京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

La Palummellaについて、セーペかく語りき

イタリアのユニーク極まりないミュージシャンであるダニエーレ・セーペとくるりのコラボ・シングル『La Palummella / Camel ('Na Storia)』がリリースされた。その経緯については、くるりのウェブサイトにおける岸田繁さんの文章や、ナタリーの記事でも触れられているので、そちらを参照いただきたいのだけれど、僕も微力ながら歌詞の面で助太刀できて、とても貴重な体験となった。加えて、セーペさん本人からアレンジの着想について教えてもらう機会にも恵まれたので、ここに記録しておく。

セーペさんの作曲能力のみならず、アレンジをかねてより高く評価していた岸田さん。ナポリでのレコーディング実現に向けて、僕にこんな打診があった。「くるりの曲の再構築をしてもらいたいので、日本語で歌うのだけれど、アレンジの参考にしてもらうため、先方に歌詞の内容を伝えたい」。どちらのファンでもある僕は喜んで『キャメル』の歌詞をイタリア語に訳した。実は他にも数曲の候補があって、それぞれイタリア語に置き換えていく中で、岸田さんの歌ってきた言葉ひとつひとつと改めて向き合うことになったし、「このフレーズの主語は誰なんだろう」と考えていくことも、曲の解釈を深めることになって、実に有意義だった(「こんな風に僕は捉えたんですけど、大丈夫ですかね?」と岸田さんに確認することも含めて)。歌詞では主語が省略されることもあるし、そのことで普通は違和感を抱くことはないのだけれど、イタリア語にするには動詞の活用の関係もあるので、主語は明らかにしておかないと翻訳が進まないのだ。

 

そんな日本語からイタリア語への作業が一通り終わったころ、今度は「セーペ推薦のナポリの歌を日本語でカバーしてみたいから手伝ってほしい」と、イタリア語から日本語へという逆の作業に取り掛かることになった。「これなんだけど…」と岸田さんから送られてきたのが、ナポリの声と言われたセルジョ・ブルーニという歌手のこんなバージョンだった。まず面食らったのは、イタリア語から日本語にする前に、ナポリ弁をイタリア語にする必要があったことだが、それはまた別の話。今、ここで注目いただきたいのは、アレンジだ。くるりとセーペのコラボ版とはずいぶん印象が違うことにきっと気づいていただけるだろう。

京都音楽博覧会2024 in 梅小路公園の本番前日、僕はあこがれのセーペさんに初めてお会いした。会場でリハーサルや打ち合わせがあった後に、市内某所での食事会に僕も参加させてもらったのだ。僕はセーペさんの隣に座って、話題は多岐に及んだ。セーペさんがサントラを担当した映画を僕の会社がかつて買い付けて日本で公開したこと。互いの好きなイタリア映画に共通点がたくさんあったこと。山登りのこと。料理のこと。エトセトラ、エトセトラ。そして、僕は改めて、今回のくるりとのコラボシングルにおける『La Palummella』のアレンジが素晴らしかったと伝えた。ブルーニの歌っていたオケや他の無数に存在するバージョンと聴き比べてみて、セーペさんのアレンジはなんだか勇ましさもあって気に入っていたのだ。すると、彼はアレンジの着想について話して聞かせてくれた。

 

セレナーデとして知られる古い歌を、ああいうアレンジにしたことで、ミュージシャンの友達が何人か驚いていたんだ。ステファノ・ボッラーニはこう言ってたよ。「このラ・マルセイエーズ、良いじゃないか」。フランス国家を持ち出してくるもんだから、笑ったね。

でも、実はこの曲には変遷があるんだ。もともとは、18世紀のオペラのアリアとして生まれたんだけれど、ナポリがそれから辿ることになる歴史の中で、ブルボン家サヴォイア家の支配や圧制に対抗する民衆の讃歌へと様変わりしていったのさ。

さらに興味深いのは、パルメッラとベッラ・チャオ(『さらば恋人よ』の邦題で知られる)に不思議な共通点があるってこと。イントロ部分の音符を逆さにすると、まるで同じなのさ!

 

ベッラ・チャオ(Bella Ciao)という曲は、ファシズムへの抵抗運動の中で、パルチザンたちに愛唱されたことで知られる。つまり、圧制や抑圧に立ち向かって自由を求める歌なのだ。愛する人と離れて戦いに行く悲しい歌でありながら、勇ましく、聞く人を鼓舞する。セーペさんは、そんなバランスを狙って、このアレンジを手がけたというわけだ。その結果、フランス革命の歌であるラ・マルセイエーズを想起する人がいたとしても不思議ではない。

とても合点のいく話だったし、僕はこのエピソードをその場で岸田さんに伝えると、ふたりは両方のメロディーを楽しそうに一緒に口ずさんでいた。それはそれは、愉快で素敵なシーンだった。ちなみに、今回のセーペのアレンジでは、最後にナポリ弁オリジナルの歌詞で女性ボーカルが少し入る。主人公の想いが相手に届いたかのようで美しい。岸田さんやくるりの音楽的情熱が遠く離れたナポリに届き、セーペとその愉快な仲間たちが想いに応えたことと同じように。さらにちなみに、ラ・パルメッラとは、ナポリ弁で「蝶」を意味する。

ここで話は終わりなのだが、さらにさらにちなみに、これまた僕の好きなジャズ・ミュージシャンであるステファノ・ボッラーニの名前が不意に会話に登場して、僕は興奮を隠せなかった。だって、僕はボッラーニのことを昔住んでいた吹田の図書館の音楽コーナーで知って、DJになってからは、たとえばこんな50年代のカンツォーネイカしたカバーを何度かオンエアしたことがあったものだから。今回、ふたりがセーペの近作でコラボしているのを知ることができたのは、数ある喜びのひとつだったことを付け加えておきたい。