京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『パーフェクト・ケア』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 12月21放送分
『パーフェクト・ケア』短評のDJ'sカット版です。

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一人暮らしが難しくなった高齢者の法定後見人として財産を管理しながら、法の網をくぐり抜けてまんまと私腹を肥やし続けているマーラ。彼女はビジネス・パートナーのフランと一緒に会社を運営しながら、次なるターゲットに狙いを定めます。それは、天涯孤独のリッチな女性、ジェニファー・ピーターソン。これは最高のお宝だと、これまたまんまとジェニファーを老人ホームに放り込んだマーラでしたが、どうしたことか、これまで完璧だった歯車のめぐりがおかしくなっていきます。

ゴーン・ガール (字幕版) ベイビー・ドライバー (字幕版)

 監督・脚本・製作は、イギリスのJ. ブレイクソン。マーラを演じるのは、『ゴーン・ガール』のロザムンド・パイク。そのパートナーであるフランを、『ベイビー・ドライバー』のエイザ・ゴンザレス、ふたりのカモとなるジェニファー・ピーターソンをアカデミー女優のダイアン・ウィーストが演じている他、軟骨発育不全で低身長の俳優ピーター・ディンクレイジも重要な役どころで登場します。

 
僕は先週金曜の昼に、自宅リビングでアマゾンプライムビデオの配信で鑑賞いたしました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

先に言ってしまえば、とびきり面白く、痛快な映画です。118分という、最近では平均的な尺の中で、一度もダレることなく、何度もジャンルをシフトしながら、現状の社会問題をあぶり出し、同時に観客を楽しませる。かなりの離れ業を実現しているその理由は、まず脚本にあります。
 
主人公の成年後見人マーラは、いきなり裁判で追求を受けるところから始まるんですね。告発した男性は、自分の母親がまだ自活できるにも関わらず、本人や家族の許可を得ないまま、高齢者施設へ不当に送り込まれている。息子である自分の面会が許されないばかりか、母親の資産はマーラによって吸い取られているという主張です。それに対してマーラは、同情を禁じえないとしながらも、自分は法的に問題のないことをしているばかりか、彼のような無理解な家族から年老いた母親を守るためには致し方ないことをしているのだと、理路整然と語ってみせるんです。ここで明らかになるのは、法の網の目よりも細かい論理の網の目を編み込んだマーラのやり口には、事実上、司法は介入できないばかりか、あまりに巧みな犯罪のため、問題にすら気づかれないということ。ガチガチに理論武装できているし、演技も達者なので、彼女の餌食になった家族にはとうてい勝ち目がありません。当の告発者たる男性は、裁判所の外でマーラを追いかけて、感情を爆発させながら、ついつい女性蔑視的な悪態をつくんです。すると、マーラは、男性社会への鬱憤をまぶしながら、今度は論理よりも感情でも男を圧倒してみせます。その姿は、まるでライオン。そう、彼女自身がナレーションで自分を百獣の王にたとえたように。私は資本主義というこの弱肉強食の世界のライオン、いや、ライオネス、雌ライオンなのであると。

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(C)2020, BBP I Care A Lot, LLC. All rights reserved.
法廷劇はここでおしまい。見事な映画のセットアップです。続いては、彼女の次なる獲物、ご新規さんをどう獲得するかという鮮やかな手つきを見せる組織犯罪ものになります。組織というのは、マーラと美しきパートナーのフラン、そしてマーラにとって都合の良い診断書を書く女医など、そのチームの構成員はほとんどが女性です。さっき僕が言ったように、この雌ライオンファミリーの捕食対象になったら最後、普通はどうあがいても勝てません。がしかし、今回狙いを定めた女性が普通ではなかったんです。そこから今度は、一気にクライム・サスペンスに様変わり。ひょんなことから、本物のというか、旧来的な暴力団と相まみえることになります。そちらは、ほとんどが男性で組織されていて、暴力と恫喝が彼らの言語です。

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(C)2020, BBP I Care A Lot, LLC. All rights reserved.
面白いのは、マーラがまったくひるまないこと。肝の据わり方と、金銭への執着が尋常ではなく、命ある限りは何があっても諦めません。その諦めなさそのものがエンターテイメントになるという凄みに、最後の最後まで何がどうなるかわからず、目が離せません。しかも、『ゴーン・ガール』を凌駕する狂気をロザムンド・パイクが体現するもんだから、最低にして最高です。
 
残念ながら、製作予算の不足が垣間見える画面もあるにはありましたが、それすらも克服する俳優たちの演技力と場面ごとの的確な衣装スタイリングや小道具など、比較的お金のかからない部分での綿密な演出が作品の質を担保しています。

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(C)2020, BBP I Care A Lot, LLC. All rights reserved.
そして、観終わって想像したのは、マーラがもし真っ当なビジネスをしていたらってこと。そうであれば、彼女はかっこいい女性像の体現者なんですよ。実際、映画の中でも、内実を知らない人にはそう見えています。しかし、中身は雌ライオン。そんなモンスターを生み出したのは、男性優位の価値観であり、あらゆることを金銭的価値に置き換えてしまう資本主義という魔物でもあるわけです。法律の限界もしっかり見せながら、観客の倫理を問うてくる、見事な手つきの社会派娯楽作でした。
曲は、マーラが医者に会う時にかかっていた軽快なメロディー。

さ〜て、次回、年内最後、2021年12月28日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『マトリックス・レザレクションズ』となりました。今年のシメはキアヌ・リーブスのビッグ・タイトルとなりました。問題は三部作をそれなりに忘れていることでしょうか。また革新的な映像が飛び出すのかどうか、観に行くことにします。あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!