京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『ナイトメア・アリー』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 4月5日放送分
『ナイトメア・アリー』短評のDJ'sカット版です。

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1946年に出版され、当時映画化もされたグレシャムの小説『ナイトメア・アリー 悪夢小路』の新たな映画化です。1939年、流れ者のスタンが迷い込んだのは怪しげなパフォーマンスも多い移動遊園地・サーカスの一座。そこで心を読む読心術を手伝った彼は、もっと大成したいと、一座のかわいい女性モリーと駆け落ちをするように大都会へと飛び出して2年。上流階級のパーティーでショーを担当していたふたりは、エレガントな身なりをした心理学博士リリス・リッターにトリックを見破られるのですが、それはさらなる波乱の幕開けでした。

ナイトメア・アリー (ハヤカワ・ミステリ文庫) ナイトメア・アリー 悪夢小路 (海外文庫)

 共同製作、共同脚本、監督は『シェイプ・オブ・ウォーター』のギレルモ・デル・トロ。スタン役は、共同製作でも参加したブラッドリー・クーパー。そのスタンの運命を後半大きく左右することになる心理学博士リッターをケイト・ブランシェットが演じている他、トニ・コレットウィレム・デフォールーニー・マーラなどが出演しています。

 
僕は先週火曜日に、梅田ブルク7で鑑賞しました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

怪獣大好き、ギレルモ・デル・トロが、怪獣そのものではなく、人間の心の醜さと欲望、その因果応報を150分の地獄めぐりとして描いたのが今作です。社会からみれば異形のものを繰り返し描き、そこにやさしい眼差しを向けてもきたデル・トロが、今回は異形の獣ではなく、異形の人を見つめます。前半の舞台となる移動遊園地は、乗り物もあるけれど、実に際どい、見世物小屋もたくさんあって、なかなかに強烈です。檻の中のギーク=獣人が出てきたり、ホルマリン漬けにされた胎児がいたりと、主人公のスタン同様、僕たち観客もおっかなびっくり見物するわけですね。ポイントは、彼は声が出せないのかと思いこんでしまうほどに、しばらく無言なんです。オープニングから暗示されるように、彼はなんらかの理由で家に火を放ち、過去を焼き払ってここにたどり着いたらしいんですよね。この時点で明かされていませんが、驚きながら恐れながらも、ある種の居心地の良さも感じているような様子が、その表情とキビキビした働きぶりからうかがえます。要するに、ああした見世物、芸人の世界というのは、過去は問わないからです。

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(C)2021 20th Century Studios. All rights reserved.
僕たちは、スタンが何者かよくわからないまま、その登場からエンディングにいたるまで、彼が夢見る成功への道のりを歩む様子を追いかけるわけですが、面白いのは、その夢への道のりが、タイトル通り、悪夢への道のりに様変わりしていくことです。いや、実は振り返ってみれば、端から悪夢だったのかもしれない。
 
お話の構成としては、一応ざっくり前半と後半に分けられます。移動遊園地でのいわば修行時代と、キュートなモリーを射止めてやってやんぜと大都会に繰り出してからの晴れ舞台。ただ、スタンに関わる3人の女性を軸に物語を分けることもできるでしょう。読心術のトリックを手ほどきするタロット占いが得意なジーナ。この作品における良心のモリー。そして、スタンの欲望を焚きつけるリリス・リッター。彼女たちはそれぞれキャラクターが違いますが、それぞれにスタンの人生の案内人=ガイドとして機能して、物語の進路を決定づけます。どこへのガイドなのか。それは冒頭に言った通り、地獄めぐりです。それぞれタイプの違う女性とそれぞれに違う関わり方をしますが、そのいずれでもスタンは地獄へと導かれるんです。おそらく彼は、自分で自分の未来を切り開いているつもりだろうけれど、それは思い上がりであり、成り上がった末に調子に乗って、自分がすべてを意のままにコントロールできるようになると信じてしまうと人はどうなるのか、そこに金銭欲と支配欲とアルコールが関与したらどうなるのか、いずれも依存しやすい悪夢にスタンは足を引っ張られていきます。

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(C)2021 20th Century Studios. All rights reserved.
って、考えたら、ブラッドリー・クーパーは酒の誘惑に抗いきれない役が多いこと。『ハングオーバー』しかり、『アリー/スター誕生』しかり。そして、自分自身しかり。もちろん、実生活ではセラピーを受けて、他の俳優を助ける活動もしていますが、とにかくクーパーの演技、特にリアクションの多彩さはすごかったです。なんとかなるさと笑い、動じていないぞとはりぼての余裕を見せる笑い、そしてこりゃ降参だという笑い。僕はその笑いの表現に特に感心しました。そこに、彼の内なる獣が、今作の主題である異形の人っぷりが表面化していたように思うからです。

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(C)2021 20th Century Studios. All rights reserved.
ギレルモ・デル・トロは、その仲間たちと、すごいセットを組み、見世物小屋から、アールデコスタイルの心理学者の部屋から、あの雪降る迷路のような庭園まで、そして雨のそぼ降るノワールな画面の作り込み、劇的な照明、ファンタジックホラーな苦い味わい、グロテスクで悪趣味な描写もサラリと挟みながら、緊迫と恐怖と誘惑と美しさに満ちた強烈な磁場をスクリーンに出現させています。そのうえで、この映画は、二幕構成でいて、3人の女性に導かれる三角形であり、最終的には円環構造を成しているのかもしれないと、ラストにまた強烈な余韻を与えます。デル・トロ節はやはり炸裂。映画の醍醐味びっしりです。どうぞご覧ください。
映画には、当時の流行歌や音楽が配置されていますが、おなじみのもの、これなんかは耳にキャッチーに響きます。ところで、余談ですが、僕は内田吐夢監督の幻の劇場デビュー作と言われる『虚栄は地獄』という作品を思い出していました。1924年の、たった15分のコミカルな短編ですが、かつて観た時に、これにもしっかり教訓をいただいたもんです。

さ〜て、次回、2022年4月12日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『ベルファスト』となりました。祝、ケネス・ブラナーアカデミー賞脚本賞! 半自伝的作品で思い入れもすごかろうし、ウクライナ情勢を思えば、今しっかり観ておきたい作品とも言えますね。モノクローム表現の意図など、僕は既に気になるところがいろいろ。鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!