京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『猿の惑星/キングダム』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 5月21日放送分
映画『猿の惑星/キングダム』短評のDJ'sカット版です。

猿の惑星』シリーズのリブートとして2011年『猿の惑星:創世記ジェネシス)』からスタートした3部作の300年後を舞台とした完全新作です。人類はすっかり退化して野生動物のように暮らす中、猿たちは部族ごとに濃淡はあるものの地球を支配する存在となっていました。鷲を手懐けることを特徴とする部族の若き猿ノアは、自分たちの村が凶暴な猿たちに襲われ、仲間たちを連れ去られたことで、連れ戻すための旅に出ます。その中で、人間の中でもずば抜けて賢いとされる女性や人間と猿が共生していた時代のことを伝え聞いているオランウータンと出会い、共に絶対的支配者たる猿、プロキシマス・シーザーに挑みます。

猿の惑星:創世記(ジェネシス) (字幕版) メイズ・ランナー (字幕版)

監督と共同製作は、視覚効果を得意とし、2014年の『メイズ・ランナー』で注目を浴びたウェス・ボール。モーション・キャプチャーを通じて若き猿ノアを演じたのは、幼い頃に『キング・コング』を観てアンディ・サーキスに憧れて育ったという俳優のオーウェンティーグ。そして、ノアが出会う人間の女性メイをドラマシリーズの『ウィッチャー』でメインキャラクターを務めるなど注目を集める若手フレイヤ・アーランが演じています。
 
僕は公開前にディズニーからの招待を受けてのメディア試写で字幕版、そして先週木曜午後にはTジョイ梅田で竹内力さんがプレキシマス・シーザーに扮した日本語吹き替え版と、2度スクリーンで鑑賞しました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

触れ込み通り、完全新作なので、この作品単体で観てもまったく支障ない作りになっていますが、直接的には2011年にリブートとして始まったシーザー三部作を継承するものとして構築されたストーリーとなっているその証拠に、人類と類人猿エイプスを中心とした猿たちの共生の道を探り続けた英雄シーザーの葬儀、火葬の場面というのが示されます。で、映画の中でははっきり何年後と表記されず「何世代も何世代も後」ぐらいになっていますが、それはともかく、英雄の死の直後から話を進めるのではなく、時間、時代を開けた設定にしたことが今作を当然語りやすくするだけでなく、物語のテーマもより「猿の惑星シリーズ」らしい、文明批評としてのSFとして優れた、切れ味鋭いものにする効果を上げていると言えます。

©2024 20th Century Studios. All Rights Reserved.
主人公であるノアというエイプは、これから一族の通過儀礼に挑むお年頃。新しい世代のエイプなんですが、彼の暮らす田舎の村では、もうシーザーのことなんて知られていないんです。そこは都市でもないし、人間なんて野生化してHumanではなくエコーなんて呼ばれているくらいで特に脅威でもないし、たまにのこのこエコーが出てくることがあっても、「あっち言ってなさい」ぐらいの関係だから、おそらくはシーザーの生涯が伝説として継承される必要もなかった独立した素朴なエイプ社会で、自然ともしっかり共生しながら、その部族は鷲を手なづけるという特徴があるんですけど、その鷲を使ってて魚なんかを獲って燻製にしながらのんびりやってたところへ、おっかない鉄仮面の乱暴な猿たちが襲ってきて、村は壊滅。そして、仲間たちが拉致されてしまう。生き残ったノアは、まったくまだて名付ける能力はないけれど、なんとなく鷲に見守られながら、乱暴な鉄仮面たちの後を追う。なんのためって、そりゃ、仲間を連れ帰り、村を再建するためですよ。ノアが望むのは、それだけ。仲間はどこへ連れて行かれのかって、それは鉄仮面の総本山、ノアの村とはまるで違うレベルで制度化、階層化された、何より技術革新の進んでいる都会です。そのトップに君臨するのが、よりによって英雄シーザーを継承すると自称するボス、プレキシマス・シーザーである。

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これが今作の基本的な対立軸と移動の軸です。横暴な奴らの総本山へ行って、一矢報いて、故郷に戻る。これは今度新作前日譚の公開を控える『マッド・マックス 怒りのデス・ロード』を彷彿とさせるシンプルさ。わかりやすいんだけど、そこに常に不穏な気配を漂わせ、事態をなんならややこしくさせるのが、人間の女性です。彼女は野良犬が懐いたみたいな調子でノアに付いてきて、途中で知り合ったオランウータンと一緒に旅をする中で、だんだんとこりゃ野良犬じゃねえぞってことがわかってくる。エイプがエコーと呼ぶところの知性の退化した人間とはどうも違う。彼女は知恵があるどころか、何か得体のしれないことを企んでいるのかもしれない。はっきり言いますが、人間こそが事態をややこしくする存在として登場します。ノアとプロキシマスはですね、言語というのは何のためにあるのかとか、進化というのは何なのかってことを互いに対立しながらも哲学的に深め合っていく間柄でもあるんですが、まさにその進化した果てに退化したとされる人類のはずの女性メイについては何か違う。このメイの存在がこの新作のわかりやすい構図を常に乱しながら、これは紛れもなく猿の惑星の新作なのだと観客に唸らせる存在なんですよ。1968年、『猿の惑星』1作目と同じ年に作られた『2001年宇宙の旅』のプロローグで猿が人間に進化する象徴として描かれたのは、道具こそが類人猿と人間を分けるものだということでした。ただ、その道具は往々にして武器として発展することも明示されていましたね。人の進化はこれすなわち武器の進化でもあり、進化した文明はヒエラルキーを作り、支配構造を作り、言葉や宗教ですら政治利用し、武器にしてしまい、他の部族や民族、さらには自然をも駆逐することも辞さないものであるという人類の根源的な危うさを突きつける視点がそこにある。これ、シリーズ開始から半世紀以上経ってますが、その間に人間がやってきたことって、この見立ての通りじゃありませんか。現に世界を見渡せば、今だってってことですよ。

©2024 20th Century Studios. All Rights Reserved.
今作にはほとんど人間は出てきません。エイプばかりで、誰に感情移入すればいいんだって戸惑うかもしれませんね。人間メイが出てくれば、僕たちは彼女にどうしたって肩入れして見てしまうと思うんですが、いやいや、ことはそう単純ではありません。今作においては、身体的な動きだけでなく、顔の微細な表情まで演じる役者の動きを捉える、モーション・キャプチャーではなく、パフォーマンス・キャプチャーに進化した撮影技術のおかげで、エイプたちの感情や思考がありありと表現されていることもあり、かつての英雄シーザーを知らなかったのにこの旅を通してシーザーを継承するまでに成長していくノアはもちろん、悪役とされながらも彼にだって理があるプレキシマス・シーザーのことすら無下にできなくなる側面があります。

©2024 20th Century Studios. All Rights Reserved.
テーマのことを中心に喋りましたが、そのテーマを反映したウェルメイドであり波乱含みでもある今回の新しい物語を支える映像技術は、それこそ圧倒的進化を遂げているがゆえに自然に見えちゃうし、それでいいんだけど、よくよく考えるともの凄いことをやってのけている1本です。ウェス・ボール監督は長編4本目にして見事なお点前だったし、このシリーズの本質をよく捉えながら2024年の観客に見せるべきものにしています。僕はかなり好きな1本だし、どう考えても続編があるはずなので、相当期待しています。ごちゃごちゃ言いましたが、普通にエンタメとしてスカッとする側面もありますので、乗り遅れないうちに、今のうちに新シリーズ1本目を劇場で観ておいてください。
悪役とされるプレキシマス・シーザーでしたが、日本語版で竹内力さんがキャスティングされて熱演するのもよくわかるっていう、僕はすごく魅力的なキャラクターだと感じました。もっと観たいって思ったくらいです。カリスマ性もあって、演説のシーンとか説得力すらありました。What A Beautiful Dayってのが演説のつかみでしたね。そこも意識しつつ、人類の一員として、こんな歌を心底素直に歌える地球であってほしいなとWhat A Wonderful World。Rod Stewart feat. Stevie Wonderのバージョンをオンエアしました。

さ〜て、次回2024年5月28日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『悪は存在しない』です。日本を代表する映画作家として、早くもというか、あっさりと世界三大映画祭を制してしまった濱口竜介さん。これはヴェネツィアで高く評価されたもの。賛否が分かれるというよりも、一様に作品の出来栄えは認めつつ、その解釈が分かれているようで、まちゃおの意見が聞きたいって声もたくさんいただいていただけにプレッシャーもありますが、張り切って劇場に行ってきます。さぁ、あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、Xで #まちゃお765 を付けてのポスト、お願いしますね。待ってま〜す!