FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 2月4日放送分
映画『劇映画 孤独のグルメ』短評のDJ'sカット版です。

個人で輸入雑貨商を営む井之頭五郎。パリに住む老人、松尾一郎のもとへ1枚の絵を届けたところ、もうひとつ頼みがあると持ちかけられます。それは、一郎が幼い頃、母親によく作ってもらっていた「いっちゃん汁」なるスープを再現してほしいということ。ただ、レシピはわからず、出汁を取る食材についてもはっきりしないのだという。かなりの難題ではあるものの、食については並々ならぬこだわりのある五郎はその依頼を放っておけず、まずは一郎の故郷である長崎の五島列島へ行ってみることに。
テレビ東京の大人気ドラマが放送開始から13年。そして、原作漫画の誕生から30周年というタイミングでついに映画化という流れですが、今回は井之頭五郎を演じる松重豊が、なんと脚本にも参加し、自ら監督まで務めたのが大きな特徴です。キャストも豪華で、塩見三省、内田有紀、杏、オダギリジョー、磯村勇斗、村田雄浩、さらには韓国から『梨泰院クラス』のユ・ジェミョンが参加しています。
僕は先週金曜日の朝、MOVIX京都で鑑賞してきました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。
ドラマシリーズとしての『孤独のグルメ』を決して熱心に観ていたわけではなく、いくつかのエピソードは観たことがある程度だった僕が、まさかこんなにも夢中になるとは。バイプレーヤーとして映像業界で活躍してこられた松重さんとしては、放送から10年という節目となった頃に、自分の代表作でもあるシリーズに対して、ある種の責任感みたいなものが芽生えていて、ドラマスペシャルも良いけれど、映画館の大きなスクリーンに主人公の五郎を連れていくということを考えられた。つまりは企画も松重さんなんですね。ドラマは実は東アジアのたくさんのエリアで放送されていてファンも多いので、広い範囲に目配りした内容にできないかと、実は『パラサイト 半地下の家族』のポン・ジュノ監督にオファーをしてみたんだそうです。すると、ちゃんと返事が来て、「スケジュールの都合で自分がメガホンを取ることはかなわないけれど、できあがった作品はぜひ観たい」と背中を押してくれるようなメッセージだったんですって。じゃ、もうこうなったら自分で撮るかとシノプシスを書き始めて、ドラマの脚本家と一緒に練り上げていくことになりました。

そこで、ひとつ参考にしたというか目指したのが、伊丹十三の『タンポポ』だと言います。これは1985年に公開されたラーメン店を舞台にしたハチャメチャなコメディでした。なるほど、確かに。今作でも結構ぶっ飛んだ展開があって、ご都合主義なんて言うのは野暮という笑いのエッセンスがあったし、何より今作はスープが鍵になるところも通じる。そして、『タンポポ』で山崎努が演じていた重要な役のタンクローリー運転手の名前もゴローですからね。今作では後半にやはりラーメン店が出てきますが、その店に井之頭五郎が提供する丼鉢の底にはたんぽぽのイラストが入っていましたし、そのラーメン店をロケハンして気に入ったのは、伊丹十三の『タンポポ』にあったようなカウンターでのショットが撮れると踏んだことも大きいようです。
今話したのは、もちろんオマージュでありリスペクトの部分であって今作の評価の肝の部分ではないんですが、重要なのは、松重さんが初監督するにあたり、確固たるスタンスやビジョンを持っていたこと。そして、予算やスケジュールの都合も考慮しながら、柔軟に撮影を指揮していったこと。つまり、お飾りとか長寿ドラマのご褒美的な劇場版ではなく、頭に「劇映画」と付いているように、こじんまりしたドラマの良さを失わずにどうスケールアップしていくかというアイデアと工夫が見事に反映されていました。松重さん、すごいですよ。パリに行こうが五島列島に行こうが、五郎は五郎だし、映画的にも気取ったり気負うことはない。飛行機での機内食トラブルから、パリのビストロを経由して、五郎の過去もさりげなく入れながら、スープの素材探しの旅へ自然と移行していくんですが、ワンシーンごとに丁寧な画面構成と地に足のついた演技でいつもの調子のモノローグ。笑える名言もスパイスとして散りばめながら、あくまでも小ぶりなシーンを結わえていく繋ぎの部分に映画的に面白い飛躍を用意して行動範囲をスケールを広げていく構成。なおかつ、地産地消の意義だったり、ソウルフードの大切さ、さらには食文化が国を超えて響き合ってきた影響関係までをも画面と物語に溶け込ませていく志の高さ。お見事なお点前ですよ。

中でも僕が最も感心したのは、ハイライトで突如登場するメタフィクション的な構成です。映画の中にドラマ『孤独のグルメ』の撮影風景が出てくるなんて観客の誰にも想像できません。なおかつ、エンドロールの後に五郎がカメラ目線で観客に語りかける一言と、その後に入っていく店のチョイス! そして、キャスティングも奮っていて、特に韓国のユ・ジェミョンとのやり取りは間も含めて最高でしたし、脳出血からリハビリを行ってこられた塩見三省を迎えた監督とそれに応えた塩見さんの演技も素敵でした。松重監督にお伝えしたい。僕がこの評を締めくくる言葉はふたつ。また監督作が観たい。そして、腹、減りました。

Fm yokohamaで『深夜の音楽食堂』という番組を持たれている松重さんですから、音楽にも相当造詣が深いんですよね。劇伴は原作者久住昌之さんのバンドTheScreen Tonesと、鍵盤奏者Kan Sanoをうまく混ぜ合わせつつ、主題歌は松重さんの昔の中華料理屋バイト時代の仲間、甲本ヒロト率いるザ・クロマニヨンズの『空腹と俺』です。リリースされていない貴重な音源をお借りしてオンエアしました。
さ〜て、次回2025年2月11日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『リアル・ペイン〜心の旅〜』です。今週の松重さんよろしく、ジェシー・アイゼンバーグが製作・脚本・監督・主演と大車輪の活躍を見せているロード・ムービー。疎遠だった従兄弟と向かう、ユダヤ系ファミリーのルーツをめぐる旅。さぁ、あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、Xで #まちゃお765 を付けてのポスト、お願いしますね。待ってま〜す!

