京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『私がやりました』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 8月13日放送分
映画『私がやりました』短評のDJ'sカット版です。

1930年代のパリ。駆け出しの俳優と弁護士、仲良しの女友達ふたり、マドレーヌとポーリーヌはルームシェアをしているのですが、家賃を滞納中。まだ仕事がないんですね。そんな中、マドレーヌは著名な映画プロデューサーであるモンフェラン氏の豪邸に呼び出されます。ところが、そのモンフェランがまさに自宅で死体となって発見されたことで、マドレーヌは第一容疑者となるのですが、親友の新米弁護士ポーリーヌは、とある奇策を講じます。その結果は、果たして… というユーモラスなクライムミステリーです。
 
監督・脚本は、フランソワ・オゾンです。マドレーヌをナディア・テレスキウィッツ、ポーリーヌをレベッカ・マルデールが演じている他、大御所イザベル・ユペールが後半この事件に絡んでくる往年の名優オデット役で出演しています。フランスでは動員100万人を超える特大ヒットとなりました。
 
僕は夏休み中、U-NEXTの配信レンタルを通して、沖縄のゲストハウスのTVモニターで鑑賞しました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

フランソワ・オゾンは若き天才として90年代後半に映画シーンに颯爽と登場した印象ですが、すごいのは毎年のように新作を公開していること。しかも、ヒットも多いです。日本で彼の名前が広く知られたのは、なんといっても2002年の『8人の女たち』でしょう。あるいは、その翌年の『スイミング・プール』。僕は2010年代に入ってからの『危険なプロット』や『17歳』も好きなんですが、なんらかの犯罪をモチーフにしながら人間の心理をスタイリッシュな映像ですくい取る、というより、切り込んでいくのが得意な人だと思います。ジャンルはミステリーやサスペンス、さらにはコメディーも難なく撮れる器用な人。そして、虚構と現実、嘘と真を対比したりすり替えたりすることも巧みでして、今作でもそんな彼の特徴的な要素、作家性が集合しています。

©2023 MANDARIN & COMPAGNIE - FOZ - GAUMONT – FRANCE 2 CINÉMA - SCOPE PICTURES – PLAYTIME PRODUCTION
8人の女たち』もそうでしたが、こちらも元は戯曲、それも1934年の芝居からインスピレーションを受けているものの、きちんと映画として面白いものに再構築しています。殺人事件が起こるわけですが、単純に誰が犯人なのか、フーダニットな話ではありません。むしろ、原題のMon Crime、「私の犯罪」という言葉通り、あるいは邦題の通り、『私がやりました』と自首をするというより、犯人としての「手柄」を奪い合うような不思議な展開を見せます。ここで、被害者が映画プロデューサーであることや、容疑者が女優であること、さらには、裁判で仲良しの弁護士と犯人をエピソードを創作して一緒に演じきるという、オゾンらしいテーマ、問題意識がぐいっと浮き彫りになります。若き主人公ふたりは、正当防衛を主張して首尾よく無罪を勝ち取り、一躍有名人になります。その日暮らしだったこの女性たちは、一転して豪奢な生活を手に入れるのですが、そこへ「あの殺しは私がやったのよ」と、大女優のオデットが現れたもんだからさあ大変。身の丈に合わない背伸びをした暮らしを実現させた虚構を暴きに来た人がまた女優オデット。しかも、サイレント映画時代はその美貌でスターだったが、声があまり美しくはないからとトーキーに入ってからジリ貧というオデットの設定がまたオゾンらしいところです。なんなら、彼女を演じているイザベル・ユペールは20年前に『8人の女たち』にも出ていたわけで、そこのフランソワ・オゾン作品間のユニバースというかフィクションとリアルをまたいでいく仕掛けがあります。

©2023 MANDARIN & COMPAGNIE - FOZ - GAUMONT – FRANCE 2 CINÉMA - SCOPE PICTURES – PLAYTIME PRODUCTION
加えて、冒頭でプールが映りますけど、1930年代という時代を考えると、ビリー・ワイルダー監督『サンセット大通り』を思い浮かべるよう仕向けられています。あれも、プールに殺人事件にサイレント映画時代のスター女優が出てくる話でしたからね。なんなら、『サンセット大通り』とアカデミー賞を競い合ったマンキーウィッツ監督の『イヴの総て』も踏まえていますね。女優志望の女性が手練手管を使ってチャンスを掴んでいいく話でしたから。もう一点指摘しておけば、全体を通して、アールデコ調のパリの雰囲気や特にセットについては作り物感を強調していたり、俳優たちが演劇的とも言える大げさな演技をするのも、オゾンのこれまでのテーマ性とそれを効果的に見せるための演出が徹底されていると言えます。

©2023 MANDARIN & COMPAGNIE - FOZ - GAUMONT – FRANCE 2 CINÉMA - SCOPE PICTURES – PLAYTIME PRODUCTION
ただ、今回のオゾン監督はさらにその先へと進みます。女性が参政権さえ持てずにいた時代を舞台にしながら、圧倒的男性優位の社会の中で犯罪をてこに反転攻勢していく女性たちの姿を、シリアスにではなく、あくまでコミカルに見せるのは、今後の全国公開が待たれるイタリア映画『まだ明日がある』に通じるところです。フランスでは『私がやりました』、そしてイタリアでは『まだ明日がある』が去年それぞれの国で圧倒的な大ヒットを記録していたことに、僕はあちらの映画の観客への希望と映画人の成熟したモラリティを感じます。実は鋭い現代的なメッセージを持っているのに舞台は100年ほど前で、全体的にキュートでスタイリッシュでありながら、品のあるユーモアと風刺が散りばめられた上、誰が見ても面白い。フランソワ・オゾン、やっぱりすごいです。
『8人の女たち』に出演もしていたフランスの国民的女優ダニエル・ダリューが、1934年の映画『不景気よさようなら』で歌っていたこの曲をオンエアしました。

さ〜て、次回2024年8月20日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『幸せのイタリアーノ』です。先月短評した『潜水艦コマンダンテ 誇り高き決断』で艦長役を担当していた名優ピエルフランチェスコ・ファヴィーノが、今度はプレイボーイな実業家に。僕のイチオシ女優、ミリアム・レオーネも大活躍です。パンフレットに寄稿した縁で、公開日翌日には名古屋でトークショーもしてきましたが、改めて箪瓢することになりました。よっぽど縁があるなと思いつつ、さぁ、あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、Xで #まちゃお765 を付けてのポスト、お願いしますね。待ってま〜す!