京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『エルヴィス』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 7月12日放送分
映画『エルヴィス』短評のDJ'sカット版です。

世界で最も売れたソロ・ミュージシャン、エルヴィス・プレスリー。1950年代にロックンロールを世界中に知らしめたキング・オブ・ロックンロールの伝記映画です。センセーショナルなパフォーマンスの数々と私生活を、悪名高いマネージャー、トム・パーカー大佐の視点で描きました。
 
共同脚本、監督、製作を務めたのはバズ・ラーマン。製作、美術、衣装は、監督の右腕として、そして私生活のパートナーとして、30年以上チームを組んでいるオスカー受賞者のキャサリン・マーティン。エルヴィスに扮したのは、オースティン・バトラー。マネージャーのトム・パーカーは、トム・ハンクスが演じました。
 
僕は、先週金曜日の昼、MOVIX京都のドルビー・シネマで鑑賞しました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

バズ・ラーマンのすごいところは、『ロミオ+ジュリエット』しかり、『華麗なるギャツビー』、みんなが知っている物語を扱いながら、「こんなの初めて観た」と観客に思わせてしまうことです。だからこそ、その演出に賛否両論が出てくるわけですが、彼が心がけているのは「実際に『どうだった』かを解読するのではなく、当時の観客が『どう感じた』かを再現するようにしている」とプロダクション・ノートにありました。僕たちの感じるインパクトを重視しているということですね。シェイクスピアの戯曲をマイアミに舞台を移してレディオヘッドを合わせれば、コテコテの古典ではなくなるわけです。ジャズ・エイジのギャツビーなら、当時まだなかったヒップホップの音楽的アプローチをジェイ・Zに担当してもらうことで、そのままやればセピアがかった古臭いものと捉えられそうな物語を新鮮に感じさせてくれました。今作だと、たとえば、1954年、人気ラジオ番組の生放送での有観客のライブ・パフォーマンスを描いた場面を思い出していただきたい。あそこは会場の様子なんかは忠実に再現したということなんですが、音楽的には実は違和感のある速弾きのギターリフが採用されているんですね。わざわざ、ゲイリー・クラーク・ジュニアに弾いてもらったそうです。なぜって、現代の観客には、その方が当時のインパクト、パンキッシュな衝撃と強烈さが伝わるからなんですね。これは、当時の現実の映像を観ても、もしかすると僕たちには伝わらないかもしれないことで、バズ・ラーマン作品を鑑賞する醍醐味のひとつです。

ロミオ&ジュリエット (字幕版) 華麗なるギャツビー(字幕版)

パンフに掲載されたインタビューにおいて、監督は伝記映画が好きだとしたうえで、「単純にその人の経歴を紹介するような映画を作りたいと思ったことはない」と語っています。彼がこの作品で目指したのは、1950〜70年代のアメリカを描くことなんです。多様な要素が交わって新しいものを生み出していくエネルギーのあった時代ですよ。ロックンロールはそうやって生まれたわけですしね。エルヴィスは黒人街で育った数少ない白人だったこと。彼がそこでブルーズやゴスペルをどっぷり浴びていたからこそ、カントリーと自然に結びつけられたことを描いています。当時はそれは南部の保守派のひんしゅくを買うどころか、踊るだけで逮捕すると言われるくらいの批判と反感を買うものだったけれど、エルヴィスのおかげで大衆音楽がとても豊かになったことを僕たちは知っていますよね。Black Lives Matter運動以降、また顕在化してしまっている人種問題を考える上でも、エルヴィスの当時の感覚を描くことは、異なる文化の交流や交錯が新しいものを生み出して社会を発展させるんだと僕たちに再確認させてくれます。

©2022 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved.
そして、もうひとつあの時代のアメリカを描くにあたってラーマン監督が描きたかったのは、ギラギラしたアメリカン・ドリームを体現するような、なりふり構わず売り込んでいくようなエネルギーです。僕が今作で最もユニークだと感じているのは、マネージャーであるトム・パーカー大佐の存在です。映画『ボヘミアン・ラプソディ』の成功は、クライマックスとなるライブエイドのパフォーマンスへ向かうフレディ・マーキュリーの様子をまず見せておくという語りの順序に大きな要因があると思いますが、この作品の鍵はマネージャーのトム・パーカーが語り手になっていることです。ショービジネスの世界ではよく登場する悪人としてのマネージャーなんですが、彼自身がまず無茶苦茶興味深いんですよね。実はオランダからの密入国者で、トムもパーカーも偽名です。アメリカ国籍を取るために軍隊に入って、除隊後に興行師になるんですけど、大佐っていうのも軍でそこまで出世したんじゃなくって、そう呼んでもらったほうが箔がつくからってことです。彼は音楽よりもエルヴィスのダンスに着目して、これをブランド化して売り出せば億万長者になれると踏んで、達者な口車と世渡り術で突き進んでいきます。エルヴィスの父親代わりとも言える恩人でもありながら、その売り上げだけでなく命そのものを搾り取った悪人でもあるかもしれない。そんなトム・パーカーという「信用できない語り手」がいるからこそ、僕たち観客は余計に目が離せないし、本当のところはどうだったのだろうかと食い入るように観ることになるんですね。

©2022 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved.
この映画は、エルヴィスとトム・パーカーが出会い、ともに歩き出し、ふたりの足並みが揃っている時と、そうでない時を軸にエピソードをピックアップして、やがてふたりともこの世を去るまでを描いています。僕がその中でハイライトだと感じたのは、パーカーが売り込みまくって仕組んだクリスマス・ソングばかりを歌わせるテレビ番組の中で、エルヴィスが自分のルーツたる黒人音楽を反映させた『明日への願い/If I Can Dream』という曲、しかもキング牧師のスピーチへのアンサーソングとして書いた新曲を披露する場面です。あそこには、ショービジネスの表と裏と、時代性と普遍性が同時に凝縮されていました。

©2022 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved.
監督はこんなことも言っています。「映画は言葉、音楽、ビジュアル、演技のそれぞれのレイヤーがオーケストラの楽器のように重なり、ひとつの統合された素晴らしい瞬間を紡ぐ。いつもうまくいくとは限らないけどね」と。バズ・ラーマンのそんな信念がものすごくうまくいった集大成であり、新たな音楽映画の傑作です。まいりました!
現在配信中、そして今月29日にはCDでもリリースになるサントラから、エンドロールで流れるこの曲を放送ではオンエアしました。

さ〜て、次回、2022年7月19日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『神々の山嶺』。漫画化もされて人気の夢枕獏の小説が、フランスでアニメになったとあって、これは山好きの僕としても興味深いと思っていたらばっちり当たりました。あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!