京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『ソングバード』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 10月18日放送分
映画『ソングバード』短評のDJ'sカット版です。

2024年、もしCOVID-19の後に立て続けにさらに強烈な感染症が蔓延していたとしたら。世界各地の大都市でロックダウンが長引いている中、4年間もロックダウンが続いているLAが舞台です。はっきり免疫がある少数派のみが自由に出歩くことができ、そうでない人は外出禁止。さらに、もし感染すれば、その高い致死率のせいでQゾーンという施設に徹底隔離されてしまいます。免疫のある青年ニコは運び屋として働きながら、免疫のないとされる恋人サラと直接は会えないながらも愛を育んでいました。そんな中、サラの感染が疑われる事態になり、彼はなんとかサラを救い出せないかと動くのですが…
 
プロデュースは、ハリウッドの破壊王マイケル・ベイ。監督と共同脚本はアダム・メイソンが務め、2020年、実際にロックダウンされていたLAで撮影が行われました。ニコを演じるのは、『僕のワンダフル・ライフ』のKJ・アパ。サラには、今年歌手デビューも果たしたソフィア・カーソンが扮します。他に、ブラッドリー・ウィットフォードピーター・ストーメアデミ・ムーアなどが出演しています。
 
僕は先週金曜日の朝に、TOHOシネマズ二条で鑑賞しました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

まず思い出しておきたいのは、日本で最初の緊急事態宣言が出た頃のことです。ステイホームが叫ばれて、繁華街からも人の姿がほとんど消え、映画館も閉まってしまいました。そんな極めて特殊な状況の中で、それでも映画を作ることをやめたくないと、特殊な状況を反映させてしまおうじゃないかと動いたのが、行定勲さんや上田慎一郎さん、そして神戸の元町映画館関係者の皆さんなどでした。直接会うのが難しいのなら、撮影もリモートでやってしまおうという機敏さ、柔軟性はすばらしいものでした。そんな時期に、日本よりも厳しいロックダウンの中、制限だらけだってのに、テキパキ脚本を作ってロケをして、なおかつアクションシーンまで盛り込んじゃうプロデューサーのマイケル・ベイには、唖然としながら称賛してしまいますね。監督と共同脚本を務めたアダム・メイソンは2020年の3月からプロットを考え出して、夏には撮影されたといいますから、まずはその勇気と行動力を評価したいものです。

(C)2020 INVISIBLE LARK HOLDCO, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.
先ほどのあらすじでは、ニコとサラのロミオとジュリエットのような恋愛劇に的を絞りましたが、実は群像劇でもあります。サラのスペイン系の母親。まだ日の目を見ない女性シンガーソングライター。彼女のファンで、アフガニスタンから負傷して帰還した引きこもりの元軍人。ニコが務める配達業者のボス。市の衛生局長。さらにはレコード会社の重役とその家族。こうした面々が、ロックダウン下で、それぞれ自分の思惑で動いていく様子が、並行して描写されながらしだいに物語として絡み合っていく構成は、現実問題として大人数でひとところで撮影できないという条件をむしろ味方につけるようなアイデアで、サスペンスも生まれるし、パンデミックにおける暮らしのバリエーションも見せられるし、うまいなと感じました。ニコが普段配達に使っている自転車に加えて、途中からバイクが登場するのも、物語のスピード、ドライブ感とシンクロしていて良かったし、元軍人で今は社会に嫌気が差していてロックダウン前から引きこもっていた「ステイホームのプロ」たる彼が何度か自分のドローンを本気で操作するくだりはきっちり見せ場になってしたし、引きこもっていた彼こそ、実は街の状況を誰よりも知っているというような設定も面白いです。そんなパラドキシカルな設定の妙をもうひとつ挙げるなら、免疫のあるニコのような一部少数派が手首にフリーパスのブレスレットを付けて自由に街を動き回れるのだけれど、彼らは自分が感染せずともウィルスの運び屋にもなるかもしれないから結局人には会えず、ゴーストタウン化した街でむしろ強烈な孤独を味わっているという点です。

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ただ、短期間で練り上げた脚本であるということを承知の上で、首を傾げてしまう点も大なり小なり散見されました。これは現実にとても似通ったSFなので設定は自由だとはいえ、免疫を持っている人とそうでない人の検査体制の仕組みがよくわからんとか、あの状況が長く続いて食事や仕事はどうなっているのかという描写がサクッとすっ飛ばされているとか、悪役に相当するキャラクターの悪事の手段はまあわかるけれど動機がよくわからんとか、ピンチに陥った時に他の誰かがすんでのところで助けるってのはお約束として良いんだけれど、ひとりあいつは誰なんだってやつがこれまたよくわからんとか、とか、とか、とか。

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それでも、ピュアなラブストーリーを軸に、よく批判的に描かれるSNSやネット社会での人間関係にも温もりはあるのだという視点を盛り込み、社会的な弱者は守られるべきだろうという作り手のまっとうな姿勢が内包されていて、僕はそれなりに楽しみつつそれなりにジンと来たし、何よりあんな状況でよく撮ったなという気概も込みであまりくさしたくないです。そして、色鉛筆の新しい使い方も学ぶことができました。日本では2年も遅れてしまいましたが、それでも公開されて良かったなと思えるパンデミック下のパンデミックスリラーとして一見の価値ある作品です。

さ〜て、次回2022年10月25日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『アイ・アムまきもと』です。僕は映画館で何度か予告を観ていて、阿部サダヲさんがまたぶっ飛んだ人を演じているのか、ぐらいにぼんやり思っていました。ところが、実は原作にしているのがイギリス・イタリア合作映画『おみおくりの作法』と聞いてびっくり! あのすばらしい作品を日本に置き換えてあるのか! 俄然楽しみになってきております。あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!

おみおくりの作法(字幕版)