京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『L.A.コールドケース』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 8月16日放送分
映画『L.A.コールドケース』短評のDJ'sカット版です。

ロサンゼルス市警の元刑事ラッセル・プール。97年に起きたラップの大スター、ノトーリアスB.I.G.銃殺事件から18年経っても、彼はひとりでその真相を追い続けていました。事件の裏には、東海岸と西海岸のレーベル同士で何かと揉めていたHIPHOP東西抗争とされ、その趣旨の記事でかつて評価された新聞記者のジャックは、新たな特集記事を書くために取材でプール元刑事のもとを訪れ、ふたりは事件の再調査を始めます。そこに浮かび上がってきたのは、想像を越える巨大な闇でした。
 
原作は、ピューリッツァー賞にノミネートされた、ランドール・サリヴァンのノンフィクション『ラビリンス』。脚本は、俳優としてキャリアを積んできたクリスチャン・コントレラスで、これが脚本家デビューとなります。監督は、『リンカーン弁護士』やジャスティン・ビーバーのMV演出などで知られるブラッド・ファーマン。元刑事プールを演じたのは、ジョニー・デップ。新聞記者ジャックに扮したのはフォレスト・ウィテカーです。
 
僕は、先週木曜の昼間、アップリンク京都で鑑賞しました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。


まず、一言。気骨のある作品だったと振り返りたいところです。残念ながら日本語ではまだ読めない原作が、現在進行形のアメリカ社会の闇を暴いたのも価値あることで向こうでは一定程度の反響を呼んだわけですが、映画になるとすると、対象となる闇にますます光が当たるわけで、それを快く思わない人たちがいます。端的に言えば、それはロス市警です。映画を観ていない人は、「え? 警察? 確かにこのふたりの大物ラッパーの暗殺事件ってのは未解決ではあるから警察にとっては不名誉なことだろうけれども、要するにヒップホップ界の東西抗争、ギャングたちのいさかいがエスカレートして起きたってだけなのに、なぜそこまで警察が嫌がるの?」って思うでしょう。僕もそんなひとりでした。実は、この作品は、このふたりの若者の死を細かく丹念に追いながらも、全体としてはもっと俯瞰的にLA警察の組織の腐敗とその構造、ひいてはアメリカ社会に根強くはびこる偏見と差別の問題を見せつけるんだから驚きなんです。目をカッと開かされるし、開いた口が塞がらなくなります。

(C)2018 Good Films Enterprises, LLC.
話を戻して、そんな不都合な真実をまず世に突きつけたノンフィクションが2002年に出版されました。なぜ映画化に20年もかかったのか。それは、一度頓挫しているからです。劇場パンフにLA在住の映画ジャーナリスト猿渡由紀さんが寄せた文章によれば、大手のドリームワークスが、なんとディカプリオ主演で動いていたんですって。でも、実現しなかった。原作者のサリヴァンは、そこに警察からプレッシャーがかかったのだと推測しています。たとえ難しい企画だとしても、これは映画にして多くの人に、そして世界のあちこちで観てもらうべきだと、今作の監督ブラッド・ファーマンは自分でもさらなるリサーチに入ったんですが、やはりと言うべきか、そこでも警察内部の知り合いから突然連絡があって、「その映画を作るのはやめておいたほうがいい」という助言というより警告があったそうです。撮影が終わって、公開直前には、今度はジョニー・デップの訴訟問題が降って湧き、アメリカでの公開は2年以上遅れ、しかもコロナ禍に入ったことで、向こうでは配信がメインになってしまいました。それほどまでに不都合な真実なのか。そうと言わざるを得ません。

(C)2018 Good Films Enterprises, LLC.
映画の冒頭、今から30年前の大事件、白人警官4人が黒人青年を暴行したことに端を発するロス暴動が手際よく振り返られます。死者、実に63人。負傷者2383人。一見直接関係のない事件だけれど、根底ではつながっている。この映画の脚色として生み出されたキャラクター、黒人ジャーナリストのジャクソンがプール元刑事に初めて会う場面で、刑事は彼にこう投げかけます。「白人が黒人を射殺した。非はどっちにある?」。要するに、いつもまず疑われ、下手すれば罪をなすりつけられるのは黒人だということです。この一言は、まさに原作のタイトル通り迷宮そのものと言うべき事件と社会の黒いパズルのピースをはめていくうえでガイドになります。フォレスト・ウィテカージョニー・デップも、抑制された渋い演技でそれぞれに組織のハグレモノを演じ、この作品が孤高の存在として灯台のように輝くことに貢献しました。複雑でややこしい話ではありますが、ノワールな刑事モノとしても観られるし、意外なことに泣かせる家族ものとしてグッと来る場面もきっちり用意されています。これを気骨のある作品と言わずしてどうする。アメリカでも日本でも大々的に公開されなかったのが残念ですよ。ひとりでも多くの方に、ご覧いただきたいと自信を持ってお伝えします。
やはり彼のラップを聴いておきたいと、映画でも流れたこの曲をオンエアしました。


さ〜て、次回、2022年8月23日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『プアン/友だちと呼ばせて』です。これ、ぴあの映画担当華崎さんが公開前に紹介してくれて興味を持っていたんですよね。ウォン・カーウァイが製作総指揮を買って出ていて、ラジオDJも重要な役割を果たすロード・ムービーって、既にこの情報だけで良さげなんだもの。あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!