京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『HOKUSAI』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 6月15日放送分
『HOKUSAI』短評のDJ'sカット版です。

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江戸後期の浮世絵師、葛飾北斎の伝記映画ということになりますが、若き日の資料は特に少ないこともあり、今もなお謎の多き生涯です。企画・脚本・出演と大活躍だった河原れんが徹底的に資料にあたった上でイマジネーションを膨らませ、浮世絵師として身を立てるまでと、老いてなお精力的に描き続けた晩年に的を絞って描いています。

探偵はBARにいる

監督は、『相棒』や『探偵はBARにいる』の橋本一(はじめ)。若き日の北斎柳楽優弥、老年期を田中泯が演じるほか、浮世絵の版元である蔦屋重三郎阿部寛、戯作者柳亭種彦(りゅうてい・たねひこ)に永山瑛太喜多川歌麿玉木宏がそれぞれ扮しています。
 
僕は先週木曜日の午後、TOHOシネマズ二条で鑑賞しました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

無知を露呈するようですが、北斎の作品ならまだある程度は知っていても、その人生や、他の絵師・戯作者たちとの前後関係やどう交差していたのかという美術史・文化史的な位置づけについてはまったくできていなかった僕です。ぼんやりとしか知らなかったことだらけということで、冒頭から興味津々の状態で最後まで目を見張っての鑑賞でした。
 
脚本の河原れんさんのインタビューを読むと、5年ほど前から執筆に取り掛かり、プロットは30回、脚本は13回の改稿を重ねたそうです。しかも、形がまとまってきたと感じられたのは、8稿以降と言いますから、いかに北斎という男をまとめるのが難しいか、よくわかりますね。浮世絵師としてデビューするまでの前半では、歌麿写楽といった先輩やライバルが登場することで、なるほど、こういう前後関係や同時代性があるのかとわかりますが、絵師たちが火花を散らす対決ものとして全体を構成するアイデアもあったようです。紆余曲折を経て、人生を四季になぞらえた4部構成で、前半2部を柳楽優弥、後半を田中泯に演じてもらい、大胆にも、一般的に働き盛りと言える時代を数十年、すっ飛ばしています。
 
もともと作品の数は多いし、引っ越し魔で足跡については謎が多いしで、想像力の翼を広げないと埋められない部分が多い人物です。だったらもう、ある程度わかっている部分を基礎にして、せっかくなら観客にも想像を巡らせてもらおうということではないですかね。好感が持てました。貫いているテーマは、「表現の自由」です。

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©︎2020 HOKUSAI MOVIE
まだ北斎と名乗る前、彼は絵こそうまいが、頭でっかちで人の意見になかなか耳を貸さない、生意気で半人前な青二才でした。まだ、これといって人をうならせる作品は描けていません。ただ、光るものがあると目をかけるようになるのが、今でいう名プロデューサーと呼ぶべき男、版元の蔦屋重三郎です。なぜ絵を描くのか、そこに求められるものは何か、そして自分にしか出せない特徴は何か、蔦屋との一連のやり取りの中で、彼は辛酸を嘗め、嫉妬し、努力し、迷いに迷い、ついにある到達点にたどり着く。その上で、なぜ北斎と名乗ったのかも明かします。あれだけの人であっても、自由な表現が自分の中からだけ生まれるものではないんですね。なおかつ、時の幕府が風俗を乱すとして蔦屋をめちゃくちゃに荒らす公権力の圧力ってのが、冒頭で楔のように打ち込まれていますから、表現の自由、そして独自の表現の模索がどう変遷していくのかっていう一本の大黒柱的テーマが全体を貫いていて、とても見やすいです。だけれど、押し付けがましくない。なおかつ、むやみにぐずぐず情緒に傾かず、映画としてはスッキリしている。道具立てやセット、照明、カメラワークは、いつも丁寧、繊細でありながら、再現ドラマに陥らないように、どこかに大胆な映画的仕掛けを盛り込んでいて、意気込みを感じます。

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©︎2020 HOKUSAI MOVIE
その状態で迎える田中泯の演じる北斎は、迫力抜群。彼の髪の毛一本まで含めた全身の表現は圧巻です。そして、柳楽優弥から引き継いだ目ヂカラ、眼力! その鋭さ、観察眼を映像的に見せるための工夫もあったし、表現者としての覚悟と人生をかけた飽くなき探究心がますます高みへと達する、北斎90歳の最晩年まで、かなり高いレベルで映画化できていると思います。
 
少なくとも門外漢の僕はいよいよ興味を高められたし、入門として今後もまずはこれをご覧なさいという1本になっているんじゃないですかね。2024年度からは、新1000円札に富嶽三十六景神奈川沖浪裏が採用されますよ。これからまた注目を浴びるだろう北斎の魅力に、映画館で今触れてみてください。 

日本のシングル集 (日本独自企画盤) (特典なし) ジャポニスム・クラシック-西洋作曲家が描いた日本-

放送では、短評に入る前に、ボブ・ディランのKnockin' on My Heaven's Doorをオンエアしました。コロナ禍の入り口、結局来日はなりませんでしたが、来日記念盤としてリリースされた日本独自のシングル・ベスト、ジャケットは、本人の希望によって、北斎の作品をモチーフにしたものに変更された経緯があったんです。

 

そして、短評後には、ドビュッシーを。きっかけは、キング・レコードが編んでいた『ジャポニスム・クラシック-西洋作曲家が描いた日本-』というCDの存在を知ったから。以下、公式サイトから引用しておきます。

浮世絵などの日本美術が“ジャポニスム”として西洋美術に大きな影響を与えたように、
西洋音楽家も日本からインスパイアされて作品をうみだしました。
その響き、その美しさと新鮮さはもうひとつのジャポニスムクラシック音楽の新しい魅力に触れてください!

北斎の「冨嶽三十六景」に影響され作曲したドビュッシーラヴェル
『月の光』などの作曲で知られる、ドビュッシー(1862-1918)は、フランスの作曲家。
中でも、交響曲「海」は葛飾北斎の「冨嶽三十六景・神奈川沖浪裏」に影響を受けて作曲されたと言われています。
譜面の初版表紙に、「冨嶽三十六景・神奈川沖浪裏」が使用されており、また自室にも同じ北斎の絵が飾られていました。 
また、同じくラヴェル(1875-1937)も冨嶽三十六景・神奈川沖浪裏」に影響を受けてピアノ曲『洋上の小舟』を作曲しました。
ドビュッシーが、その大波に注目し作曲したのと対照的にラヴェルは、
心もとなく揺れる3艘の舟とそれに乗る人々の様子に触発され作曲を行いました。

 

さ〜て、次回、2021年6月22日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『カムバック・トゥ・ハリウッド』となりました。やった〜〜! 観たかったやつ! 70年代のハリウッドを舞台に交錯して迷走する映画人3人の思惑。確かリメイクなんですよね。オリジナルも気になるな。あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!

映画『461個のおべんとう』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 6月8日放送分
『461個のおべんとう』短評のDJ'sカット版です。

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ミュージシャンの鈴本一樹は、妻とひとり息子の虹輝と、3人で海の見える小高い丘の住宅街に一軒家を買って暮らしてきました。ただ、夫婦は少しずつすれ違ってしまい、虹輝が高校受験というタイミングで、ふたりは離婚。虹輝は受験に失敗し、1年浪人した後に志望校へ入学することに。男ふたり暮らしとなっていた父と虹輝は、高校3年間、毎日父の手作り弁当を持って、休まず通学するという、約束をしたのですが…

461個の弁当は、親父と息子の男の約束。 (マガジンハウス文庫 わ 3-1)

原作は、TOKYO No. 1 SOUL SETの渡辺俊美による同名エッセイ。監督と共同脚本は、『キセキ -あの日のソビト-』や『水上のフライト』の兼重淳。父一樹と息子虹輝に扮したのは、V6井ノ原快彦(よしひこ)と、なにわ男子の道枝駿佑(みちえだしゅんすけ)。虹輝のクラスメート役として、森七菜、若林時英(じえい)、妻として映美くらら、他にも坂井真紀や倍賞千恵子などが出演する他、一樹のバンドメンバーとして、KREVAやついいちろうも演技と演奏を披露しています。
 
昨年11月6日に公開されたこの作品、僕はアマゾンプライムのレンタルで先週金曜日に鑑賞しました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。


このお話、ち〜とばかし特殊な家庭事情ってのをまず観客に植え付けておかないと、肝心のお弁当ルーティーンに入れないわけです。一樹がミュージシャンとして生計を立てていること。結婚して、息子が生まれて、一軒家を買い、家族がだんだん家族然としていくのに従い、妻も仕事をして社会に出ながら、生活時間帯の違いやら何やらから生まれるすれ違いが増え、夫婦の会話と笑顔がだんだん減って、ついに離婚。そして、息子の虹輝は出ていく母ではなく、父と自分の家を選ぶ。ただ、高校入試に意義を見出だせず、精神的に不安定にもなったのでしょう。高校浪人をするも、やがては決意を新たにして、同級生より1年遅れで入学する。下手すりゃ、ここまでのセットアップで数十分かかりそうなんだけど、ワンカット内で時間をジャンプさせるなど、今作では巧みな編集を駆使して、短い時間でササッとまとめていて感心しました。それこそ、コース料理ではなく、一樹の作るお弁当のように、短時間、低コスト、彩ありの手際の良さでしたよ。

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(C)2020「461個のおべんとう」製作委員会

一方、物語そのものの組み立てには、思うところありです。もとがエッセイ集ということで、2時間の流れの中で一筋の流れが組み立てられていたかというと、その芯が弱いんですね。3年間、父が息子にお弁当を作り続けた記録であり、それ以上でもそれ以下でもない。というようなナレーションが、虹輝の高校入学のタイミングで入るんですが、話しているのは虹輝なんです。だから、僕はその時点で、「なるほど、映画では息子の視点で語り直してみるのか」なんて思ったもんですが、その実、決してそんなことはなくて、父側の視点がメインで進むところもたくさんあるし、もうひとつ、どちらの何を描きたいのかがはっきりしません。
 
いや、おかずが乏しくとも想像力で白ごはんを食べられる自信のある僕があえて汲み取るなら、父と息子の互いの成長です。まぁ、でも、高校の3年間って、身も蓋もないことを言えば、子どもは成長しますよね。内面もそうです。恋もするだろうし、好きなことを見つけたり、親との折り合いをつけたりする。親だって、そんな子どもを見ながら、人生の機微を感じ取っていく。その成長は、どちらもあるっちゃあるんだけど、それは視点が1人称に限定されたエッセイのほうが表現しやすいので、その視点が定まらないこの形式の映画だと、もうひとつ煮え切らないなという印象です。その意味で、僕はもっとお弁当そのものにフォーカスして、一樹の試行錯誤と、虹輝やクラスメートのリアクションをもっと定点観測的にしたほうがカタルシスにつながる劇的なものになったんじゃないかと思います。特に、一樹の葛藤、心理的な変化が出づらい構造がこの物語にはあるので、余計にそう感じます。

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ただ、観ていて面白くないかと言えば、そんなことはありません。一樹のバンドのライブシーンはKREVAのパフォーマンスとやついいちろうの存在感もあって、雰囲気がよく出ていたし、レコーディング風景も楽しいです。お弁当そのものや調理風景はよく撮れていて、どれもおいしそうだし、特に卵焼きは誰もがすぐ食べたくなるでしょう。
 
何より、井ノ原快彦の何をどうしたって隠せない、いい人ぶり、好人物っぷりが全体をふわふわくるんでいるので、彼の人間力がこの作品の大きな魅力になっています。それでも、惜しむらくは、エンディング・パートの回想です。日本映画全体の悪い癖ですが、そんな丁寧に振り返らなくても覚えているから大丈夫って言いたくなるくらいで、少々くどい。一樹と虹輝、それぞれの淡いロマンスの描写は踏み込みすぎず、僕たちの想像力をくすぐる展開が良かっただけに、しっかり見せるところ描写するところとのバランスを脚本レベルで構築すれば、冒頭で虹輝が言うところの、それ以上でもそれ以下でもない、それ以上の映画になっていたはずです。

主題歌は、渡辺俊美さんがやはり手掛けたもの。そうそう、ご本人もカメオ出演されていましたね。音楽関係者という設定でのご登場からの、主人公一樹とのさり気なくも軽妙なやり取りには、にんまりするものがありました。映画では、一樹と虹輝ふたりがジャジーなアレンジでこの曲を一緒に歌っています。

さ〜て、次回、2021年6月15日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『HOKUSAI』となりました。田中泯の演技も、柳楽優弥のんも気になっていたし、いい評判、耳に入っております。何より、僕にとっては知ってるつもりの葛飾北斎、この機会にその生き様をとくと観てきます。久々の映画館だ!
あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!

『佐々木、イン、マイマイン』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 6月1日放送分
『佐々木、イン、マイマイン』短評のDJ'sカット版です。

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役者になる夢をくすぶらせながら20代後半を迎えている悠二は、彼女のユキから別れを告げられながらも、ずるずる同棲を続けている状態です。ある日、バイト先で高校時代の友人である多田と再会。参加しなかった同窓会に、これまた当時の友人佐々木が来ていたことを知ります。佐々木は個性的な男で、クラスのムードメーカー。思えば、役者を志すきっかけをくれたのも佐々木の言葉でした。悠二は、佐々木のことを思い出しながら、再び演劇への熱を高めていくのですが…
 
まだ20代と超若い、King GnuのMVなどを手掛けている監督の内山拓哉に、俳優の細川岳が佐々木のモデルとなった高校時代の友人の話を映画にしないかと持ちかけたことをきっかけにメガホンを取りました。悠二を藤原季節、佐々木を脚本も手掛けた細川岳が演じたほか、萩原みのり、遊屋慎太郎、井口理、鈴木卓爾村上虹郎などが出演しています。
 
昨年11月27日に公開されたこの作品、僕はアマゾンプライムのレンタルで先週金曜日に鑑賞しました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

公開当時、インディーで製作されたこの映画が口コミで話題を呼んでいたことは把握していたんですが、スクリーンで観ることがかなわず、今回こうして配信ではありますが、それでも目の当たりにすることができて、今はすごく嬉しいです。というのも、僕にとっては人生屈指の1本だってくらいに心揺さぶられたからです。脚本の組み立て、物語る段取り、キャラクター造形、美術セット、ロケ地の選定、演技と、どれを取っても、見事なできばえでして、オリジナルの長編劇映画として、とんでもなく高いレベル。登場人物たちと同じく、まだ20代という内山拓哉監督の才能と努力に惚れ惚れするし、撮ってくれてありがとうと感謝を伝えたい。そんな心境になっています。

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(C)映画「佐々木、イン、マイマイン」
第二の思春期とも言える20代後半。彼ら/彼女らは、それぞれに社会には出たものの、それですぐさま芽が出たり、花開いたりするなんて難しくて、歩んでいる道は果たしてこれで間違いないのだろうかと、くすぶり、あがき、悶々としているわけです。特に何かを表現するような仕事の場合、これで間違いないというレールなんてないわけで、余計にもやもやとする。藤原季節演じる悠二は、まさにそんな状況。おまけに、同棲中のガールフレンドからはもう恋人ではないと言われながらも、追い出せずにいて、日々の暮らしはなだらかな下り坂、フェードアウトのような状態。これが、彼の俳優としての状況にも重なるんですね。もう役者なんてやっていてもしょうがないんじゃないか。そんな虚ろな悠二の心模様を変化させるのが、現在の友達と高校時代の友達なんですね。役者仲間は、悠二よりも少しばかり成功していて、一緒に芝居をやろうと言われても、「お前と違って俺には才能ないし、お前に一緒にやるメリットなんてないだろう」とひねくれております。それでも食い下がる友達思いな役者仲間に手渡されたのは、テネシー・ウィリアムズの『ロング・グッドバイ』(放送ではチャンドラーって口走ってしまいましたが、テネシー・ウィリアムズの方が正解。訂正します)。稽古に励む中、思い出されたのは、実は悠二を役者の道に導いた、かつての佐々木の言葉。いわゆる、原点ですね。そっから、現在と過去の行ったり来たりが目まぐるしくなっていきます。

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(C)映画「佐々木、イン、マイマイン」


佐々木! 佐々木! 佐々木! 彼はクラスメートたちの佐々木コールがあれば、女子がいようがなんだろうが、いつでもどこでも全裸になる突飛な男でした。ベタなことを言えば、佐々木は心許した友達に裸でぶつかるんです。盛り上げるし、意見するし、落ち込む時は全力で落ち込む。美術の才能があって、読書家でもあるけれど、自他ともに認めるモテなさっぷり。だからこそ、ホモソーシャルな仲間との交流を何よりも大事にするわけです。決して順風満帆な青春ではないのには、彼の家庭環境も影響しています。父子家庭の一人っ子で、狭く散らかった家に、父はまともに帰ってきません。でも、そんな父を憎んでもいない。経済的な事情もあるし、将来の夢なんてぼんやりとも描ききれずにいます。その分、友達には助言するし、俺の分まで生きろってな雰囲気を醸していたんですね。
 
漠然としたおかしみ。悲しみ。やさしさ。やるせなさ。やる気。プライド。恋心。シンパシーとエンパシー。そんな青春のあれやこれやを抱えながら、10代の思春期からもやっと10年生きてきた仲間たちの人生が交錯して1点に凝縮していくラストの高まりは尋常ではありません。

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(C)映画「佐々木、イン、マイマイン」
佐々木の部屋。自転車に乗ってバカやりながら走った線路沿い。みんなで行った初詣。バッティングセンター。ガールフレンドとの思い出がしみついた部屋。友達の赤ん坊を抱きながらこみ上げた涙。演劇の舞台へ上がる時の緊張感。すべてが絡まり合って、渾然一体となって、悠二を人生の次のステップへと駆り立てていくあの感覚は、絶対に映画にしか出せない味わいです。よく伏線回収が好きっていう人がいるけれど、脚本でパズルを組むような小手先の伏線回収ではなく、視聴覚総出でこれぞ映画という伏線回収で僕の涙腺を刺激するわけです。ひとこと、泣ける。昂ぶって涙が抑えられない。内山拓哉監督の手腕にひれ伏しました。

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(C)映画「佐々木、イン、マイマイン」
できるからやるんじゃないくて、できないからやるんだろ。お前は堂々としてろ。そう言った佐々木の言葉を、僕も大事にしまって生きていこうと思います。
 
リスナーからの感想の中で、確かにそうだと深くうなずいたのが、この記事の一番上に貼り付けたポスターです。鑑賞後にはまったく違った感慨を覚える仕掛け。これは劇場で観た後に、このポスターの前で立ち尽くす体験をしたかった〜
今の評では言及しなかった女性がカラオケでこの歌を歌う。僕もそら、惚れます。プカプカ、ハナレグミのバージョンでどうぞ。

さ〜て、次回、2021年6月8日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『461個のおべんとう』となりました。東京No.1ソウルセット渡辺俊美さんのエッセイが原作です。エッセイをどう物語に組み立てたのか、そして肝心のお弁当のバリエーションは映画にどう反映されるのか。期待しています。あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!

映画『罪の声』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 5月25日放送分
『罪の声』短評のDJ'sカット版です。

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1984年から85年にかけて、日本中を揺るがせた劇場型犯罪、グリコ森永事件。2000年には迷宮入りしてしまうわけですが、この事件を徹底的に取材した作家塩田武士が、そこでえた情報をあくまでモチーフに、ノンフィクションではなく、小説として作品にまとめて発表したのが2016年。高く評価されましたし、僕も読みました。
 
京都市内でテーラーを営む曽根俊也。36歳。2015年のある日、父の遺品を整理したところ、カセットテープが出てきます。再生すると、31年前、あの事件で犯人グループが身代金の受け渡しに使ったとされる脅迫テープと同じ声だったんですね。これは自分の子供の頃の声だ。なぜ。同じ頃、大阪の新聞記者である阿久津英士は、未解決事件のその後を追いかける企画の担当者に選ばれ、取材を重ねていました。ふたりは、そうして出会うべくして出会い、俊也以外にもふたりの子供の声が当時使われたことを丹念に調査していきます。

騙し絵の牙 (角川文庫) 罪の声 (講談社文庫)

最近では『騙し絵の牙』も公開されていますが、人気作家塩田武士の原作を、テーラーの俊也・星野源、新聞記者の阿久津・小栗旬という最高のキャストで映画化という流れになりました。脚本はドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』や映画『図書館戦争』シリーズ、『俺物語!!』で知られる、野木亜紀子。監督はTBSのドラマ演出でならした土井裕泰(のぶひろ)。超最近だと映画『花束みたいな恋をした』も土井監督でした。なんなら、「逃げ恥」にも『カルテット』にも『重版出来!』にも関わってきたヒットメーカーです。
 
ということで、キャストも豪華でした。宇野祥平松重豊古舘寛治橋本じゅん、高田聖子(しょうこ)、市川実日子(みかこ)、火野正平梶芽衣子、宇崎竜童などなど。
 
日本では昨年10月30日に公開されたこの作品、僕はU-NEXTのレンタルで先週金曜日に鑑賞しました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

原作を愛読した僕としては、映画化する上で、いくばくかの期待と大いなる不安がありました。期待が何かと言えば、それはずばり声でした。あの一連の事件については、当時の大々的な報道に加え、テレビの特集番組やノンフィクションの本で繰り返し検証が行われてきたわけですが、塩田武士が新たに小説として描き直すにあたり、これまでにない切り口だったのは、声に着目したことです。塩田氏がまず僕と同世代で、事件当時はまだ小さかったんですよね。僕と同じように関西で育ってらっしゃるので、調べる前に記憶として残っているのは、少年の目と耳で感じた恐怖です。何って、街中に貼られ、ブラウン管やテレビでも日々目にしていた「キツネ目の男」の似顔絵と、僕らと似たような年頃の子供の声が犯行に利用されたこと。そりゃ、駄菓子屋やスーパーでお菓子を買うこともやたら怖がらされたけれど、犯行グループが子どもの声をどういう経緯で使ったのか。怖かったです。ましてや、僕も大津の出身なんで、連日報道される舞台に非常に近く、僕も友達の家のマンションで、エレベーターをひとりホールで待っていたら、似顔絵に似た男性を見かけて、走って逃げ出したこと、今でも鮮明に覚えています。その声を軸にして、当時子どもだった世代の当事者と、新聞記者が、同時進行で事件を追いかける。この設定がもう映画的だし、小説ではかなわない肉声の再生が作品に与えるインパクトは期待できる。

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(C)2020「罪の声」製作委員会
一方、大いなる不安というのは、端的に尺の問題です。塩田氏は元神戸新聞の記者で、その意味では阿久津の側の描写がまず真に迫っているし、ジャーナリストらしく、調べられる限り調べまくって、資料にあたり、現場へ向かった。その上で書かれた小説は、名前こそ架空の会社にしてあるものの、ディテールが丹念に描かれているし、ノンフィクション的な魅力にあふれていて、これはもう、概ねこの通りの流れだったんじゃないかと、読んでいて鼓動が早くなることが何度もありました。でも、2時間強の映画では、そこまで細かく描くことは不可能だし、大幅なカットと再構成が必要になるのだが、そんなことできるのか。不安だったわけです。
 
鑑賞してからの結論として、僕はそこまで評価していません。キャストの奮闘は見ごたえがありましたよ。星野源の動揺を覚えながらも冷静たろうと努める抑制された演技。小栗旬の徐々に使命感を帯びていく様子。日本アカデミー賞助演男優賞を獲得した宇野祥平の文字通り血管を浮き上がらせるほどの声にならぬ声を振り絞るような葛藤。橋本じゅん、高田聖子、劇団☆新感線のおふたりも印象に残りました。

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(C)2020「罪の声」製作委員会
ただ、実は脚本の組み立て、その構成に僕は納得のいかないものを覚えたんです。映画というわりには、あまりに動きが少ない。会話劇というには、回想シーンが多いし、それなりにロケもあるものの、役者の動きはかなり限定されている。たとえば、小説でも大きな山場として詳しく描かれる警察と犯行グループの大阪と滋賀での手に汗握る逮捕計画とその失敗。追いつ追われつ、逮捕できるか否かのやり取りなんて、サスペンス映画の見せ場ですよね。どちらも映画ではカットしています。予算の都合もあるでしょう。小栗旬星野源の車内の会話シーンは合成だったことを見るに、このクラスの役者ではスケジュールも交通規制も難しかったでしょう。その結果、話はでかいはずなのに、テレビドラマにしか見えない画作りとスケールになっていました。では、会話をメインにしたシーン展開で映像演出の工夫があるかと言えば、誰かが喋っている時は、誰かが黙って表情を変えず聞き入っているのをカットバックで見せる。聞き入るのは良いけれど、それじゃ映画的なダイナミズムは生まれません。関西ロケも、なんとなく有名な場所を入れるにとどまっていて、むしろ関西人には「はいはい」という感じ以上のものはなかったと思います。

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(C)2020「罪の声」製作委員会
筋立ては面白いし、役者も奮闘しているものの、映画の製作、プロデュースというところのバランス感覚が、この物語の躍動感を削いだのではないかということです。もちろん、一定以上の面白さはクリアした上での話ですから、未見の方はぜひご覧いただいて、原作にも触れてもらえれば。

主題歌は、映画を何度も観たシンガー・ソングライターのUruが書いたこの歌でした。


さ〜て、次回、2021年6月1日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『佐々木、イン、マイマイン』となりました。今乗りに乗っている藤原季節の主演だし、『くれなずめ』にも通じるところのある青春映画なのかなと勝手に妄想しながら、期待が膨らんでおります。あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!

『ノンストップ』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 5月18日放送分
『ノンストップ』短評のDJ'sカット版です。

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妻ミヨンは揚げパン屋さん、夫ソクファンはパソコン修理屋さん。そして、一人娘。韓国の下町で慎ましく暮らしている3人は、ある日当てたドリンク剤の懸賞で、初めての海外旅行ハワイへ行くことに。ところが、搭乗した飛行機が北朝鮮のテロリストにハイジャックされて大騒ぎ。地上1万メートルで繰り広げられる、犯人たちと乗客、キャビンアテンダントたちの知恵比べとアクションの数々。そこで、明らかになる夫婦の過去とは? さらに飛行機の行方は?

消された女

妻ミヨンを演じたのは、女優としてだけでなく歌手としても大活躍のオム・ジョンファ。夫のソクファンには、パク・ソンウンが扮しています。監督は、『イルマーレ』で助監督を務めていて、『消された女』の演出でも知られるイ・チョルハ
 
日本では今年2月11日に公開されたこの作品、僕はU-NEXTのレンタルで先週金曜日に鑑賞しました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

久々に、ちょうどいい映画を観たなというのが、エンドロールが流れる中でまず思ったことです。笑いとアクションとスリルとどんでん返し、そしてベタつかないレベルでの人情味。ミヨン一家は栄養ドリンクの蓋に付いてる懸賞でハワイ旅行へ行くことになるわけだけど、まさに日常の活力、栄養ドリンク的な一本をごちそうさまって言いたくなる100分。この尺も、ちょうどいい。
 
超斬新な映像や展開が観られるっていうものではありません。話運びは王道で、はちゃめちゃな珍道中で明らかになる家族の意外な過去というのもあるっちゃあるし、飛行機の中でエージェントがやり合うアクションやスパイもののお約束的展開もどっかで目にしたことがあるぞというものが続きます。でも、いや、だからこそ、この作品ではひとつひとつを丁寧かつスピーディーに進めていくんです。そこがちょうどいい。むしろ、観客の既視感を逆手に取ることでうまく笑いにつなげているんです。

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(C)2020 OAL & Sanai Pictures Co., Ltd. All rights reserved
ハイジャックものの場合は、動ける空間が限られている分、主人公たち以外のサブキャラクターを効果的に配置することで、群像劇的な面白さを出すことが大切ですが、ある程度人数が多くなってくると、下手すりゃそこでもたついてしまいがち。本作はそれが早い。権威を笠に着る国会議員。臨月の女性とその姑。高所恐怖症の官僚。いかにも怪しげな黒尽くめの女。映画監督。エージェントに憧れている男性キャビンアテンダント北朝鮮のテロリストチーム側にも、身分を偽るために中国語で通すぞって言ってんのに、「え、俺、中国語、できないんですけど」みたいなのが混じってる。だいぶバリエーションに富んでますよ。なのに、開始早々、さくさく僕らにわからせて、飛行機同様、物語もテイクオフ。しかも、みんな濃ゆいキャラなのに、それでも埋没なんてまるでしないほどキャラがしっかり立った主人公ミヨン一家。
 
こういう娯楽アクション・コメディーって、R指定がかかるかかからないか、ギリギリのラインをあえて狙って話題を作ってみたり、笑いに走りすぎてアクションが疎かになったり、最近はそういうのが多いような印象を受けるんですが、これはそこもちょうどいい。アクションにはちゃんとアクション監督が付いていて、狭いところでできることの限りをやっていました。笑いは意外性・ギャップをベースに置きながら、演技はわりとステレオタイプだけれど、奇をてらわない分、定番で誰も傷つけない笑いが、物語のフライトマップの中にきっちり収められています。

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(C)2020 OAL & Sanai Pictures Co., Ltd. All rights reserved
終盤は怒涛の伏線回収だとばかりに、あの人はこう、この人はそうって展開していくんですが、実はテロリストたちも単に悪人として描く以上の奥行きが用意されているんで、みんなしっかり生き残って、その上でハワイを楽しんできほしいなって気持ちになるんです。今回サントラは入手できませんでしたが、音楽や小道具、それからエンドロールでは各シーンのシンボリックなアイテムをイラストでうまく提示しながら、単なるおさらい映像以上のポップかつオシャレな情報のはさみ方をしていて感心しました。

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そりゃ、ご都合主義もありますよ。たとえば、主人公ミヨンの衣装チェンジ。いつの間に? とか、それ必要? って思うんだけど、僕はこの手のご都合主義はいいじゃんって思えるんです。取ってつけたような感動を狙うわけではなく、つじつまを合わせるためでもなく、面白いから。着替えんでええやろ!って観客がツッコむのも楽しいから。
 
一時はどうなるかと思ったけど、楽しかったなあ。みんな元気でやっててほしいなぁって登場人物みんなをありありと思い出せる、誰と観ても安心して楽しめる、丁寧に編まれた娯楽の王道。映画神社の神様が、いいもの当ててくれました。

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ところで、余談ですが、途中で、妻が実は年齢のサバを読んでいたっていうネタがありますよね。なんで、実年齢よりも上ってことにしてるんやというツッコミを僕は脳内で嬉々として入れたところで、聞こえてきた「年下だったのかよ」的なセリフ。日本と同じように、あるいはそれ以上に、上下関係を重視する儒教文化が根強いなと苦笑しましたとさ。
ミヨン役のオム・ジョンファは、90年代からシンガー&ダンサーとしてのキャリアがあって、あちらではミュージック・シーンでもよく知られた存在。昔の音を聴いてみたら、なるほど韓国の歌謡曲というイメージでしたが、この最新曲なんて、どうよ。アリアナ・グランデですかっていう、アメリカ最先端のサウンドを明らかに意識しているような。

さ〜て、次回、2021年5月25日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『罪の声』となりました。ついに出ましたよ。あのグリコ森永事件を題材にした塩田武士の分厚い小説が映画化。公開時に当たらなかったものが、こうして配信作として短評の課題作となりました。気になっているのは、脚本のまとめ方なんですが、舞台も関西が多いとあって、俄然楽しみです。あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!

『新解釈・三国志』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 5月11日放送分
『新解釈・三国志』短評のDJ'sカット版です。

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遡ること1800年ほど前。中華統一をめぐり、魏、呉、蜀、3つの国の覇権争いを描く、ご存知三国志。タイトルにあるように、この大人気ストーリーを新たな感覚と解釈で描いています。民の平和を願う蜀の武将の劉備が主人公。曹操孫堅諸葛孔明とのやり取りを経てハイライトとなるのは、魏軍80万に対し、呉蜀連合軍3万という、圧倒的兵力差が激突する赤壁の戦いの結末やいかに。
 
監督・脚本は、言わずと知れた福田雄一劉備には、当て書きだったというほど監督が出演を切望した大泉洋が扮します。山田孝之賀来賢人、橋本環奈、ムロツヨシ佐藤二朗など、福田作品常連組はもちろん登場。他にも、岩田剛典、小栗旬山本美月城田優、さらには語り部として西田敏行など、豪華なキャストがこれでもかと出演しています。
 
2020年の12月11日に全国公開されたこの作品、僕はU-NEXTのレンタルで先週金曜日に鑑賞しました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

三国志というのは、考えてみれば強烈なコンテンツですよね。マンガでも小説でもゲームでも大人気。適度に古く、海の向こうで適度に距離があるので、歴史というよりも、権力者のパワーバランスや戦争における権謀術数などを考察する、シミュレーションする格好の題材なんだろうと思います。平たくいえば、「俺の三国志」というものが、かなり自由に創作できるわけです。そこで、福田雄一が『今日から俺は』の後に「俺の新解釈」ってのを打ち出してきたと考えればいいでしょう。ただ、ここで言う解釈は、学問の歴史というよりも、キャラクターの新解釈です。

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(C)2020「新解釈・三國志」製作委員会
たとえば、劉備。言葉少なで、感情はあまり表に出さず、偉ぶらず、あくまで穏やか。特に若者に信奉者が多かった。というキャラクターを、よく喋る大泉洋に演じてもらい、酒を飲むとすぐ大風呂敷を広げるが、酔いが覚めるとすぐにたたみ始める及び腰。ところが、演説が巧みなために、彼の酔いが覚める頃には、民が彼の言葉に酔っていて、やる気がないのに神輿の上に担がれてしまう… なんて、どうだろう。
 
たとえば、諸葛孔明晴耕雨読の生活を送っていたところに、劉備が彼の知恵を求めて仲間入りを願う「三顧の礼」のくだりも、実は自ら劉備リクルートを願い出たことにしたら面白いのでは? なんなら、グータラしてないで働けよって、おっかない妻からけしかけられていたりして…

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(C)2020「新解釈・三國志」製作委員会
そもそも福田監督の回りには、アドリブも含めて現場を笑わせるような達者な俳優たちがいますから、新たなキャラ付けを彼らに肉付けしてもらいつつ、あっと驚くキャストにもお願いしてみよう。おおよそ、そういう流れだと思います。三国志好きがニヤッとするようなネタも入れるけれど、福田監督の新作というドル箱の宿命として、僕のような三国志弱者もすんなり入れるようにしたい。歴史もので戦もあるのだから、殺陣師の田淵景也(かげなり)さんにまたお願いして、見応えのあるアクションも盛り込めば、かなりワイドに動員が見込めるという算段だったんでしょうね。
 
実際、僕でもお話で理解に苦しむことはなかったです。それは、全体を西田敏行演じる歴史学者による語りの枠の中に入れたことによるものなんですが、これは明らかにテレビ番組「カノッサの屈辱」のパロディーで、アナウンサーが語る部分はドラクエのパロディー。そして、中身はと言えば、アクション以外はテレビのバラエティー的なコントです。パターンはだいたい決まっていて、歴史ものっぽい重厚な音楽が流れたと思ったら、その逆をいくとぼけた一言で音楽が途切れるとか、時代劇なのに今っぽいボキャブラリーというような、わかりやすいギャップで笑いを狙う。とにかくその釣瓶打ちなんですね。だから、緊張と緩和で言えば、大部分が緩んでいるので、ひとつのコントで笑えなかったら、後はもうしんどくなってきます。僕はその口でした。

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(C)2020「新解釈・三國志」製作委員会
俳優の個性が強いのはいいんだけれど、だいたいが福田雄一演出のこれまで見てきたものばかりなので、オチが概ね読めるし、ギミック的な特殊効果はマンガ的かつテレビ的なものに終始しているから、テレビ画面で見ていると、余計にとても映画とは思えなくなりました。発想が新解釈というよりも、パロディー、俺の三国志なので、赤壁の戦いの結果への興味も薄れてくる始末。それでも、なんとかまとめてエンドロールまで持っていったことには感心しますが、良くも悪くも、ここまでスパッとどんな結末でも構わないと思えたのは久しぶりでしたよ。思わず笑ったところが何箇所かあったことは正直言ってあったから、すべてダメって言ってるわけじゃないんですけどね。
 
最後に、ひとつ倫理的な苦言を呈しておくと、スペインの血を引く城田優に対して、「私はその中途半端な外人顔も好きよ!エスパニョール!」はまったく笑えないし、時代錯誤も甚だしい浅はかな台詞回しだと抗議しておきます。
この主題歌は力が入っていたし、エンドロールで急に風格が出て笑ってしまったんですが、それもこれも福田監督の術中にハマっているんでしょうか。それとも、意図を超えたところの話でしょうか。わかりませ〜ん。

さ〜て、次回、2021年5月18日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『ノンストップ』となりました。既に観ているリスナーの反応をうかがうと、面白そうじゃないですか。ある意味クラシックなジャンル映画的題材に、韓国映画がどう切り込むのか。あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す! 

『浅田家!』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 5月4日放送分
『浅田家!』短評のDJ'sカット版です。

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カメラ好きの父のいる4人家族の次男として育った浅田政志。幼い頃から写真に興味を持ち、高校卒業後は専門学校へ。卒業制作では、自分の家族を被写体に、自分たちの思い出を自分たちで再現した写真で学校長賞を獲得します。以来、様々なシチュエーションを演じるコスプレ家族写真のシリーズで一斉を風靡します。プロの写真家となった政志は、全国の家族写真を撮影して回るようになるのですが、そこへ東日本大震災が発生。かつて撮影した東北の家族のことが気になった彼は、一路被災地へ。

湯を沸かすほどの熱い愛 

写真家、浅田政志の実話を基にしたこの作品。監督と共同脚本は『湯を沸かすほどの熱い愛』の中野量太です。主人公の政志を二宮和也、兄を妻夫木聡、母を風吹ジュン、父を平田満が演じた他、政志の幼馴染の若奈を黒木華が担当して日本アカデミー賞助演女優賞を獲得しています。他に、政志が東北で出会う仲間のひとりに、菅田将暉が扮しています。
 
僕はU-NEXTのレンタルで先週金曜日の夜に鑑賞しました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

僕のひとつ下、41歳で現在は三重県津市、故郷にお住まいの浅田政志という写真家の半生です。いくら活躍している方とは言え、伝記映画の企画としては若いですよね。『ジョゼと虎と魚たち』や『メゾン・ド・ヒミコ』のプロデューサー小川真司が、今家族を撮るなら中野監督だろうとオファーしたことがきっかけだったようです。実話がベースということで、語られるできごとそのものに評価を下すのはためらわれますが、監督は原作と言える2冊の写真集を手に、ざっくり前後編のパートに組み立てています。前半の1冊は『浅田家』。政志が写真家になるまでの話で、浅田家のユニークな成り立ちを描いています。何よりも彼らのチャーミングな言動にフォーカスしながら、政志が培っていく作家性をあぶり出していく一家族とその周辺の、小さな話。一方、後半は『アルバムのチカラ』という、津波にあった沿岸部の様々な家族写真を洗浄して持ち主に返却をするプロジェクトを丹念に描きながら、人が写真に何を求めるのか、ある種メディア論的なアプローチの大きな話になります。そのうえで、政志の人生、浅田家での現時点での立ち位置につながるだろう結びへといたります。

浅田家 アルバムのチカラ 増補版

 僕がこの作品で興味深いなと思ったのは、中野監督がおそらくは生と写真の関わりを裏テーマに持ち込んでいることです。表面的には、家族や人々の絆っていう、東日本大震災後に濫用されて価値のインフレが起きたようなものなんだけれど、実はその裏で、人は家族写真に何を見るのかということを考察していたように思うんです。僕が子どもの頃には、「写真を撮られると魂が抜ける」みたいな話がまだ残っていました。スナップ写真という言葉がありますが、スナップという動詞には、主に狩猟において「あまり狙いを定めずに素早く射る」という意味があります。あと、映画でも撮影する時にはシュートという動詞をよく使いますよね。あれは射撃の比喩から来ているもので、要は「生を切り取るもの」なんです。切り取られた生は、たとえば震災で実際に命を落としてしまった人の何気ないスナップを目にした家族の脳裏でまた蘇るわけです。過去となった時間が今、再度しばし動くということですね。それに加えて、プロローグとエピローグで全体をサンドする格好の浅田家のエピソードは、写真を撮ることで、あるいはその写真を観ることで、未来を見据える、未来を描くこともできるんじゃないかという踏み込んだ話になっていきます。中野監督も、そこまで描けるというつながりが見出だせたことで、これは一風変わった写真家の一風変わった半生という枠組みを超えられると踏んだんじゃないでしょうか。

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(C)2020「浅田家!」製作委員会
実人生とは違うシチュエーションを家族一丸となってコスプレして演じる一連の浅田家写真も、前半のおもしろエピソードで終わらず、今話した写真論の中に組み込んで見せられると、元の写真集の新たな解釈として成立するような気がします。
 
はい、ここまで、テーマの設定と脚本の組み立てについて話しながら、好意的に話してきましたが、特に後半に入るまでは、どうにもセリフによる説明が多いなと感じてしまい、観ながらイライラしてしまったことは否めません。そのあたり、もうちょっと言葉の引き算をして、映像のチカラに立脚したものになっていればなぁと感じました。言葉に映像が引っ張られていたことと、そのわりに前半は政志の行動原理がわかるようでわからない隔靴掻痒な部分も多かったです。

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(C)2020「浅田家!」製作委員会
ただ、この手の大作日本映画において、わかりやすさ(キャスティングも含めた間口の広さ込み)とその裏にある骨太なテーマをあぶり出そうとする姿勢は素直に評価すべきだと思いました。毎日スマホで手軽に写真を撮る時代だけに、写真の意義やアルバムの役割について思いを新たにしたしだいです。写真、整理せなな…
主題歌の雰囲気と入るタイミングは僕の気に入りましたね〜。選曲も良し!

さ〜て、次回、2021年5月11日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『新解釈・三国志』となりました。大丈夫かな。三国志、詳しくない。大丈夫かな。福田雄一演出に、ちょいちょいついていけない僕なの。大丈夫かな。あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!