京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『仕掛人・藤枝梅安』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 2月14日放送分
映画『仕掛人・藤枝梅安』短評のDJ'sカット版です。

品川の藤枝梅安にはふたつの顔がある。表は鍼医者、裏は依頼に基づき悪人を殺す仕掛人。梅安は同じく仕掛人として暗躍する彦次郎とつるんで食事や酒をともにしながら、世間に打ち明けがたい裏稼業の葛藤を癒やす日々でした。ある時、梅安が料理屋を訪ね、次なる仕掛の標的であるおかみの顔を見て驚きます。そこから梅安の過去が明らかになってきます。

仕掛人・藤枝梅安 全7巻合本版 (講談社文庫)

生誕100周年となる作家池波正太郎が1972年からおよそ20編発表してきたこの連作時代小説は、繰り返しドラマ化、映画化され、これまでに緒形拳萬屋錦之介渡辺謙らが梅安を演じてきました。今回は豊川悦司を主役に据え、相棒の彦治郎を片岡愛之助が演じ、二部作として映画化した、これが第一作です。他に、菅野美穂高畑淳子小林薫柳葉敏郎天海祐希早乙女太一らが顔を揃えています。
 
脚本は『お墓がない!』や『黒い家』の大森寿美男。監督はフジテレビ出身の河毛俊作が務めました。
 
僕は先週金曜日の昼にTOHOシネマズ二条で鑑賞してきました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

今作のエグゼクティブ・プロデューサーは日本映画放送の方で、つまりは日本映画専門チャンネルとか時代劇専門チャンネルを編成している会社です。そこでここ10年余り、池波正太郎関連のオリジナル時代劇を20以上作ってこられたとパンフレットにありました。その上で、時代劇の伝統を「守る」のではなく、世界に良質な時代劇を発信していく「攻め」の気持ちで企画していくことが大事だと考えた時に、鍼という独自の技を使うダークヒーローとしてのキャラクターは、日本刀のイメージとも違う新鮮味もあって面白いだろうということで、池波正太郎生誕100周年、そして時代劇専門チャンネル開局25周年のタイミングに合わせ、相当気合を入れて現代版梅安の製作に取り掛かったようです。日本全国の新聞社・テレビ局も42社とたくさん巻き込んで、時代劇パートナーズなる組織を結成してことにあたっています。これが前提なんですが、裏を返せば、それほどまでに時代劇は衰退の一途をたどり、古臭いものと敬遠され、テレビでも放送機会が減り、製作本数が減るということは撮影所でのスタッフの知恵や経験の継承も先細ってきたという危機的状況もあるわけです。だからこそ、プロデューサーの言う「攻め」抜きには未来はないし、世界にも面白がってもらえる良質なエンターテイメントにしなければならない。1978年生まれで人よりはちょっとばかし映画を観ているような僕でさえ、はっきり言って時代劇を観るのは年に数えるほど。という意味では、世界どころか、日本でも特に30代以下の世代には、時代劇と言えば大河ドラマぐらいのイメージになってしまっている可能性があるわけです。だからこそ、この作品は時代劇の魅力をむしろ真っ直ぐに表現することに一所懸命になっているように見受けられ、僕はそれこそが賢明な判断だったとみています。キャラクターが既に特殊で突飛なのだから、それを活かすべく、映像そのものは基本に忠実にやろうということでしょう。

(C)「仕掛人・藤枝梅安」時代劇パートナーズ42社
その点、しっかり時代劇の現場でこれまで仕事をしてきた、そして今まさに働き盛りなスタッフを撮影監督も照明も美術も揃えているのがすばらしい。成果として、画面の陰影の美しさをまず挙げたいです。画面がしっかり暗い。これはTVモニターを前提としたものではなく、映画だからこそできることだし、たとえば冒頭、最初の殺しのシーン。水遁の術からの標的を船から水中へ引きずり込んで、その後、こともなげに浜へ上がり、月明かりの下、歩いていくところなんてしびれました。寺の様子を偵察しにいったところでの雪のシーンもため息が出るほど美しい。ああした美学と行われる行為の残酷さのコントラストがこの藤枝梅安の真骨頂でしょう。衣装デザインも含め、とても丁寧に計算された美意識を感じる映像が連なります。

(C)「仕掛人・藤枝梅安」時代劇パートナーズ42社
豊川悦司のキャスティングは大正解です。大柄で頭を丸め、身体の動きはシャープにして寡黙で、色気がある。一方で、過去の一連の梅安ものよりも細さを際立たせた鍼の繊細さも文字通り映像通り光ります。脚本的にも、男性優位の社会の中で搾取されている女性のバリエーションを増やしているのは現代的で好感が持てました。僕は時代劇のチャンバラが、というより侍の存在がいつもいけ好かないと思っちゃうタイプですが、そこは権力に楯突く異端の侍として早乙女太一がいい仕事をしていて、彼の胸のすくような殺陣を楽しめるのも時代劇の見どころとして押さえてあって良かった。

(C)「仕掛人・藤枝梅安」時代劇パートナーズ42社
加えて、やはり片岡愛之助演じる彦さんとの関係性に萌えざるを得ないでしょう、あれは。彦さんの武器が吹き矢っていうのも良くて、槍持ってきた奴に吹き矢で応戦するくだりなんて絶品でした。で、それぞれ命をかけた仕掛が終わると、どっちかの家に集まって、いっつもふたりしてなんか料理を振る舞いあってキャッキャやってるでしょう? お粥にネギと厚めに削った鰹節だけでもうまそうに見えるし、ゆずを練り込んだそばを打つ梅安も最高。とにかく飯食って飲んでますよ。そして、遅くなったし、寒いから「今夜は泊まっていくかい」なんて具合に楽屋で心を許し合っている状態ですよ。バディーものとしての魅力も存分にありますよね。その他、集った豪華俳優陣も、他の作品ではなかなか見せない表情と所作は見応えがあるし、ここで役者としての本領を発揮してやるぜという気概にあふれています。
 
梅安はダークヒーローですから、医療行為と殺人、善と悪の矛盾を抱えながらブルーズをたたえて生きています。バットマンが僕はちらつきました。次作の彦さんとふたりして向かう京都編でその塩梅がどう深まるのか、それは観てみないとわからないということで、現時点では最終的な評価は棚上げして、とにかく満足できる作品だったと述べるにとどめておきます。

さ〜て、次回2023年2月21日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『レジェンド&バタフライ』です。僕がラジオで毎週短評をするようになってそろそろ10年になるんですが、時代劇が2週続くのはきっと初めてですよ。市井の鍼医者/仕掛人から、歴史上の偉人へ。そして、トヨエツからキムタクへ。なんかすごい流れになってきました。梅安も気合の入った作品だと説明しましたが、こちらも東映70周年記念作品とのこと。楽しみじゃ。さぁ、あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!