京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『さかなのこ』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 9月6日放送分
映画『さかなのこ』短評のDJ'sカット版です。

好きなものの絵を描くのがこれまた大好きなミー坊。小学2年生の頃には、水族館でタコの動きに魅せられて、お母さんに魚介の図鑑をプレゼントしてもらいました。以来、ミー坊の頭の中はいつも海の生き物でいっぱい。それは、大人になっても変わりません。これは、ご存知さかなクンの自伝的エッセイ『さかなクンの一魚一会』を原作に彼の半生を映画にした作品です。

横道世之介 さかなクンの一魚一会 ~まいにち夢中な人生!~

 監督と共同脚本は『南極料理人』や『おらおらでひとりいぐも』の沖田修一。脚本は監督と中学高校の同級生である前田司郎。ふたりのタッグは『横道世之介』以来、二度目となります。ミー坊に扮したのは、なんとのん。理解者であり続けた母親に扮したのは、井川遥。他にも、幼馴染や友だちを柳楽優弥磯村勇斗(はやと)、岡山天音夏帆などが演じています。

 
僕は、先週金曜の朝、MOVIX京都で鑑賞しました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

映画の公開情報が出た段階で、大勢の人が思ったことでしょう。さかなクンの半生が映画になる。どんな歩みだったんだろうか。興味ある。で、誰がさかなクンを演じるのか。のん。ギョギョ!!
 
ジェンダーにまつわるそんな驚きや「どゆこと?」っていうような、「普通」にして凡庸な疑問を、この映画はのっけから一刀両断してきます。どどんと文字でこう出るんです。「男か女かはどっちでもいい」。僕はいきなり声が出そうになりましたね。まるでよく研いだ出刃包丁で魚をさばくように、切れ味鋭く鮮やかにしょうもない疑念を吹き飛ばす一言ですよ。パンフを読むと、これ、本読みや衣装合わせの段階から、現場に掲げてあった言葉らしいです。男か女かはどっちでもいい。そこんとこ、よろしく。OK。じゃ、そこは気にしないで観ていこう。一応そうして釘は刺されましたが、のんちゃんもインタビューで語っているように、これは「魚が好きな人、ミー坊」の生き様を描く物語なので、もはや「さかなクンかどうかは、どうでもいい」とさえ思わせてくれます。そして突き詰めていけば、「魚かどうかすら、どうでもいい」んです。要するに、好きなことにまっしぐらで変わらず生き続けることのできる人ってすごいぜ、まぶしいぜってことを描いているんです。さかなクンはこう言ってます。

(C)2022「さかなのこ」製作委員会

 

みなさまおひとりおひとりに、夢中なことや大好きなこと、得意なこと、といった<宝物>があると思います。この映画は『さかなのこ』ですけれども、「うたのこ」「ねこのこ」「ケーキのこ」「しぜんかがくのこ」夢がたくさんでギョざいますね!! ぜひ、夢を大切に持ち続けて、この映画のラストで子どもたちと笑顔で走っているミー坊ちゃんのように、「レッツ・ギョー」でございます。

 
なるほどミー坊は魚好き。好きなものを好きって言えるのって、いいよね。と口で言うのは簡単です。でもね、自分の子どもに対してどこまでそれを許容できるのかという問題もあります。この映画の中では、ミー坊に関わる何人かが、節目節目でミー坊の「軌道修正」を図ります。父親が、教師が、あるいは友人が。「魚が好きで、絵が上手。それだけじゃ、人生という大海原を泳ぎきれないでしょうよ」と諭して、普通なる生き方への矯正を促すわけですが、ミー坊は馬耳東風。あるいは、こう返します。「普通ってなに?」。それも、皮肉めいたり反論するわけでなく、素朴に聞くわけです。普通ってなに?
 
面白いもので、ミー坊に関わる人は、年相応に環境や境遇が変化します。進学、就職、結婚、子育て、などなど。人生のステージが変わって、ミー坊への接し方も変化していく。その一方で、ミー坊はずっとミー坊です。誰もがそれぞれの口調でこんなことをミー坊に言います。「変わんないな、ミー坊は」。時に、冷ややかに、時に、呆れて、そして時に嫉妬めいて、あるいは羨ましそうに。そんな中、ミー坊同様、変わらない人がひとりいます。それは、井川遥演じる母親です。下手をすると変人扱いされてバカにされかねない、コミュニティーから社会から爪弾きにされかねないミー坊を否定しないどころか全肯定していくその凛とした決意がものすギョい。しかも、甘やかしているのかと言えばそうでもなくて、決然と社会の荒波へ放り込んだりもします。その上で、久々に再会するシーンで彼女が放つ一言には、もう猛然と驚きました。最高です。ハラハラして、笑って、底知れない愛を感じる名場面でした。

(C)2022「さかなのこ」製作委員会
好きなことをやり続けている人に対して、「普通」を標榜する人はあこがれを持つもの。それが妬み嫉みにつながり、攻撃してしまうこともある。そこも逃げずに描いたのが、ミー坊に大きな影響を与える町の奇人たるギョギョおじさんの場面です。野次馬や警察のあの哀しき誤解と杓子定規な対応は切なかったですよ。しかも、そのギョギョおじさん役にさかなクンを抜擢するとか、キャスティングのさじ加減が絶妙です。つまり、さかなクンだって、もしかしたら、どこかでひとつでも歯車が噛み合わなかったら、今みたいな人気ものになっていなかったかもしれないということも示唆しているわけですね。

(C)2022「さかなのこ」製作委員会
でも、全体を通しては、沖田修一監督の真骨頂とも言うべき、多少ぶっ飛んで見えても映像の力を信じて大胆にリアルとファンタジーをつないでいく手法が冴え渡っていました。美術も細かいところまで気配りされているし、不良映画をいろいろミックスしてパロディーにしたような田舎のヤンキーたちの造形と会話もいい。とにかくあらゆる場面で僕は笑い、驚き、目を見張りました。ちょいと尺が長くて少し冗長なところもあったけれど、すぐにまた巻き返してきます。安心していろんな人に薦められる、見事な教育映画でもあるし、瞳が濁りがちな僕みたいな大人にもそのくもりをすっきり取り払ってくれる効果もあるでしょう。さかなのこ、「好き」賛美映画として、のんちゃんの代表作に加わる1本として、そして間違いなく今後さらなる飛躍を遂げるだろう沖田修一・前田司郎両氏の現在地を確認できる作品として、ぜひギョ覧ください。

これはパンフレットに寄稿していた映画評論家、森直人さんの見立てなんですが、サントラを担当していたパスカルズの音楽が肝で、ミュージカルとして考えることもできるだろうと。面白い! 番組では、こちらも最高、CHAIの『夢のはなし』主題歌をたくさんのリクエストに応える形でお送りしました。

さ〜て、次回は2022年9月13日(火)です。評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『ブレット・トレイン』です。予告を観ていると、かなりのB級臭が漂っているように感じていたんですが、なかなかよろしいという評判も僕の周りで聞かれます。伊坂幸太郎作品をハリウッドが調理するとどうなるのか。見届けてきます。あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!