京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『ディア・エヴァン・ハンセン』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 12月14放送分
『ディア・エヴァン・ハンセン』短評のDJ'sカット版です。

f:id:djmasao:20211213213412j:plain

アメリカの郊外で、地元の高校に通うエヴァン・ハンセン。彼は内気で、学校に友達がおらず、シングルマザーの母親は看護師としての仕事が忙しく、孤独な日々を過ごしています。エヴァンは、セラピストから勧められて書いた、自分宛ての手紙を、ひょんなことから同級生のコナーに持ち去られてしまうんです。後日、コナーは自ら命を絶ちます。彼の服に残っていたその手紙を見つけたコナーの両親は、それをコナーがエヴァンに宛てて書いたものだと勘違いしたことから、事態は思わぬ方向へ。

ワンダー 君は太陽(字幕版)

数々の賞に輝いたブロードウェイ・ミュージカルの映画化でして、監督を務めたのは『ワンダー 君は太陽』のスティーヴン・チョボウスキー。ミュージカルパートの曲は、『ラ・ラ・ランド』や『グレイテスト・ショーマン』などで一躍ヒットメーカーとなったベンジ・パセック&ジャスティン・ポールのコンビが担当しました。主人公のエヴァンを演じるのは、ミュージカルでもこの役に扮したベン・プラット。コナーの妹にして、エヴァンが心を寄せる女の子を、『ブックマート 卒業前夜のパーティーデビュー』のケイトリアン・デヴァーが担当した他に、ジュリアン・ムーアエイミー・アダムスなどが脇を固めています。
 
僕は先週金曜の昼に、Tジョイ京都で鑑賞いたしました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

先週扱った『スパゲティコード・ラブ』の評では触れなかったんですが、何度か繰り返されるエピソードがあって、それは「誰もいない森の奥で木が倒れたとして、その音は誰かに聞こえるのか」という問いかけでした。それはメタファーになっていて、大都会を森に置き換えれば、そこには確かに人という木がたくさん生えているわけだけれど、誰かがそこで倒れてしまっても、誰にも認知されないのではないかという、人の孤独の話だったんだろうと思います。奇しくも、『ディア・エヴァン・ハンセン』にも同様のテーマがあるんです。なおかつ、エヴァンは実際に森の中で木から落ちて、腕を骨折している様子が、冒頭のシーンから映し出されます。周りに誰もおらず、救助に時間がかかったようなんですね。その経験は、自分が誰にも気づいてもらえない存在であるという自覚を強めています。

f:id:djmasao:20211213213437j:plain

© 2021 Universal Studios. All Rights Reserved.
この森の中での怪我が、映画全体の理解にとても大切で、事実何度か振り返られることになるんですが、面白いことに、その映像はいつも少し違うんです。ある時は、彼はひとりではなく、自殺してしまったコナーが手を差し伸べてくれます。また別のタイミングでは、なぜエヴァンが木を登ったのかが明らかになって、繰り返し目にした映像の意味が変わっていく感覚を観客は覚えるんですね。このあたりは映画としての巧みなストーリーテリングでした。このエピソードが象徴するのは、リアルとオンラインでますます複雑化する人間関係の中で、人は孤独をどう乗り越えるのかということ。

f:id:djmasao:20211213213557j:plain

© 2021 Universal Studios. All Rights Reserved.
メンタルヘルスのカウンセラーから推奨されているという自分への手紙がコナーに渡ってしまったことに端を発する騒動は、エヴァンとコナーの間には人知れぬ友情が育まれていたという勘違いを生み、その誤解が今度はエヴァンの嘘を翼として飛躍して広がっていきます。この嘘がまあ絶妙な嘘なんですよ。途方に暮れるコナーの母を慰めるやさしい嘘でもあるし、そのやさしさと自分の「こうであったら良かっただろうに」を燃料にして純粋培養した美しい嘘だったんですよ。すると、今度はそれがSNSで消費される感動物語としてバズって独り歩きするようになったもんだから、さあ大変です。エヴァンは気まずさを抱えながらも、引き下がれなくなり、これまでウォールフラワー、壁の花として学校生活の日陰者だった彼が、その中心で花開いて注目の的になっていく。ただ、そこで知ったのは、たとえばクラスのリーダー的なポジションの優等生が、実は抗うつ薬を常用していたこと。そして、エヴァンも関わりを避けていた荒くれ者コナーの意外な側面。人は単純なキャラ付けで割り切れるものではないということを、この作品はあちこちで提示します。

ウォールフラワー(字幕版)

そして、もちろん音楽ですね。メロディーのキャッチーさは抜群で、曲調はそれぞれ場面にピッタリ。歌詞も心情表現としてフィット。さらには、特に体育館のくだりやゲームセンターでのパートにおいて、ミュージカルのダンスが、ただ踊っているだけではなく、映画のテーマを深める映画的な表現にもなっていて、感心しました。
 
何らかの理由でコミュニティから阻害された人を一貫して描いてきたチョボウスキー監督。さっき『ウォールフラワー』ってチラッと言いましたが、考えたら、あの映画の原作もチョボウスキーでした。誰かをはっきり悪者にはせず、SNSの功罪どちらをもあぶり出し、最後には陽光のきらめきとほろ苦さ、人生の機微を堪能させる力作でした。もちろん、問題もあると思ってます。やむにやまれずついてしまった嘘を倫理的に受け入れられないって人もいるかもだし、SNSで潮目が変わって事態が急降下、炎上する理由が駆け足でわかりずらいとか、そもそもミュージカルなので、描写不足の部分が多々ありもやもやするとか。それでも歌で持ってかれちゃう感じが美しいやらずっこいやら、何やら。でもね、人間と社会の扱いづらい困った側面をあえて美しい曲とともに描いてやろうというねらいはすごいし、後から後から考えれば考えるほど、また観たくなる作品だと感じています。まずは映画館で堪能ください。
僕が窓越しに外を歩く人に手を振ったとして、誰か気づくだろうか。誰か僕に手を振り返してくれるだろうか? エヴァンの疎外感を歌う、サントラでも大事な曲です。

さ〜て、次回、2021年12月21日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『パーフェクト・ケア』となりました。出ました、ロザムンド・パイク!  見てくださいよ、この不敵な笑みを。間違いなく、ケアしてくれなさそうなんですけど! 既に怖いんですけど! かなりいい評判を聞いているので、今から楽しみ。配信もありますね。あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!