京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

映画『ミセス・ハリス、パリへ行く』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 11月29日放送分
映画『ミセス・ハリス、パリへ行く』短評のDJ'sカット版です。

1950年代、まだ第2次大戦の記憶が新しかった頃のロンドンです。夫を戦争で亡くしてしまった家政婦のミセス・ハリスは、勤め先でディオールのドレスを目にしてうっとり。すっかり美しさに魅せられてしまいます。よし、これはフランスへ買いに行くしかない。お金をかき集めて向かったパリの本店ですが、オートクチュールのドレスをすぐに買えるわけもなく、すげなく追い返されそうになるのですが…

ミセス・ハリス、パリへ行く ミセスハリス (角川文庫)

アメリカの人気作家ポール・ギャリコの小説が原作で、監督と共同製作・共同脚本は、日本ではあまり知られていませんが、90年代からイギリスを中心に映像業界で活動しているアンソニー・ファビアンが務めました。ミセス・ハリスを『ファントム・スレッド』のレスリー・マンヴィルディオールの支配人をイザベル・ユペールがそれぞれ演じた他、この映画でとても重要な衣装デザインは、『眺めのいい部屋』『クルエラ』などのアカデミー賞受賞デザイナーであるジェニー・ビーバンが手がけています。
 
僕は一昨日日曜日の昼に、TOHOシネマズ二条で鑑賞しました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

なんてチャーミングな映画だろう。観終わったら、きっと大勢がその日を気分良く過ごせるに違いないって思える作品でした。まずキャストがいいです。レスリー・マンヴィルは、ミセス・ハリスの人柄を、姿勢から顔の表情から、口調から、服の着こなしまで、文字通り体現していました。基本的に慎ましやかだけど、時に大胆で向こう見ずになるところ。いつも人にやさしいけど、時に毅然とするところ。世話焼きを通り越して、時におせっかいでもあるところ。お金はそりゃあまりないけれど、気品と希望はどうあってもキープしているところ。そして、偏見なく世の中を見ているところ。ミセス・ハリスのことを、多少、小バカにしたり、低く見る人はそりゃいるけれど、彼女を積極的に嫌う人なんて、いないというキャラクターです。彼女の一世一代の冒険を追うこの映画。当たり前ですが、ミセス・ハリスの魅力が観客に伝わるかどうかが作品成功の鍵、というよりも条件ですよね。レスリー・マンヴィルの起用は大当たりで、彼女がミセス・ハリスを演じることで、この作品全体をミセス・ハリス的チャーミングさで包み込むことに成功しています。それぐらいいい。
そんなハリスが押しかけるディオールの女性支配人を演じたイザベル・ユペールも、いけ好かない高慢ちきな感じをうまく出している分、おろおろしたり、プライベートを垣間見せる時とのギャップが効いていました。メインはこのふたりなんだけど、ナターシャというディオールのトップモデルを演じたポルトガルの俳優アルバ・バプティスタさんがもう最高なんです。彼女はこれから化けるんじゃないかしら。彼女はミセス・ハリスとわりと頭の方から仲良くなるんですね。ディオールのたくさんのドレスを着るし、プライベートでの服装もバリエーション豊かに見せるしで、名デザイナーのジェニー・ビーバンがこしらえた服を一番多く着ているその姿がもう眼福としか言いようがないです。かわいくて、美しくて、モデルに徹することもある一方で、サルトル哲学書を読む相当な知性を持ち合わせ、それがゆえに将来どうすべきか、どんな道に進むべきか悩んでもいる。結構難しいこのナターシャという役柄は、この映画の鍵なんですよ。そこにまだキャリアはこれからというバプティスタさん、しかもポルトガルの女性を抜擢した製作チームの慧眼よ!
お仕事映画としても良いです。50年代の家政婦の仕事の様子。そして、オートクチュールのみだった頃のディオールの内側の様子とその変化もよくわかって興味深い上に、ちゃんと現代的な視点も盛り込んでいて、「古き良き」で終わっていないんです。格差が激しくなっている今の世相を50年代に反映させている上、小難しくないレベルで当時流行していた実存主義もうまく会話に反映させながら、名もなき市井の女性The Invisible Womanにその存在価値を与えているのも素敵です。脚本上のご都合主義を指摘することは簡単だけれど、「うっかりと善意の交差点」みたいなシーンもあって、あくまでチャーミングに寓話に仕立てているもんだから、目くじらを立てる気なんておきません。
ディオールのドレスに一目惚れするミセス・ハリスを捉えた三面鏡のショットなんて、彼女が現実を忘れている様子を如実に表現していたし、何度か登場するロンドンの橋の上での彼女の振る舞いも、川が時代をシンボリックに表しているようで効果的でした。とにかく、これは幸せな気分になること請け合いの1本。ぜひ劇場へ駆けつけて、あなたの1日をWhat a lucky day!なものにしちゃってください。
またこのサントラが、ミセス・ハリスの歩くスピードにぴったりで良かったんです。


さ〜て、次回2022年12月6日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『ザ・メニュー』です。これ、新聞で映画評を読んでいて面白そうだなと思っていたんですよ。孤島にある有名レストランに食事に来たカップルが、やはりおいしいものだと感心したまではいいものの、ふとしたことで違和感を感じて… レストランを舞台にどんなサスペンスが繰り広げられるのか。ちょいと怖そうだぜ。でも、僕も大好き『ドント・ルック・アップ』のアダム・マッケイがプロデュースですよ。ユニークな映画がラインナップされるサーチライト・ピクチャーズの作品ということもあって期待大。あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!