京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

イタリア・フィルム・トーク#01 『パルテノペ ナポリの宝石』報告

気づけば1ヶ月ほどが経ちましたが、8月31日(日)に京都の素敵な本屋さん恵文社一乗寺店のCOTTAGEで行いましたトークショー「観たい!行きたい!映画で読み解くナポリ『パルテノペ ナポリの宝石』日本公開記念トークショー」、盛況のうちに幕を閉じることができました。自前のイベントスペース「チルコロ京都」を閉めて、これからはノマドなスタイルでイベントを打っていこうという初回だったので不安もありましたが、僕野村雅夫、二宮大輔、有北雅彦というメンバーに加え、久々にゲストをお迎えしての怒涛の100分。40名強、大入り満員のお客様と一緒に楽しく過ごすことができました。

今回は「イタリア・フィルム・トーク#01」としておりますが、イタリア映画についてのトーク・イベントは、パオロ・ソレンティーノ監督の作品でも他にやっているくらいなんで、もう何度目かわからないくらいですが、場所を変えての仕切り直しということで実施しました。これからも、ひとつ、京都ドーナッツクラブの仕掛けるイベントをご贔屓にどうぞ。今回のイベントの模様、登壇もしておりました有北クルーラーが独自のレポートにまとめてくれておりますので、これはこれでひとつの読み物としてお楽しみあれ!(以上、野村ポンデ雅夫)

©2024 The Apartment Srl – Numero 10 Srl – Pathé Films – Piperfilm Srl

みなさま、去る8月末におこなわれた、映画『パルテノペ ナポリの宝石』公開記念トークショー、ご来場まことにありがとうございました。早くにご予約で満席をいただいたこともあり、残念ながらご覧いただけなかったお方もいらっしゃるかもしれません。そこで、ちょっと振り返りと補足も含めて、僕(有北)の独自視点による、イベントのご報告をさせていただこうと思います。

左から有北、野村、近藤直樹副学長、二宮大輔

トークショーはまず、日本で公開された近年のイタリア映画事情を総ざらいし、「いい邦題・悪い邦題」についてひとくさりするところからスタート。脳も舌もあたたまってきたところで、いよいよ『パルテノペ ナポリの宝石』の内容に入っていきます。

 

この映画の大まかな概要は、ナポリの古い呼称「パルテノペ」と名づけられた美女の人生を追いながら、さまざまな時代・さまざまな角度からナポリを映し出していく――つまり「ナポリ」そのものを主役として描き切るという、なかなかアグレッシブな映画なんですね。つまり、本作を十二分に味わいつくそうと思えば、ナポリについてのある程度の背景知識が必要である、ということで、トークショーに際して僕たちドーナッツクラブがお声をかけさせていただいたのが、ナポリ研究で名高い京都外国語大学副学長・近藤直樹教授でした。

©2024 The Apartment Srl – Numero 10 Srl – Pathé Films – Piperfilm Srl

パルテノペとはそもそも船乗りを惑わす人魚「セイレーン」の名前であったこと。パルテノペの名付け親でもある実在の「提督」について。最後にその衝撃的な姿を見せる、海(そしてナポリ)を体現したかのようなマロッタ教授の息子が、原作では「水頭症」としか書かれていないこと。また、ナポリではひとつの建物の中で上流階級から庶民までが階層ごとに住み分け、庶民は上層階から仕事を得ていたなどの習俗があったこと、などなど。近藤先生には、映画の内容を追うことだけに終始せず、ナポリ文化への理解が大いに深まるトークを展開していただきました。その豊富な知識と親しみやすい人柄から、実はこの日が初対面だったにもかかわらず、イベントが終わるころには僕たちは自然と近藤先生のことを「京都外大の宝石」と呼んでいました(心の中で)。

©2024 The Apartment Srl – Numero 10 Srl – Pathé Films – Piperfilm Srl

さて、若干個人的な話にはなりますが、映画の内容で僕が非常に印象的だったのは、やはり、色欲神父とパルテノペが絡む背徳的なシーン、そして「聖ジェンナーロの奇跡」のくだりです。神父役の俳優さんの怪演とあまりのインパクトは、本国イタリアでもけっこう物議を醸したようですが、僕の精神にもなかなかな衝撃をもたらしていたようで……。

 

トークの最中にもちらっと話題に出したように、イベントの予習のために『パルテノペ』を鑑賞した翌々日の夜、あの色欲神父ががっつり夢に出てきましたからね。今となっては夢の詳細はあやふやですが、起きたとき、やけに寝汗をかいていたことは覚えています。とんだ夢魔でしたよ。その日の夜に出てこないところが、筋肉痛がちょっと遅れてくるみたいな感じで、それも含めてやるせなかったです。年齢がいくと、夢に見る反応も鈍くなってくるのかと……。

© Paola Magni, CC BY 2.0

まあそんなことはさておき、その神父のくだりで出てきた印象的な描写が「聖ジェンナーロの奇跡」。イベント中、近藤先生に説明はしていただいたんですが、改めて補足しておきたいと思います。

 

まず、聖ジェンナーロというのはナポリ守護聖人なんですね。彼は西暦300年頃の人物で、時のローマ皇帝の迫害で殉教してしまうわけですが、その遺物である血液が残されています。なんとこの血液、とっくにカピカピであるにもかかわらず、ナポリの人びとが町の安寧を願って祈りを捧げると「液状化する」という奇跡が起こる。その奇跡の力でその年のナポリは安全に守られるそうです。

 

年に3回、司教が聖ジェンナーロの血液が入った小瓶を捧げ、町の人びととともに液状化を祈るという儀式がおこなわれます。年1回どころじゃなく、年3回ですからね。めちゃくちゃやるやん。それだけナポリの人びとにとっては大事なイベントということですね。そして、なんと実際に液状化するんですよ。温度や振動などが原因だろうか……と学者たちは研究を進めているようですが、謎が完全に解けたわけではないようです。

 

もっとも古い液状化の記録は1389年。1631年にはヴェスヴィオ火山の噴火の際にこの奇跡が起こり、被害を避けることができたそうです。近年でいうと、去年の12月には液状化しなかったんですが、今年の5月と、つい先日の9月19日に、見事に奇跡が起こったそうなんですよ。現地のニュース映像を見たところ、だいぶフィーバーしているのが感じられました。いったいどのくらいの確率なのかはわかりませんが、今年だけで2回も「奇跡」が起こっているのはすごいですよね。

©2024 The Apartment Srl – Numero 10 Srl – Pathé Films – Piperfilm Srl



と、補足とともにイタリアニュースもお伝えさせていただいたところで、最後に、まさにナポリの「聖職者」を題材にしたバルゼッレッタ(イタリアの短い笑い話)をご紹介したいと思います。

 

Prete: «Ajè, m’hanno arrubbato ’a bicicletta… che faccio?»
Amico: «Fa accussì: domenica, quanno predichi, parla d’’e Diece Comandamente.
Quanno arrivi a “Nun rubbà”, chillo ca t’ha pigliato ’a bici se mette paura e te la torna!»

(Domenica doppo ’a messa…)

Amico: «Allora, comme è ghiuta?»
Prete: «Benissimo! Quanno so’ arrivato a “Nun fà ’o peccato ’e carne (Nun commettere adulterio)”, m’aggio scurdato addò avevo lassato ’a bicicletta!»

 

(訳)

神父が友人に相談しています。

神父「まいったよ、自転車を盗まれてしまって……。どうしたらいいかな?」

友人「日曜の説教で『十戒』を取り上げるといいよ。犯人が『盗んではならない』を聞けば、反省して自転車を返しに来るさ」

翌週のこと。

友人「どうだった?」

神父「おかげでうまくいったよ。『姦淫してはならない』にきたところで、自転車を停めた場所を思い出したんだ!」

©2024 The Apartment Srl – Numero 10 Srl – Pathé Films – Piperfilm Srl



聖も俗も併せ持ってこそ、人生は趣深くなるもの。それがすなわちナポリという街の魅力につながるのかもしれないですね。

 

今回のトークショーは、ナポリと京都、それぞれの宝石の相乗効果で、知的好奇心をビンビン刺激される100分間だったかと思います。お楽しみいただけましたなら幸いです。

 

ちなみに近藤先生の近著『カンツォーネ・ナポレターナの影: 戦後ナポリのポピュラー音楽』はナカニシヤ出版から発売中、読み応え十分の内容となっております。こちらもよろしければぜひどうぞ。

カンツォーネ・ナポレターナの影: 戦後ナポリのポピュラー音楽