京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

映画『ミセス・ハリス、パリへ行く』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 11月29日放送分
映画『ミセス・ハリス、パリへ行く』短評のDJ'sカット版です。

1950年代、まだ第2次大戦の記憶が新しかった頃のロンドンです。夫を戦争で亡くしてしまった家政婦のミセス・ハリスは、勤め先でディオールのドレスを目にしてうっとり。すっかり美しさに魅せられてしまいます。よし、これはフランスへ買いに行くしかない。お金をかき集めて向かったパリの本店ですが、オートクチュールのドレスをすぐに買えるわけもなく、すげなく追い返されそうになるのですが…

ミセス・ハリス、パリへ行く ミセスハリス (角川文庫)

アメリカの人気作家ポール・ギャリコの小説が原作で、監督と共同製作・共同脚本は、日本ではあまり知られていませんが、90年代からイギリスを中心に映像業界で活動しているアンソニー・ファビアンが務めました。ミセス・ハリスを『ファントム・スレッド』のレスリー・マンヴィルディオールの支配人をイザベル・ユペールがそれぞれ演じた他、この映画でとても重要な衣装デザインは、『眺めのいい部屋』『クルエラ』などのアカデミー賞受賞デザイナーであるジェニー・ビーバンが手がけています。
 
僕は一昨日日曜日の昼に、TOHOシネマズ二条で鑑賞しました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

なんてチャーミングな映画だろう。観終わったら、きっと大勢がその日を気分良く過ごせるに違いないって思える作品でした。まずキャストがいいです。レスリー・マンヴィルは、ミセス・ハリスの人柄を、姿勢から顔の表情から、口調から、服の着こなしまで、文字通り体現していました。基本的に慎ましやかだけど、時に大胆で向こう見ずになるところ。いつも人にやさしいけど、時に毅然とするところ。世話焼きを通り越して、時におせっかいでもあるところ。お金はそりゃあまりないけれど、気品と希望はどうあってもキープしているところ。そして、偏見なく世の中を見ているところ。ミセス・ハリスのことを、多少、小バカにしたり、低く見る人はそりゃいるけれど、彼女を積極的に嫌う人なんて、いないというキャラクターです。彼女の一世一代の冒険を追うこの映画。当たり前ですが、ミセス・ハリスの魅力が観客に伝わるかどうかが作品成功の鍵、というよりも条件ですよね。レスリー・マンヴィルの起用は大当たりで、彼女がミセス・ハリスを演じることで、この作品全体をミセス・ハリス的チャーミングさで包み込むことに成功しています。それぐらいいい。
そんなハリスが押しかけるディオールの女性支配人を演じたイザベル・ユペールも、いけ好かない高慢ちきな感じをうまく出している分、おろおろしたり、プライベートを垣間見せる時とのギャップが効いていました。メインはこのふたりなんだけど、ナターシャというディオールのトップモデルを演じたポルトガルの俳優アルバ・バプティスタさんがもう最高なんです。彼女はこれから化けるんじゃないかしら。彼女はミセス・ハリスとわりと頭の方から仲良くなるんですね。ディオールのたくさんのドレスを着るし、プライベートでの服装もバリエーション豊かに見せるしで、名デザイナーのジェニー・ビーバンがこしらえた服を一番多く着ているその姿がもう眼福としか言いようがないです。かわいくて、美しくて、モデルに徹することもある一方で、サルトル哲学書を読む相当な知性を持ち合わせ、それがゆえに将来どうすべきか、どんな道に進むべきか悩んでもいる。結構難しいこのナターシャという役柄は、この映画の鍵なんですよ。そこにまだキャリアはこれからというバプティスタさん、しかもポルトガルの女性を抜擢した製作チームの慧眼よ!
お仕事映画としても良いです。50年代の家政婦の仕事の様子。そして、オートクチュールのみだった頃のディオールの内側の様子とその変化もよくわかって興味深い上に、ちゃんと現代的な視点も盛り込んでいて、「古き良き」で終わっていないんです。格差が激しくなっている今の世相を50年代に反映させている上、小難しくないレベルで当時流行していた実存主義もうまく会話に反映させながら、名もなき市井の女性The Invisible Womanにその存在価値を与えているのも素敵です。脚本上のご都合主義を指摘することは簡単だけれど、「うっかりと善意の交差点」みたいなシーンもあって、あくまでチャーミングに寓話に仕立てているもんだから、目くじらを立てる気なんておきません。
ディオールのドレスに一目惚れするミセス・ハリスを捉えた三面鏡のショットなんて、彼女が現実を忘れている様子を如実に表現していたし、何度か登場するロンドンの橋の上での彼女の振る舞いも、川が時代をシンボリックに表しているようで効果的でした。とにかく、これは幸せな気分になること請け合いの1本。ぜひ劇場へ駆けつけて、あなたの1日をWhat a lucky day!なものにしちゃってください。
またこのサントラが、ミセス・ハリスの歩くスピードにぴったりで良かったんです。


さ〜て、次回2022年12月6日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『ザ・メニュー』です。これ、新聞で映画評を読んでいて面白そうだなと思っていたんですよ。孤島にある有名レストランに食事に来たカップルが、やはりおいしいものだと感心したまではいいものの、ふとしたことで違和感を感じて… レストランを舞台にどんなサスペンスが繰り広げられるのか。ちょいと怖そうだぜ。でも、僕も大好き『ドント・ルック・アップ』のアダム・マッケイがプロデュースですよ。ユニークな映画がラインナップされるサーチライト・ピクチャーズの作品ということもあって期待大。あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!

『窓辺にて』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 11月22日放送分
映画『窓辺にて』短評のDJ'sカット版です。

元小説家で40代のフリーライターの市川茂巳は、出版社で売れっ子作家の編集者をしている妻の紗衣が浮気していることに怒りを覚えられずにいる。サッパリしている自分にショックを受けている。そんな市川が、取材対象の女子高生作家、彼女のおじ、彼氏、市川の友人であるスポーツ選手とその妻などと会うなかで、だんだんと彼自身の人生観や創作に対する姿勢が変化していく、恋愛群像劇です。

愛がなんだ 街の上で

 監督は、現在41歳にして、これが17本目のオリジナル脚本作となる今泉力哉フリーライター市川を稲垣吾郎が演じたほか、その妻紗衣を中村ゆり、女子高生作家を玉城ティナ、スポーツ選手を若葉竜也がそれぞれ担当しています。

 
僕は先週金曜日の朝に、UPLINK京都で鑑賞しました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

冒頭のシーンを思い出します。主人公の市川がよく行っているであろう純喫茶の窓辺の席。小説を読んでいる。ふと本を置いて、コーヒーを飲む。見ると、日差しがお冷のコップを経由して乱反射している。興味を持った市川は、それを持ち上げて、もう片方の手にかざして、手に映る光と影で遊ぶ。なんでもないしぐさです。彼が何者であるかも、まだわかりません。彼がライターをしているというのがはっきりわかるのは、その後、女子高生作家が文学賞を受賞した記者会見場で市川が手を挙げた時にようやく。インタビュイーではなく、インタビュアーとしての稲垣吾郎という物珍しさも手伝って、「オッ」と軽く驚きながら、そうなんだと観客は受け入れることになる。同じように、若葉竜也演じるスポーツ選手も、たぶんサッカーなんだろうけど、結局は最後までわかりません。でも、市川は時間に追われておらず、自分のペースで仕事をして、喫茶店ではふとした手遊びをするような人だということは伝わるし、スポーツ選手はキャリアのピークを過ぎてくる中でどうピリオドを打つのか悩んでいることはわかる。今泉監督にしてみれば、各キャラクターの紹介を型通りにやる必要はないと考えているのだろうし、だんだんと人となりがわかってくる流れというのは、僕たちが実際に誰かと知り合うときのプロセスに近いと思います。

©︎2022「窓辺にて」製作委員会 すなくじら
これって、一直線に進む話ではないんですよね。行きつ戻りつ、脇道それつつ。でも、そのひとつひとつの要素が、往々にして本人の意図せぬ形で響き合って影響しあって、全体としてぐるぐるめぐりながら前に進んでいく。そんな物語構成になっているんです。群像劇ってそういうもんだろって思われるかもしれないけれど、たいていは物語の推進力を生むために、誰かが誰かにはっきりとした意図を持って何かを行うことが多いように思うんですね。もちろん、この作品でも、特に、女子高生作家なんかは、主人公市川を振り回すようなアクションを次から次へとしかけてくるんだけど、いずれにせよ、当の市川はどんなできごとであっても、ひょうひょうと引き受けて、時にいなして、時にしっかり巻き込まれて、もまれながらも歩いていく。僕は思うんです。人生ってまさにそういうものじゃないかって。特に誰かと恋愛をしたり、仕事をしたりっていう人間関係は、ままならないですよね。今泉監督は、そういう僕たちの営みの響き合い、相互作用、その核心をいつも巧みに突いてくる人だし、今回はその真骨頂だと思います。
 
パンフレットでは、評論家の森直人さんが今泉監督の作品をトータルに評して、ダメ恋愛軽喜劇のサーガを作る人だと言うんですね。これが的確な言葉だったので、引用します。
 
だいたい近い場所に暮らす数人と、その友達の知り合いみたいな面々が、浮気や二股といったモチーフを通して、日常的な『サークル』を形成するように繋がっていく。その中で彼らは自己決定がゆらぎ、浮遊した関係性を生きる。まるで終わらないロンドを踊り続けるように。
 
人生が舞台なら、そのステージは街にある。彼ら彼女らは恋のダンスをそれぞれに自分のステップで踊るというわけです。全体を通して、役者は大変だろうなってくらいにセリフ量はすごく多いんだけど、いわゆる説明台詞はまずない。むしろ、これはどこへ向かうのかという、なんてことのない会話がフワッと登場人物たちの間で浮かんでは消えていく。かと思えば、消えたはずの言葉が、不意に思い出される瞬間があって、その時に言葉が不思議と輝いている。

©︎2022「窓辺にて」製作委員会 すなくじら
たとえば、パフェというスイーツの語源をカフェで語り合う女子高生作家と市川。その後、公園で交わす、猫と女をめぐる究極の選択。市川がたまたま乗ったタクシー運転手のどうってことない言葉。しかも、さりげないけれどここしかないというアングルでとらえた固定カメラで、ちょいちょい結構な長回しを入れるんですよ。ガチャガチャとカメラを動かさない。忙しい編集で流れを断ち切らない。どうってことないと思える場面でも、実はものすごく計算された会話劇になっています。
 
さらにたとえば、市川が山小屋で隠遁生活を送る同年代の男とウッドデッキで話す場面。ふたりがずっと話しているその室内には、その場所へ市川を連れてきた女子高生作家の姿がずっとあって、本を読んでいる。このスタイルは、相当センスがないとできないですよ。
 
大きなテーマは、手に入れることと手放すことです。それは恋愛もそうだし、仕事、キャリア、名誉もあるでしょう。誰が何を手放しているのか。それを軸に観ていくと、これが単なる恋愛映画でないことがわかります。人間関係そのものの不思議を描くとてもユニークな作品であり、倫理観や道徳を振りかざしたり、押し付けたりせず、世の中にはいろんな人がいてこそ面白いのだともじんわり教えてくれる、僕にとっては今後も思い出すだろう大事な1本となりました。今泉監督、すごい才能です。
 
主題歌に抜擢されたのは、スカート。映画の登場人物の視点を歌に盛り込んだものになっていると思います。


さ〜て、次回2022年11月29日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『ミセス・ハリス、パリへ行く』です。1950年代のロンドンで家政婦として働くミセス・ハリスがディオールのドレスに一目惚れし、意を決してパリへと買いに出向いていく。でも、今でも高価なものなのに、当時のディオールなんていったら、そりゃオートクチュールだし、パッと買って帰るわけにもいかないでしょうに。ハリス、どうなる。あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!

『チケット・トゥ・パラダイス』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 11月15日放送分
映画『チケット・トゥ・パラダイス』短評のDJ'sカット版です。

若くして結婚し、若くして離婚した元夫婦、デヴィッドとジョージア。愛娘のリリーは、ロースクールの卒業旅行で友達とバリ島に長期滞在。と思ったら、そこで会った男と電撃結婚するという知らせを受けて、元夫婦のふたりはともにバリへ。そんな結婚は許さん、と、娘を思いとどまらせるべく、ふたりは休戦協定を結んで立ち回るロマンティック・コメディです。

マンマ・ミーア!ヒア・ウィー・ゴー (字幕版) マリーゴールド・ホテルで会いましょう (字幕版)

 元夫婦をジョージ・クルーニージュリア・ロバーツが演じます。『オーシャンズ』シリーズ以来、これで5度目の共演となります。エグゼクティブ・プロデューサーとしてもクレジットにも名前を連ねています。共同脚本と監督は、『マリーゴールド・ホテル』シリーズや『マンマ・ミーア! ヒア・ウィー・ゴー』のイギリス映画人オル・パーカーです。

 
僕は先週木曜日の夜に、TOHOシネマズ二条で鑑賞しました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

一言でまとめると、ちょうどいい映画ってことになるんだと思います。ちょっと時間の空いた午後なんかになんか映画でも観ようかなって調子で街へ繰り出して、ゲラゲラ笑って、少ししんみりもして、小粋な選曲のサントラを口ずさみながら、帰りにパッと目についたバルで一皿のつまみとともにビールを流し込んで、家に帰ってよく眠る。あ〜、いい秋の日だ。って、この感じわかります?  そういう映画です。
 
ジョージ・クルーニージュリア・ロバーツが久々に共演ってことでアガるぜって人は40代以上の方が多いかと思いますが、あのふたりも共にいい具合に歳を重ねてきているんだけど、しっかりスターのオーラはキープしたまんまでスクリーン映えするし、衣装もコロコロ変わって、その度に僕たちのあこがれを更新してくれつつ、それでも年齢相応の「枯れ感」をうまく出して、僕たち観客にも同様にありそうな「やらかし」を見せて笑わせてくれもします。
 
若い時には大恋愛をしたふたりが、それを若気の至りと捉え、もめにもめて別れてしまったけれど、ひとり娘のリリーについては、ともに大好きで、基本は母親のところにいるんだけど、父親も頻繁に会っては目をかけながら、そして両親ともに愛するがゆえに娘に面倒なプレッシャーをかけながら、リリーもそれに応えて、しっかりロースクール卒業というところまでやって来た。やがては弁護士か裁判官かと、順風満帆。父は堅実に出世を重ね、母もアート関係でステキなキャリアを築いてきた。金には困ってない。娘も手を離れたってことで、少しさびしくなるだけ。これからもバリバリ働くかんね! ふたりして空港で娘を見送ったら、See you again! NEVER!!と威勢よく別れたと思ったら、バリの娘から「結婚します」って、それどゆこと?

© 2022 Universal Studios. All Rights Reserved.
観光映画の準備が整って、いざテイクオフと思ったら、今度は飛行機の席がすぐ近く。そして、まさかのパイロットが妻ジュリア・ロバーツの今カレで、飛び立つ前からチュッチュチュッチュと熱々なんです。こりゃ、また波乱含みだと思ったら、しっかり乱気流に巻き込まれたりしてってな感じで、お約束の笑いを約束通りじゃんじゃん盛り込みながらも、話はとんとんテンポ良く進んでいく演出は、さすがは『マンマ・ミーア ヒアウィーゴー』の監督オル・パーカーだよなと感心します。
 
懐かしいテイストというか、ロマンティック・コメディというジャンルの定石を外すことなくアップデートしていく感じもちょうどいいんですよね。この手の映画だと、旅の恥はかき捨てとばかりに、今作だとバリ島にあたるような異文化の土地でのカルチャーギャップにまつわるエトセトラもあるんですが、そのあたりもちゃんとリスペクトをそれなりに込めていて、今のポリコレにかなっていて見やすいです。何より、リリーのバリボーイへの惚れっぷりが気持ちがいいくらいだし、あの青年もとことん良い奴で知的なもんだから、元夫婦ふたりの大人気ない言動の数々に、あちゃ〜と僕らもなっちゃうくらい。みんなで飲みにくりだして、飲み会で酒をじゃんじゃん飲んじゃうビアポンっていうゲームに興じながら、青春時代のダンスナンバーで今どきじゃないステップを踏むところも楽しくてしょうがないです。

© 2022 Universal Studios. All Rights Reserved.
結果として、元夫婦は考えるわけですよね。自分たちの人生はなんだったのかと。自分たちが過ちとしてなかったことにしてきた結婚。でも、その唯一と言っていい結果としての娘は愛してきたし、自分たちのコントロールがきかなくなった娘の愛を見せつけられて、自分たちの想い合っていた頃を思い出す。そこでふたりが別れた本当の理由が明かされるという語りの順序もうまい。とにかく、唸ってしまうショットは特にないのだけれど、笑いもしんみりも考えさせられる程度も、すべてがちょうどいいんです。CIAO 765リスナーにもしっかり寄り添う映画。ジョージ・クルーニーも、ジュリア・ロバーツも、あんたらやっぱりスターだぜ。憧れだぜって思いながら、僕は劇場を後にして木曜日、とりあえずビールを飲みに行きました。
 
サントラから1曲。あ、そうそう、エンドクレジットでのNG集も観てちょうだい。


さ〜て、次回2022年11月22日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『窓辺にて』です。今泉力哉監督が稲垣吾郎を迎えたオリジナルのヒューマンドラマですが、かなり評判いいですね。決して褒められたことをする人ばかりが登場するわけではないけれど、誰をも否定しない視線がいい、なんてことを聞き及んでいますが、細部にまで丁寧な演出を施す今泉監督の最新の仕事をしっかりチェックしてきます。あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!

映画『天間荘の三姉妹』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 11月8日放送分
映画『天間荘の三姉妹』短評のDJ'sカット版です。

天界と地上の間にある街、三ツ瀬という場所が舞台です。老舗旅館「天間荘」を切り盛りする若女将の天間のぞみ。妹のかなえは、近くの水族館でイルカのトレーナーとして働いています。大女将の母恵子は、家を出た夫を恨み続けています。そんな女性たちのもとに、ある日、小川たまえという若い女性が客としてやって来ます。なんと、のぞみとかなえの腹違いの妹だというんですね。地上では天涯孤独の実だったたまえは、交通事故で臨死状態に陥りました。彼女は天界へ旅立つのか、それとも現世に戻るのか、やがて決断を迫られることになります。

天間荘の三姉妹 スカイハイ 1 (ヤングジャンプコミックスDIGITAL)

漫画家、髙橋ツトムの代表作である『スカイハイ』のスピンオフ作品を実写映画化したもので、監督は北村龍平。脚本は嶋田うれ葉。三姉妹を演じるのは、長女から大島優子門脇麦、そして主役ののん。母親を寺島しのぶ。この4人を中心に、街の人、宿泊客などとして、高良健吾柳葉敏郎中村雅俊三田佳子永瀬正敏、それから柴咲コウなどが出演しています。
 
僕は先週金曜日の朝に、MOVIX京都で鑑賞しました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

原作漫画を読んでいた人や、ドラマ版の『スカイハイ』を観ていた人なら、すんなり入っていける設定なのかも知れませんが、僕みたいな予備知識ゼロの人間が面食らうし、同時にユニークだなと思ったのは、いわゆる死後の世界である三ツ瀬を、特に強調することなく、あくまで現実の日本の田舎町としてそのまんまロケしていることです。僕らの見慣れた景色となんら変わりはない。美しい海を見下ろす立派な老舗旅館ですよ天間荘は。冒頭から、ワンカット風(実際にはヒッチコックが『ロープ』でやったように、人物の背中にカメラが寄った瞬間にショットを切り替えている)のシーンで旅館の中をカメラが動き回ります。メインとなる人物紹介とそれぞれの関係性をサクサク提示してしまうのと同時に、「三ツ瀬は現実とまるで一緒なんです」ということを強調する意味合いもあったのでしょう。ただ、女将のぞみと次女のかなえが玄関で待ち受ける、腹違いの妹、のん演じるたまえが乗るタクシーだけは様子が変です。運転手はマスクにサングラス。助手席の女は黒で固めて浮世離れした雰囲気。車内では、謎の女がたまえに状況を説明します。あなたは現世で交通事故に遭い、現在臨死状態にある。生きるか死ぬかは、今向かっている旅館に滞在している間に落ち着いて考えなさい、とこうなるわけです。そりゃ、たまえも驚くし、ピンときていません。だって、見えている景色は現実そのものなのだから。旅館に着くと、腹違いの自分の姉ふたりに自己紹介されて、これまた面食らいます。だって、現世では会ったこともなかったし、これは明示されていなかったと思いますが、おそらくは存在すら知らなかった姉たちにいきなり出迎えられるわけですから。

(C)2022 髙橋ツトム/集英社/天間荘製作委員会
かくして、現実とまんま同じなんだけど、実は現実ではない世界での暮らしが始まります。この描写の仕方が本作の演出面での最大の特徴です。もちろん、ずっとそのまんまというわけではなく、それをベースにキタムラ監督はバリエーションをつけていきます。美しいなと思ったのは、たとえば、高良健吾演じる魚屋さんが水揚げされた魚をさばいている場面。お父さんが柳葉敏郎で、ふたりは寡黙に作業を続けるんだけれど、パッとショットが切り替わると、柳葉敏郎の姿がない。なぜなら、彼は現実の世界をまだ生きているから。逆に、現実の世界では、柳葉敏郎は亡くなった息子の遺影の前に、さばいた刺し身を置いている描写が入る。これ、どちらも特にCGや撮り方を変えていないがゆえに、ふたりのいる世界の違いが際立つ名場面です。

(C)2022 髙橋ツトム/集英社/天間荘製作委員会
ただ、ここで僕はわからなくもなりました。あれ? 息子の遺影があったけど、高良健吾演じる彼は、もう死んでるの? 三ツ瀬の人たちは完全に亡くなっちゃってるわけ? 前提となる設定への疑問が湧いたあたりから、僕はかなり混乱しました。しかも、そこからは、やれ走馬灯だなんだと、使わないのが良いなと思っていたCGがわんさか出てくるようになり、ますますファンタジーとしての設定がわかりづらくなります。
 
この映画、大衆的な感動大作ということをずいぶん意識した売り出しになっていて、別にそれはそれでいいんですが、僕が問題だと思うのは、作り手も間口を広げるためなのかなんなのか、せっかくのファンタジーだというのに、観客に想像する余地を与える隙間なく、最初から最後までとにかくみんながみんなよく喋るのです。心の動きは絶えず言葉で説明され、ちょくちょく言葉は感情に任せて大声となり、劇伴もそのセリフを補強することのみを目的に流されます。せっかく名撮影監督柳島克己さんを迎えているのに、そして名優たちをたくさん迎えているのに、あんなに喋らせなくても、映像と俳優の動きでもっと表現できるはずなんですけどね。そんな中で異彩を放っていたのは、比較的寡黙なキャラ設定だった柳葉敏郎さんと、原作漫画の段階から「当て書き」されていたというのんの存在です。特にのんが演じたたまえの天真爛漫さはのんでなければ演じきれないでしょう。のんだからこそ、現実と三ツ瀬を橋渡しできるというのは説得力がありました。

(C)2022 髙橋ツトム/集英社/天間荘製作委員会
設定が突飛なだけに、それを実写映画としてあえて現実的に描くという演出のしかけが当初こそあったものの、途中からそれがなんだかよくわからなくなり、大勢がそれぞれの事情を喋れば喋るほど、ディテールはわかっても、肝心の生き死にの決断の理由についてはなぜかよくわからず、さらに三ツ瀬全体の謎が明らかになるくだりも感動的なのに、なぜそうなっているのかはわからず、とにかく説明されればされるほどモヤモヤわからなくなってしまったのが残念でした。話としては『リメンバー・ミー』に通じるメッセージだし、死後の魂の物語としては是枝裕和『ワンダフル・ライフ』に通じる映画のはずなんですが、僕は振り落とされてしまった格好です。
とはいえ、役者はそれぞれ奮闘していたし、さっき触れたように見どころもあったし、主題歌もすばらしかった。

さ〜て、次回2022年11月15日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『チケット・トゥ・パラダイス』です。待ってました、このご両人。ジョージ・クルーニージュリア・ロバーツが元夫婦役ですよ! しかも、自分の子どもの結婚に納得いってなくて、仲違いした夫婦がここでは一致団結するって、どう転んでも面白そうじゃないですか。しかも、バリ島が舞台でリゾート気分も味わえるってことで、楽しみ楽しみ。あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!

『MONDAYS/このタイムループ、上司に気づかせないと終わらない』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 11月1日放送分

とある中堅広告代理店の月曜の朝。大事なプレゼン資料作成で会社に泊まり込んでいた、小さな部署の社員たち。部長が出勤してきます。「モーニン! 会社に泊まったの? 若いね〜」なんて言ってます。プレゼンに行かないと。慌てる主人公の女性に、後輩2人が報告します。「僕たち、同じ一週間を繰り返しています」。にわかには信じられないことなんでスルーするのですが、月曜日がやって来るたびに、確かにループしているのかもしれないと主人公も思いはじめて…

 

この映画作りの中心人物はふたり。You Tube短編映画『ハロー!ブランニューワールド』が国内外で5000万回以上再生され、去年の青春映画『14歳の栞』もSNSで話題となってロングヒットした竹林亮監督。同じく『ハロー!ブランニューワールド』で共同脚本を務めた作家・脚本家、ライターの夏生(なつお)さえり。このふたりが組んだストーリーチームTAKE Cの作品という位置づけなんですね。主人公の吉川を円井(まるい)わん、部長をマキタスポーツがそれぞれ演じています。
 
僕は先週金曜日の朝に、TOHOシネマズ二条で鑑賞しました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

ブルーマンデー症候群という考えがありますね。これは1月の第3月曜日を1年で最も憂鬱な日とするもので、とあるイギリス人が打ち出したもの。決して科学的なものではありませんが、それが独り歩きして、なんなら毎週月曜は憂鬱です、となり、日本だとそれがさらに進んで、日曜の夕方、サザエさんの時間から憂鬱です、という、サザエさん症候群なるワードが登場して久しいわけです。この映画は、そんな日本に顕著なマインドセットを利用したタイムループものであり、風刺をきかせたコメディーでもあります。
 
同じ時間を繰り返すタイムループものっていうのは、その原因をどう見せるか、キャラクターがどう自覚するか、そしてどう打破するのかというのが脚本家の腕の見せ所でもあり、矛盾を生じさせないように描くには綿密な計算が必要なことから技術的にも難しいものでしょう。そのうえで、僕が興味深かったのは、繰り返されるのが1週間であるというその単位と、ループ現象に気づいていくキャラクターの順番です。

(C) CHOCOLATE Inc.
朝起きたら、また同じ日になっていたという設定にも、もちろん辛いものがありますが、月曜日に会社で目を覚ましたら、また同じ1週間を繰り返すことになるというのは、社畜なんていうワードが飛び交うほどワーク・ライフ・バランスがうまく取れない日本の労働者にとって、かなりキツイですよね。比較的低予算という作品の台所事情もあっただろうし、登場人物と撮影場所をひとつのオフィスにほぼ限定してしまうのなら、これがベストに効果的という時間の単位でした。なおかつ、お湯をかけたら炭酸の味噌汁になるという珍奇なタブレットを売り出すCMのキャッチコピーを提案しなけりゃいけないという、なかなかに愛着を持ちづらい案件の締め切りまでの1週間です。最悪ですよ。地獄ですよ。土日の休みもそっちのけで取り組んで、やった〜! できた〜!と思ったら、また同じことを繰り返すわけですから。
 
そして、ループを自覚する順番が技ありでした。部長を頂点とするあの小さな部署の若手社員から順番に気づいていくんですよね。主人公の女性、吉川も最初は気づいていなかったところに、若手の男性2人から教えられてもすぐには信じられないまま何周かループしてようやく、きみたちの言っていることはどうやら本当だとなるわけです。この時点でまた面白いのが、若手ふたりは既にこのループをしっかり分析していて、タイムループものにありがちな原因の特定を済ませていること。これがしっかり、このジャンルへのメタ的な批評になっているんですよね。彼らは原因は部長にあると考えている。それを知った吉川は、じゃあすぐに部長に直訴すればいいじゃんとなるわけですが、実行に移してあっさり失敗します。なぜか。日本の組織の特性上、部下の要求や提案を通すには、ひとつ上の上司から、そのまたひとつ上の上司へと、それぞれに許可を得ていかないとボスにまで訴えが届かないことを実感する瞬間です。おいおい、この調子だとあと何回1週間をやらないといけないんだと、さらなる地獄がその口を開けます。ワンランクごとに仲間は増えるけれど、文字通りのラスボスを攻略するのは大変という企業戦士RPGみたいになるわけです。

(C) CHOCOLATE Inc.
サブタイトルにある通り、物語はラスボスたる部長に向けて、巡り巡りながらも突き進んでいくわけですが、たった82分という尺の中に、ゲームのたとえを続けるなら裏面、SIDE-Bが用意されているから、さあ大変です。そのあたりのからくりは劇場で確認いただくとして、これが風刺の効いたブラック・コメディとして機能する理由は、多かれ少なかれ、僕たちひとりひとりだって、判で押したような1週間を過ごした経験をくすぐられたり、組織の歯がゆさや理不尽さ、個人としての力の無さを思い出させられるシニカルな展開やセリフが不意に訪れるように構成されているからです。笑えないけど笑ってしまうというブラック・コメディの特徴を備えています。

(C) CHOCOLATE Inc.
一方で、気になるところもあります。特に後半の部長の秘密が唐突であること。全体の着地がそれでいいのかという曖昧なもので、それまでのシニカルな視点が突き抜けることなく萎えてしまっているから、どうしても鑑賞後のインパクトが弱くなっていること。
 
それでも、TAKE-Cの竹林・夏生コンビのポテンシャルは十分に感じられる1本です。今後、もっと予算もついてくるんじゃないですかね。そこでこのふたりがどんなことをしてくれるのか楽しみになってきたことも収穫となった1本でした。と、はい、ここで9年間毎週続けている映画短評のループがまたひとつ、ぐるりと巡ったことをご報告します。
 
女性たちのラップグループlyrical school。曲の歌詞が物語にリンクする部分もある主題歌です。

さ〜て、次回2022年11月8日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『天間荘の三姉妹』です。映画館で予告を観ていると、誰の目にも明らかなほどにCGが多用された映像が気になっていたんです。大丈夫かしらって。でも、ここんところ死生観について考えさせる作品を何本か扱ったところに、もう1本来たって感じ。あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!

『アイ・アムまきもと』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 10月25日放送分
映画『アイ・アムまきもと』短評のDJ'sカット版です。

田舎町の市役所市民福祉課で勤務する40代の独身公務員、牧本。彼が担当するのは「おみおくり係」。身寄りがないまま孤独死した人を無縁墓地に埋葬するのが仕事なのですが、まったく空気を読まず、人の話をまったく聞かないコミュニケーション下手の彼はそこに勝手に独自のルールを持ち込んでいます。それは、自腹で葬儀を行い、できる限り遺族を探して無縁仏にならないように努めること。ある日、自宅のすぐ向かいで孤独死した男性の「おみおくり」をするところから、まきもとの暮らしと価値観に、小さくはあっても決定的な変化が訪れるようになります。

おみおくりの作法(字幕版)

原作となる映画は、ヴェネツィア映画祭で4つの賞を獲得した、2013年、イタリアとイギリス合作、ウベルト・パゾリーニ監督の『おみおくりの作法』(Still Life)です。ロンドンを舞台にしたこの原作映画を日本を舞台に脚色した監督は水田伸生。脚本は、岸田國士戯曲賞受賞の劇作家、倉持裕(ゆたか)。牧本を演じたのは、『舞妓 Haaaan!!!』『謝罪の王様』など、これで水田監督と4度目のタッグとなる阿部サダヲ。他に、満島ひかり國村隼宮沢りえ、宇崎竜童、松下洸平、でんでん、松尾スズキなど、豪華キャストが揃いました。
 
僕は先週金曜日の朝に、MOVIX京都で鑑賞しました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

人は誰もが必ずいつか死ぬ。人生いろいろなら、死に方もいろいろです。誰かに看取られる人もいれば、ひっそりと死んでいく人もいて、特に自宅でという場合にはそれは孤独死と呼ばれるわけですね。どんな暮らしをしていようと、「死ねばひとりなのだ」という意味で死は究極の孤独であると言えなくもないでしょうが、これが社会問題化してきたのは、発見が遅れがちであるという意味で、広い意味で死の後始末がなかなかに大変であるということや、高度経済成長、都市化、核家族化の行き着く先としての現代人の孤独を象徴する現象だと見られているからではないでしょうか。
 
身寄りのない人、あるいは家族や親戚はいても縁の途絶えている人が亡くなると、対応するのは役所です。公務員が遺体を引き取り、死亡届、火葬など、たくさんの作業を代行することになるわけです。『川っぺりムコリッタ』にも、役所に遺骨が安置されていることを示す場面がありましたね。この映画の主人公牧本は、自分の仕事にやりがいと誇りを感じている節がありまして、これは業務の範囲を越えることなのだけれど、火葬に立ち会うだけでなく、葬式まで執り行う。しかも、なんとまあ、自費で。なぜにそこまでご執心なのか。そのきっかけはどこにあったのか。映画の中ではっきりとは示されません。興味深いことに、亡くなった人の生前の様子を丹念に調べる牧本は描かれるのに、牧本の過去というのはまったく出てこない。つまりは、ある意味ドーナッツの穴のように、この映画の真ん中には牧本という空白があるんです。わかっているのは、彼が市営団地にひとりで暮らしていて、趣味といえる趣味もなく、質素というレベルを越えて極度に合理化されたミニマリストの極みという生活様式を採用していること。家の中でも仕事着だし、服は同じものをいくつも揃えているし、料理はフライパンで温めるだけのできあいのおかずと白米を、なんと台所で立ったまま、皿に盛り付けることもせず口にしている。自分のルールを確立しきっていて、家の中でも外でもすべてにルーティーンが事細かにある。余計なことを考えたくないがための、こだわらないためのこだわりみたいなもので塗り固めてあって、「人間らしい」とは言いがたい感じ。そんな彼が、唯一と言っていいほど、ある種、人間らしく情熱を注ぐのが、見知らぬ誰かの弔いです。

(C)2022 映画『アイ・アム まきもと』製作委員会
彼は亡くなった人の生前の行いを探る探偵ですよ。遺留品に目を通し、身寄りがないか調べては警察でも見落とすような人間関係を洗い出し、可能なら会って話をし、葬儀に参列してほしいと頼み、その願い叶わずとも、自分ひとりでも手を合わせる。本作では、何人かのケースをテキパキと見せてこの仕事と牧本の特徴、あるいは異常性を見せた後に、ある理由からこれが最後の事案となるかもしれない蕪木という60代男性のケースを、その行程の最初から最後までをみっちり描くという構成。まきもとが蕪木の過去を辿っていく中で、その人物像を立体的に浮かび上がらせながら、まきもとの人生観や価値観が少しずつ、でも確実に変化していく、人間らしくなっていくところに僕たちは立ち会います。見るからに生き生きしてくるんですよね。
 
牧本は蕪木の家族や仕事仲間などにひとりひとり会って話を聞く。すると、回想シーンなんてないのに、蕪木の人柄や浮かび上がっていく。と同時に、牧本の生き様も浮かび上がる構成は、脚本を手がけた倉持裕のあっぱれな仕事です。水田監督の演出はカットひとつひとつに説明がつくような滑らかで手堅いもので、俳優の演技も基本的に抑制させることで観客が登場人物の感情を想像する余地を与えています。それだけに、たとえば漁村の食堂での場面など、セリフの多いシーンで何度か見られた俳優の動かし方の不自然さが際立つこともありましたが、全体的にロンドンが舞台の原作映画をうまく日本にローカライズした佳作です。太古の昔から、弔うという行為にはその民族その文化の特徴が強く反映されてきたわけで、原作と比較しても面白いと思うのでオススメします。

(C)2022 映画『アイ・アム まきもと』製作委員会
原題はStill Life。これは死後の世界みたいなスピリチャルなことではなくて、人は死んでも誰かに思い出される限りは、その誰かの心の中でそれぞれに生き続けるのだということ。だからこそ、それがどんな人であったとしても、簡単に忘れられてはならないのだという普遍的な思いを新たにしてくれます。そして、僕たちも、映画館を出た後も、He was MAKIMOTOと彼のことを思い出すような余韻がとても良いなと感じました。
映画では、劇中で一言もセリフを発しなかった宇崎竜童さんの歌でこの曲Over The Rainbowが流れます。こちらはPentatonixのバージョンですが、とてもユニークなアプローチの宇崎さんバージョンはどうぞ映画館で聞いてみてください。

さ〜て、次回2022年11月1日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『MONDAYS/このタイムループ、上司に気づかせないと終わらない』です。タイトルが長い。実際、ここに書き出す時に2回、書き損じました。早速、僕もループにハマってしまった格好ですが、タイムループものは過去に多彩な作品が数あるだけに、こちらはどんな手法で魅せてくれるのか。期待しています。あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!

『ソングバード』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 10月18日放送分
映画『ソングバード』短評のDJ'sカット版です。

2024年、もしCOVID-19の後に立て続けにさらに強烈な感染症が蔓延していたとしたら。世界各地の大都市でロックダウンが長引いている中、4年間もロックダウンが続いているLAが舞台です。はっきり免疫がある少数派のみが自由に出歩くことができ、そうでない人は外出禁止。さらに、もし感染すれば、その高い致死率のせいでQゾーンという施設に徹底隔離されてしまいます。免疫のある青年ニコは運び屋として働きながら、免疫のないとされる恋人サラと直接は会えないながらも愛を育んでいました。そんな中、サラの感染が疑われる事態になり、彼はなんとかサラを救い出せないかと動くのですが…
 
プロデュースは、ハリウッドの破壊王マイケル・ベイ。監督と共同脚本はアダム・メイソンが務め、2020年、実際にロックダウンされていたLAで撮影が行われました。ニコを演じるのは、『僕のワンダフル・ライフ』のKJ・アパ。サラには、今年歌手デビューも果たしたソフィア・カーソンが扮します。他に、ブラッドリー・ウィットフォードピーター・ストーメアデミ・ムーアなどが出演しています。
 
僕は先週金曜日の朝に、TOHOシネマズ二条で鑑賞しました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

まず思い出しておきたいのは、日本で最初の緊急事態宣言が出た頃のことです。ステイホームが叫ばれて、繁華街からも人の姿がほとんど消え、映画館も閉まってしまいました。そんな極めて特殊な状況の中で、それでも映画を作ることをやめたくないと、特殊な状況を反映させてしまおうじゃないかと動いたのが、行定勲さんや上田慎一郎さん、そして神戸の元町映画館関係者の皆さんなどでした。直接会うのが難しいのなら、撮影もリモートでやってしまおうという機敏さ、柔軟性はすばらしいものでした。そんな時期に、日本よりも厳しいロックダウンの中、制限だらけだってのに、テキパキ脚本を作ってロケをして、なおかつアクションシーンまで盛り込んじゃうプロデューサーのマイケル・ベイには、唖然としながら称賛してしまいますね。監督と共同脚本を務めたアダム・メイソンは2020年の3月からプロットを考え出して、夏には撮影されたといいますから、まずはその勇気と行動力を評価したいものです。

(C)2020 INVISIBLE LARK HOLDCO, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.
先ほどのあらすじでは、ニコとサラのロミオとジュリエットのような恋愛劇に的を絞りましたが、実は群像劇でもあります。サラのスペイン系の母親。まだ日の目を見ない女性シンガーソングライター。彼女のファンで、アフガニスタンから負傷して帰還した引きこもりの元軍人。ニコが務める配達業者のボス。市の衛生局長。さらにはレコード会社の重役とその家族。こうした面々が、ロックダウン下で、それぞれ自分の思惑で動いていく様子が、並行して描写されながらしだいに物語として絡み合っていく構成は、現実問題として大人数でひとところで撮影できないという条件をむしろ味方につけるようなアイデアで、サスペンスも生まれるし、パンデミックにおける暮らしのバリエーションも見せられるし、うまいなと感じました。ニコが普段配達に使っている自転車に加えて、途中からバイクが登場するのも、物語のスピード、ドライブ感とシンクロしていて良かったし、元軍人で今は社会に嫌気が差していてロックダウン前から引きこもっていた「ステイホームのプロ」たる彼が何度か自分のドローンを本気で操作するくだりはきっちり見せ場になってしたし、引きこもっていた彼こそ、実は街の状況を誰よりも知っているというような設定も面白いです。そんなパラドキシカルな設定の妙をもうひとつ挙げるなら、免疫のあるニコのような一部少数派が手首にフリーパスのブレスレットを付けて自由に街を動き回れるのだけれど、彼らは自分が感染せずともウィルスの運び屋にもなるかもしれないから結局人には会えず、ゴーストタウン化した街でむしろ強烈な孤独を味わっているという点です。

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ただ、短期間で練り上げた脚本であるということを承知の上で、首を傾げてしまう点も大なり小なり散見されました。これは現実にとても似通ったSFなので設定は自由だとはいえ、免疫を持っている人とそうでない人の検査体制の仕組みがよくわからんとか、あの状況が長く続いて食事や仕事はどうなっているのかという描写がサクッとすっ飛ばされているとか、悪役に相当するキャラクターの悪事の手段はまあわかるけれど動機がよくわからんとか、ピンチに陥った時に他の誰かがすんでのところで助けるってのはお約束として良いんだけれど、ひとりあいつは誰なんだってやつがこれまたよくわからんとか、とか、とか、とか。

(C)2020 INVISIBLE LARK HOLDCO, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.
それでも、ピュアなラブストーリーを軸に、よく批判的に描かれるSNSやネット社会での人間関係にも温もりはあるのだという視点を盛り込み、社会的な弱者は守られるべきだろうという作り手のまっとうな姿勢が内包されていて、僕はそれなりに楽しみつつそれなりにジンと来たし、何よりあんな状況でよく撮ったなという気概も込みであまりくさしたくないです。そして、色鉛筆の新しい使い方も学ぶことができました。日本では2年も遅れてしまいましたが、それでも公開されて良かったなと思えるパンデミック下のパンデミックスリラーとして一見の価値ある作品です。

さ〜て、次回2022年10月25日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『アイ・アムまきもと』です。僕は映画館で何度か予告を観ていて、阿部サダヲさんがまたぶっ飛んだ人を演じているのか、ぐらいにぼんやり思っていました。ところが、実は原作にしているのがイギリス・イタリア合作映画『おみおくりの作法』と聞いてびっくり! あのすばらしい作品を日本に置き換えてあるのか! 俄然楽しみになってきております。あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!

おみおくりの作法(字幕版)