FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 5月16日放送分
映画『ウィ、シェフ!』短評のDJ'sカット版です。
一流レストランのスーシェフ、つまり副料理長として働く女性のカティ。いつか自分の店を開きたいと張り切っていましたが、シェフと大げんかをして、むしろ仕事を失ってしまいます。ようやく見つかった職場は、移民の少年たちが暮らす自立支援施設。給食をカティが一手に引き受けることになるのですが、食材も器材もお粗末な場所だけに前途多難。しかも、一匹狼タイプのカティのことです。フランス人の上司や、外国から来た少年たちとうまくやっていけるのでしょうか。
監督は、まだ39歳と若手のルイ=ジュリアン・プティ。リュック・ベッソンの助監督からキャリアをスタートし、社会問題をうまくエンタメに昇華する手法で自分のスタイルを確立した映画人です。料理人のカティを演じるのは、『シティーハンター THE MOVIE 史上最香のミッション』にも出演していたオドレイ・ラミー。移民の自立支援施設長には、『最強のふたり』で富豪を演じで大成功を収めたフランソワ・クリュゼが扮しました。そして、移民の少年たちは、オーディションとワークショップを経て集められた、ほとんどが演技未経験者の子どもたちです。
僕は今作はメディア試写で鑑賞しました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。
以前評した『パリ・タクシー』でも感じたことですが、このフランス映画も、思ってたんと違うってところへ連れて行ってもらえるものでした。こちらは料理なんで、思ってたんと違う食感、盛り付け、味わいだったなってことですかね。オリジナルのタイトルは、Brigadeと言って、旅団、チーム、グループを意味する言葉だと思います。これは、料理を通して、出自も環境も違う根無し草の少年たちがチームを形成していく話です。
前提として知っておきたいのは、フランスにおける移民制度のこと。フランスに入ったとしても、未成年で保護者もいない、仕事もないという少年は、本国に強制送還されてしまうので、支援者たちは、やむなくフランスへとひとり移ってきた彼らの事情を丁寧に聞き、社会の中で生きていけるようにと手助けをしています。人道的な活動だけれども、資金も人でも潤沢ではない。だから、寮で食べさせる料理にまで構っていられず、缶詰でもいいじゃないか、質より量なんだというのが現状です。そこへ、腕はあるけれど、一流レストランの副料理長の座と、さらなる高みへ続くハシゴをカッとなった末に、外されたというよりも自分で蹴り倒してきたカティがやって来る。そもそもが彼女もカリカリしているし、キッチンも不衛生だし、子どもたちは自分の殻に閉じこもってるしで、悪循環に陥ってしまいそうだけれど、そこはカティも苦労人ですから、やがて気持ちを切り替えて、与えられた条件でベストを尽くそうとしていきます。僕はそこに仕事というものの本質が見えて清々しさを覚えました。ただ、最初からうまくはいきません。部下もいないし、用意する食事の量も多いし、失敗も失態も出てくる。そりゃ、ひとりでなんて無理です。そこで、だんだんと料理を通しての交流と教育が行われていく中で、カティの生い立ちや料理を志した理由がわかってくるし、子どもたちと接する中でも、ダメなことはダメと言いつつ、決して甘やかさないのだけれど、彼らの尊厳を踏まえていくことがいかに大事かと気づいていきます。カティはフランス人だから、移民たちの千差万別の事情はわからないけれども、彼女も根無し草として生きてきたからこそ、手に職をつけることの大切さと、尊重されないやるせなさは痛いほどわかっているわけです。施設長とのすれ違いや他のスタッフとの食い違いがあったからこそ、たどり着くチームの有り様というのは強固です。
こうして話していると、社会問題を扱った、ゆるいコメディぐらいに思われるかもしれませんが、白眉として思わず吹き出してしまうクライマックスを挙げておきます。ここはあえて説明しませんが、このチームが舞台としてまさかそんなところへ向かうとは…。正直、脚本が荒っぽいところもある作品ですが、ここの伏線回収と畳み掛けはお見事だし、最終的にはきちんと苦味も味わわせる演出には光るものがありました。
それから、カティの過去の見せ方も、安直なフラッシュバックに頼らず、過去と今をすばやく行き来させることで、まどろっこしい言葉による説明もなく僕たち観客に察するよう促していて、鮮やかな手つきだなと感心しました。
日本では、これまで外国籍の人と共生することを極力避けてきて、受け入れる場合のものさしは、そのほとんどが経済的に利があるかどうかということばかりだったように思います。人道的な判断や人間としての尊厳ということに関して、移民大国であるアメリカやヨーロッパ各国にも問題は山ほどあるけれど、まずはこれからのことを考える材料としても、この映画はとても有益だと思っています。