京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『ザ・ロストシティ』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 7月5日放送分
映画『ザ・ロストシティ』短評のDJ'sカット版です。

ロマンティックな冒険小説を得意とする、元考古学者の売れっ子作家ロレッタ。シリーズ最新作のプロモーション・ツアーに駆り出されたところで、謎の億万長者フェアファックスに拉致連行されたのは、南の島。狙いは、彼女が小説に描いていた伝説の古代都市ロストシティの財宝です。ロレッタを救い出すべく島に追いかけてきたのは、彼女の本のカバーモデルを一貫して務めてきたモデルのアランなんですが、どうもこのイケメン・マッチョが使えない男でして…
 
監督・脚本を務めたのは、イキの良いコンビ、アーロンとアダムのニー・ブラザーズ。『マスターズ/超空の覇者』のリブートを今手がけているというふたりです。主役の作家ロレッタ・セージを演じ、製作にも関わっているのがサンドラ・ブロック。相棒のアランをチャニング・テイタム、謎の富豪をダニエル・ラドクリフが演じている他、ブラッド・ピットもおいしい出方をしています。
 
僕は、先週金曜日の昼、MOVIX京都で字幕版を鑑賞しました。映画サービスデーってこともあるし、こういう笑える冒険ものの大作が久々ってこともあるのか、かなりお客さんは入っていましたよ。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

19世紀後半に映画が発明したリュミエール兄弟は、その後まず何をしたか。カメラを担いで、世界のあちこちを巡っては記録して、それを映画館にかけていきました。1897年には日本でも撮影が行われていて、京都で剣道の試合を記録したものは、現存する日本最古の動く映像とも言われます。つまり、映画というのは、映画館にいながらにして世界あちこち、秘境と言われるようななかなか一般人が出かけられない場所の様子も擬似的に体験できる装置だったわけです。それがいつしか、地球上で人類未踏の地が減り、フロンティアも秘境も少なくなったことに呼応するかのようにして、映画でも未開の地を探索する冒険活劇は明らかに減ってきていますね。寂しくないと言えば嘘にはなるけれど、いわゆる先進国のキャラクターがいわゆる未開の地でトラブルを引き起こしたり、カルチャーショックを受けてドタバタするっていうのは、差別や偏見を助長する可能性もあるので、ポリティカル・コレクトネスを踏まえると今は昔のように描けないってのも背景にある事情でしょう。

ロマンシング・ストーン 秘宝の谷(字幕版)

今作は、題材としては古代文明の謎の解明+アドベンチャーということで、インディー・ジョーンズのシリーズに近いものがあるわけですが、もっとはっきり似ている、いや、間違いなく参照している、なんならパロディーにしているのが、ロバート・ゼメキスが監督した『ロマンシング・ストーン 秘宝の谷』です。84年の作品で、キャスリーン・ターナーマイケル・ダグラスの共演。作家の女性が中南米のジャングルで拉致された姉を救出すべく奮闘するうちに伝説の秘宝であるエメラルドをめぐる戦いに巻き込まれて、冒険家のジャックと助け合いながら… あれ?  なんか、似てますよね? ロマンシング・ストーンを現代版に更新するにあたり、ひねりを加えたのが本作です。

(C)2022 Paramount Pictures. All rights reserved.
僕も参照したこのサイトのように丁寧に比較すると面白いと思いますが、まずわかりやすいのは、危機に陥った女性をマッチョな男性が救出するという物語的な鋳型に、まったくそぐわないキャラクターを流し込んでいることです。チャニング・テイタム演じるアランは、モデルとして有名になって世間から期待されている勇ましいイメージとは裏腹に、ジャングルへ美顔パックを持参するようなフェミニンな要素があって、勇気は振り絞るけれど、何をやっても見掛け倒しです。それが笑いを誘うという構図ですね。ロレッタはロレッタで、作家として社会的に成功してはいるけれど、考古学の世界をともに追求した夫に先立たれた喪失感から立ち直れず、書いている小説だって自分の創作意欲を追求すると言うよりは大衆の求めるものに応じているに過ぎないんだと、作家としても、学者としても、自分を卑下するような感覚でいる。どうにも満たされない作家と、空回りのイケメンモデル。冒険のワクワクを読者に提供してきたふたりが、望まない本当の冒険に巻き込まれたら、ドラマティックどころか、ドタバタで、スットコドッコイであるという、イメージと実態のギャップを笑う構造が随所に散りばめられています。だいたいが、ロレッタがジャングルでラメ入りのジャンプスーツってのもおかしな話ですよね。それは拉致されたから、やむなくそんなそぐわない恰好なんだけど、じゃあ小説のプロモーション・イベントで着る服かって言ったら、そもそもそれもそぐわなかったわけだし、本人も気乗りしていなかったわけです。気乗りしない、そぐわない、からの、さらにそぐわない状況に陥るという仕掛けですね。

(C)2022 Paramount Pictures. All rights reserved.
序盤、唯一の例外として、ブラピ演じる、イケメンで武闘派で知恵も経験も揃った謎の男が、そんな男女二人の救世主になるのかと思いきや〜、まさかの退場。まだ冒険の本番が始まってもいないような段階でスクリーンから文字通り姿を消すんです。主役級の人、観客もキャラたちも期待をかけていた人がある理由でいなくなるという、定石を外すギャップの笑いがここでも炸裂しているし、キャラを消す、デリートするというのは、予告編にも出てくる、作家の頭の中の再現でもあって、それを「リアル」に再現したらとんでもねえぞっていう再現でもあるという入れ子構造。これ、つまりは現代では冒険ものがポリコレもあって難しいっていうことを、かつての有名作品をイジって逆手に取った、ある種ずる賢いコメディーでもあります。
 
てな具合に、ひとしきり練ってあるんだけれど、ブラック・ユーモアと下ネタの釣瓶撃ちに辟易する人がいるのは、もうやむなしだと思います。予告にも出てくる、あの『スタンド・バイ・ミー』的なヒルの場面だって、笑えない人の神経は逆なでするでしょう。でも、僕はキライではないです。バカやってるなぁのバカの味付けに好き嫌いはあっても、バカの方向性は間違っていないと思うからです。新喜劇を観に行くノリで、ぜひあなたもご確認ください。
 
映画の序盤でこれからの絶え間ない移動を予告するかのように流れるこの曲をオンエアしました。他にも、ニヤリとできる選曲が、あちこちにありましたね。

さ〜て、次回、2022年7月12日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『エルヴィス』。やりました。やってやりました。今は話題作が目白押しの映画館ですが、その中でも既に番組にたくさん感想が届いているバズ・ラーマン監督作にしてプレスリーの伝記映画。僕も知らないことたくさんなので、学びも込みで楽しんできます。あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!