京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『アイアンクロー』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 4月16日放送分
映画『アイアンクロー』短評のDJ'sカット版です。

タイトルにもなっているプロレスの必殺技アイアンクロー=鉄の爪という言葉を国際的に普及させたフォン・エリック一家。元AWAヘビー級世界王者の父親フリッツは、息子たち全員をプロレスラーに育て上げ、1980年代に絶頂期を迎えたのですが、家族には不幸が重なり、現在フリッツの息子で生きているのは次男のケヴィンのみ。若き日のケビンを中心に、フォン・エリック家の4人兄弟と両親の生き様を描きます。
 
監督・脚本は、子どもの頃にプロレスに夢中だったというショーン・ダーキン。ケヴィンをザック・エフロン、三男のデヴィッドを『ザリガニの鳴くところ』のハリス・ディキンソン、父親のフリッツをホルト・マッキャラニー、ケヴィンの妻パムをリリー・ジェームズがそれぞれ演じています
 
僕は先週金曜日の朝にTOHOシネマズ二条で鑑賞しました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

ここ10年ほど話題作を続々と手がけるスタジオA24が製作と配給していると聞けば、そりゃやっぱり観たいなとなるのが映画ファンですが、僕は作品を鑑賞するまで正直あまりピンと来ていなかったんです。プロレスにそもそも疎いってのもあるし、80年代に活躍したフォン・エリック家の伝記映画的なものだと聞かされても、なぜそれを今映画化するのか、もうひとつ意義がわからなかったんですが、鑑賞中からだんだんとわかってきました。これはレスラーたちの数奇な運命を描くと同時に、いや、それ以上に、家族のあり方を問う話であり、マチズモと夢という呪いの話でもあるんですよね。

© 2023 House Claw Rights LLC; Claw Film LLC; British Broadcasting Corporation. All Rights Reserved.
冒頭、父親フリッツの現役時代が少しモノクロの映像で見せられます。彼は実力はあるものの不遇な側面があり、妻と当時2人いた息子を抱えながら、巡業もあるから都合が良いとトレーラーハウスに住んでいるような経済状況なのに、試合後、家族みんなで車に乗り込もうとしたら、フリッツは誰にも相談せずに車を豪華なキャデラックに変えているんですよ。妻は当然怒りますよね。こんなことして、お金はどうなるのよと訴えるも、フリッツはスターになれば何とかなるし、何とかしてみせるから、俺についてこいとばかり。このモノクロの短い過去シークエンスで示されるのは、フリッツの激しい上昇志向と家父長制丸出しの行動原理です。そこから実際に彼は結構なスターになるのがすごいんだけれど、その成功体験と自分の果たしきれなかったさらに大きな夢を息子たちに託すもんだから大変です。

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この家族は仲睦まじいんです。兄弟4人の結束は固く、互いに助け合うし、それぞれに才能にも恵まれています。夫婦仲も悪くないんですよ。なんなら、映画を観ていて、最初の悲劇が起こる直前までは、フリッツが強権的なきらいはあるものの順風満帆と言っても差し支えないほどです。いかにも南部のアメリカン・ドリームを実現した家族って感じですよ。広大な土地があって、カウボーイ・ハットを被り、教会のミサは欠かさず、自宅にはトレーニングジムも完備しながら、家族誰もが自分の趣味や夢に邁進できる環境。ただ、こうした大家族にありがちですが、そこでたいがい完結してしまうがために、フォン・エリック家は閉鎖的で風通しが悪い。それが露呈するのが、ケヴィンにできたガールフレンドのパムという存在です。彼女は社交的で進歩的なんですよね。彼女が出入りすることで、フォン・エリック家の特殊性があらわになっていく。閉鎖的で淀んだ家庭内の空気が入れ替わるまではいかなくとも、少なくとも付き合っているケヴィンは彼女という窓を通して外の世界、社会の空気を取り込めるようにもなっていきます。

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このファミリーに起きた、まさに呪われたと言いたくなる出来事の数々についてはここでは言及しません。プロレスファンならご存知だろうし、知らない人は映画を観て驚いてもらいたい。あまりに不幸なので、ケヴィンは子どもが生まれた時に名字を変えて役所に届け出るくらい。実は、このフォン・エリックっていうのはフリッツが自分の何世代か前のルーツであるドイツ系の名字に改名したものなんです。ドイツ系の名字は、ナチズムの記憶があるので悪役レスラーにもってこいだった。つまり、フリッツはリング外でも、実社会でもレスラーであり悪役であることを選んでしまっていたんです。もちろん、呪いなんてものがあるわけではなく、あるとすれば、それはフリッツのマチズモであり、自家中毒的な上昇志向なんです。確かに不運もあったけれど、運だけでは説明できない毒素があれだけ鍛え上げた肉体を持つ家族たちをじわじわと蝕んでいくわけです。残念なことに、そのデトックスは仲良し兄弟が力を合わせても成し遂げられないどころか、その兄弟の絆も父親やプロレスという競技が要請する過度なプレッシャーも毒素を心身のより深いところまで浸透させる潤滑油になってしまいます。それがこの閉鎖的大家族の不幸であり哀しみなんですね。半ばを過ぎたあたりから、自宅敷地内にリングが作られますよね。あれは家庭そのものもやすらぎの場ではなくレスリングの延長であることの象徴です。

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監督のジョーン・ダーキンは、80年代のアメリカの空気をフィルム撮影による映像で見事にパッケージしました。時系列通り順を追って家族の歴史が描くにあたり、俳優たちが準備した肉体のぶつかり合いをしっかりした時代考証で補強していく正攻法の演出ですが、ちょっとした会話や短いインサートショットにも手を抜かない、モチーフとは逆に繊細な演出が光ります。家族を襲う悲劇も直接的に描くのではなく、画面外をこちらに想像させるあたり、確かな手腕を感じます。そして、正攻法で来たからこそラスト付近で異彩を放つ兄弟たちの交流を描くファンタジックな展開には心がほぐれます。フリッツの妻が夫に放つ最後の言葉と、ケヴィンに対してその息子たちが語りかける言葉が、この映画の救いであり、監督の、そしてスタジオA24の製作意図でしょう。僕たちは誰であれ自由にのびのびと心に正直に生きて良いはずだし、時代はもう変わっているのだと。
親が子どもに自分の夢を託す話は、うまく行けば美談としてもてはやされるけれど、うまくいかなかった場合、それも子どもがプレッシャーに押し潰された場合、美談ではなく、親がビラン、毒親の話になる。そんなことも思いながら、サントラからカントリーの名曲をオンエアしました。

さ〜て、次回2024年4月23日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『パスト ライブス/再会』。僕の番組ではぴあ関西版の華崎さんが、リチャード・リンクレイターのビフォア・シリーズと並べて紹介してくれていた、こちらもA24の作品にして、アメリカと韓国の合作。この手のメロドラマがいかにFM COCOLOのスプリングキャンペーンよろしくUPDATEされているのか、しかと観てきます。さぁ、あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、Xで #まちゃお765 を付けてのポスト、お願いしますね。待ってま〜す!