FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 3月22日放送分
『THE BATMAN ーザ・バットマンー』短評のDJ'sカット版です。
自分が幼い頃に両親を殺されたことへの復讐心を持ちながら、ゴッサム・シティの大富豪ブルース・ウェインが悪をくじくバットマンに扮するようになって2年。というのが、今作のスタート地点です。街の選挙戦が近づく中、権力者を狙う連続殺人事件が発生します。犯人を名乗るリドラーは、犯行現場に必ずなぞなぞとバットマンへの手紙を残していました。挑戦を受けた格好のバットマンですが、知能犯リドラーの意図とは?
クリストファー・ノーランが手掛けたダークナイト三部作、完結から10年。共同製作と共同脚本、そして監督を務めたのは、『猿の惑星:新世紀(ライジング)』や『猿の惑星:聖戦記(グレート・ウォー)』のマット・リーブス。ブルース・ウェインには、『TENET テネット』や「トワイライト」シリーズのロバート・パティンソンが扮したほか、レニー・クラヴィッツの娘ゾーイ・クラヴィッツや、ジェフリー・ライト、コリン・ファレルなどが出演しています。
僕は先週金曜日の昼に、梅田ブルク7で鑑賞してきました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。
「信じれば残酷になり、否定すれば凶暴になるもの、な〜んだ?」
これは、ザ・バットマンのヒールとして今回登場する殺人鬼にして知能犯のリドラーが出す数々のなぞなぞのひとつです。カチカチカチと回答時間が短くなる切羽詰まった状況でこんな哲学的ななぞなぞを出されたらたまったもんじゃありませんが、今回のバットマンは、闇夜に紛れて街の悪漢を撃退するのみならず、名探偵ばりの推理も要求されて、大忙しです。
複数のキャラクターたちが同じ世界観を共有するユニバース構想でマーベルが大成功を収める中、DCコミックスの方もエクステンデッド・ユニバースを展開して、『バットマン vs スーパーマン ジャスティスの誕生』ってのが2016年にありましたけれど、今回もどうやら3部作となりそうな気配のバットマンのリブートは、あの『ジョーカー』同様、どうやら直接関係のない、異なる世界の話ということになるようです。マーベルとDC各ユニバースに正直しんどくなってきている僕としては、少なくとも今作はバットマンに詳しくなくても、過去作を観たことがない人にもすっきりオススメできていいです。敷居がかなり低い。
ただ、そうなると、物語の構成が難しくなることも事実です。だって、リブートの宿命として、その誕生からの語り直しが避けて通れず、毎度のこと見せ場にはなるけれど、有名なエピソードだけに「もうわかったよ」ともなりがち。そこでマット・リーブスが選択したお話の時期が絶妙です。バットマンがバットマンになってから2年目ですもん。まだ若く、未熟な部分も迷いもあり、確固たる存在でないだけに揺らぎがある。観客としても、なんとなくバットマンのことは知っていて、そのイメージを裏切ることなく、一緒に補強していくような調子で物語を進めていく。そして、巧みなのは、過去に否応なく向き合わせるのが、悪役であるリドリーだということ。バットマンは、計算され尽くした犯罪に巻き込まれ、その謎を解けば解くほど、解決に向かえば向かうほど、「自分とは何か」と考えさせられる。それがそのまま、THE BATMANという新シリーズのテーマ表明にも重なっていくので、複雑な話ではあるけれど、とても見やすいです。
そこで、もう一度、あのなぞなぞ。「信じれば残酷になり、否定すれば凶暴になるもの、な〜んだ?」。バットマンは即答します。それが正義であると。つまり、わかっているんです。正義はそう単純ではないってこと。わかっちゃいるけど、大金持ちとしての自分の出自や、過去のトラウマや、実は浅はかで視野狭窄だった自分に気づかされる。バットマンはいつも、闇夜からヌッと登場して、また闇に消えていました。街のチンピラを成敗してヒーローを気取っていたけれど、闇の中から犯罪に目を凝らしていたバットマンが、実はリドリーによってその単純な行動様式と浅はかさな部分を見透かされていたようなもの。「お前は世の悪の根っこが何かをうまく見極めることなんてできていない。ただ燃える復讐心を散発的に慰めているにすぎない。それがお前の正義なのか…」最悪な犯罪者から、的を射た批判を公然と突きつけられちゃたまりませんよ。このあたりは、デヴィッド・フィンチャーの『セブン』を思い浮かべます。
マット・リーブスはこうした哲学的なテーマを、抽象的にではなく具体的に、説教臭くならずスリリングに、黒と闇と雨とネオンを基調にした、ジャンルで言えばノワール極まりない映像世界に、探偵もののクライム・ミステリーという要素と、手に汗握るカーチェイスみたいなアクションを結びつけて描き出しました。しかも、トーンは極めてシリアスで、ユーモアはありません。ユーモアはないが、後のキャットウーマンになるだろう女性セリーナとのまるで青春映画のような、ロマンスめいたものがある。それでも、甘くはならず、とにかくどこを切り取っても、画面はかっこいい。2022年現在、地球のどこか、アメリカのどこかにゴッサム・シティのような街があって、そこでバットマンが苦悩しているんじゃないかと思えてくるほどに、様式美と存在感が同居しているのはすごいことです。だって、コウモリの格好をした妙な格好の男が、警察に混じって殺人現場で推理してるって、荒唐無稽としか言いようがないし、笑っちゃいそうでもあるけれど、それを見事に回避して緊張感を持続させ、『ゴッドファーザー』ばりに複雑で根深い犯罪模様をきっちり交通整理してスタイリッシュに僕らに伝え、最近の各種ヒーローものが忘れがちな、無辜の市民にシンプルに手を差し伸べる様子も用意するって、こんなの普通できません。
僕はこれまでのバットマンで現状一番好きだってほどにハマりました。長いけどね。ニューズウィークの映画評を読んでいて笑ったのは、「エンディングになりそうな場面が3つはある」という指摘。確かにね。でも、長くて退屈したり、話がでっかくなりすぎて何が何やらというヒーローものにもなっていないので、ヒーロー映画好き以外の方にも強くオススメできるすごいのができました。
劇中で何度か繰り返されたのは、Nirvanaのこの曲でした。マット・リーブスはインタビューで、今回のバットマン=ブルース・ウェインをダークなロックヒーローのように描く構想を持っていたと明かしています。Something In The Way
さ〜て、次回、2022年3月29日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『パワー・オブ・ザ・ドッグ』となりました。ちょうど来週は日本時間で月曜日にアカデミー賞の授賞式がって、これも作品賞にしっかりノミネートしているので、結果はどうあれ、観てみたいなと思っていたところに、見事引き寄せました。まにあった! 鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!