対応ですが、まずは野村雅夫による3000字たっぷりのコラムをお楽しみください。

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イタリア名優列伝 ちょいワル編
ローマに住んでいた2005年から2007年、夏が近づくと僕が楽しみにしていたことがある。ヴァカンス・シーズンでみんなが逃げ出したローマの街はガランとするのだが、夜の帳が下りてくると、地元の小学校のグラウンドや中庭に灯りがともる。集まってくるのは夕涼みを兼ねて映画でも観ようかという老若男女で、日没から日付の変わる頃まで、最近のヒット作から往年の名作まで、多種多様な作品が上映されるのだ。題して、「星空の下のスターたち」。どでかいスクリーンで、夜、冷えたビールなんかを飲みながら、文字通り星空の下で映画スターたちを観たことが懐かしい。
い。

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スプレンドール
ところで、古今東西、無数にある映画の中から、あなたは何を基準にして鑑賞作品を決めているだろうか。ちょっとした映画通なら監督? どこかの評論家やラジオDJがオススメしていたから? ヒットして巷で話題だから? 原作が好きだから? 答えはいろいろあって、どれもこれもそれでいいのだが、きっと一番多いのは、「好きな俳優が出ているから」ではないだろうか。あの人が出ているやつは、どれも観たい! それがたとえたいして面白くなかったとしても、スターの姿を拝めたから、文句なし。これは、人が映画を鑑賞する大きな動機だ。
 
では、イタリアの俳優といえば、あなたは誰を思い浮かべる? おおよそ片手で数えられる程度が平均的なのではないかと、勝手ながら推察してしまう。そして、それも仕方のないことだと、僕は思う。原因はいろいろ挙げられるが、その最たるものは、日本におけるイタリア映画の興行のあり方ではなかろうか。とりわけ輸入が盛んになった1950年代以降、バブル期のミニシアターブームくらいまでの長きにわたって、作品の宣伝に用いられたのは、その多くが監督の名前だった。ロッセリーニ、デ・シーカ、ヴィスコンティフェリーニ、アントニオーニ、パゾリーニ、タヴィアーニ兄弟、ベルトルッチ、レオーネ、アルジェント、トルナトーレ、ベニーニ、モレッティ…。確かに、彼らはそれぞれ独自の演出と映像感性で、イタリアのみならず、世界映画史にその名を深く刻んだ面々である。間違いなく巨匠と呼ぶにふさわしいのだが、基本的にはスクリーンに直接その姿を見せるわけではない。一方で、表に出る俳優たちはと言えば、マルチェロ・マストロヤンニソフィア・ローレンは別格として…。あとは、ジュリアーノ・ジェンマあたりなら、その昔、日本のテレビやCMに出るほど人気者だったから、よく知られているだろうが…。その他となると、一定レベル以上の映画好きでないと、固有名は出てこないのではないか。日本同様、コンスタントにレベルの高い作品が作られ続けている映画大国イタリアの作品が、(特にここ20年ほどの間)広く認知されるにいたらない大きな理由は、巨匠と呼べるような図抜けた監督が少なくなったこともあるが、ひとえにスターたちのキラメキを売り出す努力がいまひとつ重要視されてこなかったことにある。少なくとも、京都ドーナッツクラブはそう考えている。
 
去年の秋は、今乗りに乗っている俳優としてエドアルド・レオにフォーカスしてイベントを企画したが、今年はざっとイタリア戦後映画史を概観するようにして、イタリアでの評価と日本での知名度が釣り合わなさすぎる俳優たちを改めてお披露目しようと決めた。メンバーそれぞれに思いを巡らせるのは楽しい時間だ。あの人も取り上げたい、この人も取り上げたい。腕組みして、考えれば考えるほど、東海林さだおの長寿食エッセイ連載みたいな調子になり、リストはどんどん長くなる。そして、大変なのはそこからである。予算は限られているし、権利元がすぐに判明しないような作品だと開催までに交渉が間に合わない。どうしよう。結果的には、わりと正攻法というか、シンプルな選び方になった。それぞれの時代において、それこそ、あれにも出ていた、これにも出ていたという役者が「共演していて」、日本ではDVDや配信で「現在観られない」もの。もちろん、「日本初公開」となるものも積極的に紹介したい。こうして10本強の最重要作品がリスト化され、交渉の紆余曲折を経て落ち着いたのが、今回ご覧に入れる6本であり、そこで躍動する「ちょいワル」たちである。この雑誌LEON的副題を採用したのは、今回便宜的に男性俳優にフォーカスしたこともあるが、実際、それぞれの作品の中で、彼らはそれぞれに「ちょいワル」化する場面が必ずあるから。これは確かに「ちょいワル」だとか、いやいや「ちょい」を通り越して「かなりのワル」だぜ、とか、そんな具合に観てもらうのは、楽しむにあたっての必要条件ではないが十分条件にはなるだろう。
 
もしあなたがローマへ行けば、土産物店や食堂で必ず1度は目にするだろう俳優。それが、アルベルト・ソルディだ。きっと今日もあちこちに貼り出されたポスターの中で、彼はスパゲッティを大きく開けた口に運んだまま止まっているいるはずだ。その作品『ローマのアメリカ人』(Un americano a Roma、1954年)もいつか上映したいものだが、今回は、『自転車泥棒』や『ひまわり』の演出で世界的巨匠として知られるヴィットリオ・デ・シーカのハンサムっぷり、イケオジっぷり、そしてろくでもない権力者を演じるとサマになる感じを楽しんでもらおうと、ソルディと彼が丁々発止のやり取りをする『交通整理のおまわりさん』を選んだ。

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『ローマのアメリカ人』
もしあなたが僕の家に遊びに来れば、「これですわ、これ!」と僕に自慢されるだろうポスターは、イタリアのチャップリンなんて言われることもある喜劇王トトと、あちらの太っちょ俳優のさきがけであるアルド・ファブリッツィが共演していた『警官と泥棒』(Guardie e ladri、1951年)のものだ。ラインナップのバランスを考えた上でこの作品の上映は見送ったが、ふたりの出演作はしっかり選んだ。

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『警官と泥棒』
僕の母シルヴィアがフェイバリットによく挙げるヴィットリオ・ガスマンは、僕も大人になってからその魅力がよくわかった人だ。色男でもあるし、知的でいて、時にしっかりバカもできる。そりゃ、人気も出るはずだ。
 
他にも、本当は喜劇が得意で、その片鱗をシリアスな芝居にも垣間見せるマッシモ・トロイージ。ネチョッとした独特な声と、ポヨンとした体型で冴えない男を演じることが多いものの、しっかり主役を張るのは演技力が図抜けているからに他ならないシルヴィオオルランド。彼は社会的な役割の鋳型の中で居心地悪くもがく役を演じさせるとピカイチだ。そして、21世紀に入ってからのスターと言えばまずこの人という、ステファノ・アッコルシ。その色気はただごとではない。マストロヤンニにもご登場願った(というより、彼抜きには考えられない)。

とまぁ、これより先の個別具体的な魅力はそれぞれの解説に譲るとして、彼らはとにかく僕たちがよくよく考えて集めたスターたちだ。メンバーの個人的な想いも溢ればかりにあると同時に、等級で言えば一等星にあたる人たちばかり。まとめれば、この上映企画は、イタリア映画史という大空に輝くスターたちを僕たちが結んだ新たな星座だ。映画館という闇の中で、彼らの放つ輝きにぜひ目を細めていただきたい。

もし好評とあらば、今度はちょいワルではなく美男子を集めたっていいし、女優という呼称が廃れゆくものであることは承知したうえで、イタリアが誇る女性たちの活躍にも目を向けてもらうのもいいだろう。そんなワクワクの有意義な未来を見据えながら、そして誰に頼まれたわけでもないのに使命感に燃えながら、僕たちはただただイタリアの銀幕できらめく俳優たちにこれからも見とれていく。
 

 
名調子の全体解説のほか、各作品解説コラムやフルカラー場面写真などが満載のオリジナルパンフレットは、各館窓口に加えてオンライン販売でも! 映画の鑑賞後にぜひお手元に、そしてさらにイタリア映画の魅力にハマっていただけますように。
 
そしてオンライン上映は12月8日(水)12:00スタート! こちらはなんと、本家・イタリア映画祭を主催する朝日新聞社に共催していただくという夢のコラボが実現しましたので、配信はイタリア映画祭のプラットフォームから行います。ちょいワル特設サイトからリンクで飛べますので、映画館でご覧のみなさまもぜひご反芻のほど。また、ドーナッツクラブ公式ツイッターでは最新情報と野村雅夫による各作品解説動画も順次公開予定ですので、こちらもぜひフォローよろしくお願いします。
 

doughnutsfilm.jimdosite.com

「イタリア名優列伝 ちょいワル編」
2021年
11月19日(金)~28日(日) @アップリンク京都
11月26日(金)~12月5日(日) @アップリンク吉祥寺
12月8日(水)~19日(日) @オンライン上映会