京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『パリタクシー』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 4月18日放送分
映画『パリタクシー』短評のDJ'sカット版です。

パリのしがないタクシー運転手シャルルは、厳しい状況に置かれていました。金に困り、あくせく働きつつも、免停寸前。最愛の家族をどう養えばいいのか。そんな時に、パリ郊外に住む92歳のマダム、マドレーヌを街の反対側まで送るという依頼が舞い込みます。自宅を離れ、施設に入るのだというマドレーヌは、目的地までにあれやこれやと寄り道を指示。道中でシャルルが聞かされることになるのは、マドレーヌの波乱万丈の人生でした。

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監督、共同脚本、プロデュースは、『戦場のアリア』で知られるクリスチャン・カリオン。共同脚本で、この話の生みの親は、シリル・ジェリー。92歳のマドレーヌを演じたのは、現在94歳の大スター、歌手で俳優、アクティビストで知られるリーヌ・ルノー。若い頃のマドレーヌはアリス・イザーズが、そして運転手シャルルはテレビ司会者でコメディアン、俳優としても評価が高いダニー・ブーンがそれぞれ演じました。
 
僕は先週木曜日の午後に大阪ステーションシティシネマで鑑賞してきました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。


この映画は本当にすばらしかったです。僕はね、予告を見たり、ぴあの華崎さんが書いた文章を番組で紹介したりしていた時点で、わりと小ぶりな作品を想像していたんです。運転手と客ということでたまたま巡り合った中年男性と老婆が、パリの美しい景色の中を通りながら交流を深めていく。当初はギスギスしていたふたりが仲良くなって、なんなら意気投合して、最後には別れを惜しむのだろう。そしてパリを小旅行するような感覚の観光映画的な側面もあるのだろう。尺も91分なんで、サクッと楽しむのにちょうどいいんだろうな、と。それこそ、パッとタクシーに乗り込むような、わりと気楽な感じで映画館の座席に腰を落ち着けたんです。ところが、良い意味で思ってたんと違う。とても深くて、グラグラ心を揺さぶる物語だったんですよ。結構、劇場は混んでいたんですが、僕は最後にばっちり久しぶりに泣いていました。映画が終わってからも、しばらく放心状態だったぐらいです。何をしてもふわふわしていました。

(c)2022 - UNE HIRONDELLE PRODUCTIONS, PATHE FILMS, ARTÉMIS PRODUCTIONS, TF1 FILMS PRODUCTION
思ってたんとどう違ったのかってことですけど、まずマドレーヌさんの人生です。自宅を離れ、ひとりで老人ホームへと引っ越すわけですが、終活をおそらくは以前から進めてこられたのでしょう。荷物は小ぶりなスーツケースひとつで、とても身軽。そして、オシャレ。なんだけど、シャルルとの会話の中で明らかになっていく彼女の生き様がまあすごい。壮絶と表現してもいいくらいでした。たとえば、途中である場所に寄り道をするんですが、そこには建物にプレートが嵌めてあって、それを見たマドレーヌが涙を流すんです。戦時中の悲劇を思い出したからなんですね。そのあたりをきっかけに彼女の身内の不幸、戦後の恋、息子の誕生、などなど、基本は時系列に語られていく、その生涯とパリの街の観光地でない場所とのつながりがうまく結わえてあるんですね。つまり、タクシーはタイムマシンでもあるんです。ただ、最初に回想シーンが出てきた時に、おやおや、フラッシュバックを入れちゃうんだと心配したんです。凡庸な演出に陥ってしまうのではないかと。大丈夫でした。カリオン監督は、凡庸にならないギリギリのタイミングで現在に時間を戻して、回想に頼るのではなく、それこそ運転手シャルルを擬似的な観客に見立てつつ、こちらの想像力の適切な材料を提供してくれる感じでして、タクシーの車内に戻った時の彼女の表情から、それぞれの出来事の意味が感慨とともにひしひし伝わってきます。そして、ひとつひとつのエピソードがまあ強烈なんです。彼女はどれほど大変な思いをして今に至っているのか。人に歴史ありとは言うけれど、マドレーヌのそれには驚かされるし、幾多の困難を乗り越えてきて今にいたる彼女の強さと微笑みにぐっと来ます。

(c)2022 - UNE HIRONDELLE PRODUCTIONS, PATHE FILMS, ARTÉMIS PRODUCTIONS, TF1 FILMS PRODUCTION
では、シャルルはこの物語を動かすための、それこそ運転手に過ぎないのかと言えば、そうでもありません。マドレーヌは彼の家庭事情や生き方についても、断片的だけれど的確に聞き出していくんですね。結果としてもちろん打ち解けるというか、まるで親子のようなバディ感が生まれていきます。レストランで一緒に晩御飯を食べるんですが、予告でその場面をチラッと見た時に、僕は「どんだけ寄り道すんねん」と笑っていたんですが、本編を見ると、これは脚本の妙で実にうまい、しかも腑に落ちる流れがあって、最後にはもちろん施設に送り届けるわけですが、そこでの別れがたさの演出、自動ドアを使ったあの演出も見事でした。
 
で、問題の、というか、賛否のわかれそうなエピローグです。僕は、ある種の大人のおとぎ話として高く評価しています。僕はその前から涙していましたが、もう最後は涙腺の決壊を迎えました。まさか、とか、そんなことあるわけないだろう、という飛躍があってこそのおとぎ話ですよ。パリの観光地なんてほとんど出てきません。でも、パリという街の歴史がマドレーヌの生涯と重なり、そこに今生きているシャルルと、これからの時間という流れがしっかりあって、なるほどパリを巡る、オリジナルタイトル「Une belle course、素敵なコース」になっていました。あなたにも、ご乗車を強くオススメします。
 
この作品では、Etta Jamesのこの曲が2度流れます。初回と二度目で聞こえ方の印象が変わるのもうまいです。ついに… ようやく… At Last


さ〜て、次回2023年4月25日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『search/#サーチ2』。映像のすべてが、基本、パソコンやスマホの画面だけで構成された1作目を観た時に驚いたし興奮しましたが、まさか続編ができようとは……。もう仕掛けそのものには驚けない状態になっていますから、どんな勝算があっての2なのか。さぁ、あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!