京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『青春ジャック 止められるか、俺たちを2』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 3月26日放送分

1980年代前半。ビデオが少しずつ家庭に普及し始めた頃、映画監督の若松孝二は名古屋にシネマスコーレというミニシアターを作る。支配人に抜擢されたのは、結婚を機に東京の文芸坐を辞め、地元の名古屋でビデオカメラのセールスマンをしていた青年、木全。彼は若松孝二に振り回されながらも、なんとか映画館を運営していきます。アルバイトや観客として学生たちも集まる中、予備校生だった井上淳一は、映画監督になりたい一心で若松プロの門を叩きます。
 
映画監督若松孝二とその周囲の出来事を群像劇として描くシリーズの2本目で、監督・脚本は前作で脚本を手掛けた井上淳一若松孝二を演じるのは前作に引き続き、井浦新。支配人の木全は東出昌大が演じた他、芋生悠、杉田雷麟、コムアイ田中要次田口トモロヲ田中麗奈竹中直人なども出演しています
 
僕は先週金曜日の朝に京都シネマで鑑賞しました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

この作品が3月の公開で良かったです。もし2月の下旬とかでマサデミー賞2024の対象作品だったとしたら、もうアワードの組み立てがグラグラになってしまっていたことでしょうってくらいに、僕はすごく気に入った映画でした。映画を作ること。映画館をオープンして運営していくこと、つまりは見せること。しかも、大手ではなく、インディーに近い小規模で製作や興行を行うことの喜びと苦労、情熱と葛藤を描きながら、ノスタルジーに過度に引っ張られることなく、笑いと涙のバランスを上手に取りながら、80年代と今をつなげていく井上淳一さんの作劇と演出には脱帽です。
 
80年代って、ドラマ『不適切にもほどがある』のヒット及び高評価もあって、また当時の風俗に注目が集まっていますが、映画業界で言えば、テレビの台頭でとっくに斜陽となっていたところに、ビデオの普及という追い打ちがあった頃です。主人公のひとり、東出昌大演じる木全支配人も、最初はビデオカメラの営業マンとして登場するように、映画を作るにしても、観るにしても、自宅でできてしまうようになっていったんですね。となると、映画館はますます厳しくて、大手の映画会社も自分のところで監督を育てていったり、直営の劇場を全国あちこちに展開したりということが徐々に難しくなってきている状況。だからこそ、作り手ではインディー映画出身やピンク映画で表現の腕を磨いた若手が監督としてデビューすることが多くなり、映画館で言えば、どんどん数が少なくなる中で個性と特色のある小さな劇場が少しずつ生まれていく。独立プロダクションの若松プロが自前の映画館を特にゆかりのない名古屋にオープンしたのはそんな時代で、これがミニシアターのはしりにもなっていきます。

©若松プロダクション
木全青年が若松監督に口説かれて支配人になっていくあたりは頭から丁寧にシーンが積み重ねられていたので、僕はてっきりそういう見せる側の話を中心に据えるのかと思いきや、途中からはその映画館に集まってくる若者たちの群像劇へと発展していきます。中には若かりし頃の井上淳一監督も登場するわけですが、オープンした映画館のタイトルはシネマスコーレ、映画の学校。登場人物たちにとっては、まさにそういう側面があります。映画をたくさん観て、観せて、作って、映画だけでなく人生や社会についても学びながら成長していくんですよね。タイトルの青春ジャックというのは、映画に青春をジャックされた人たちの話だってことです。これは映画ですけど、観客も何かに熱くなったことはそれぞれの立場できっとあるでしょう。その上で、たとえば芋生悠演じる金本のように、女性だからとガラスの天井を実感したり、社会において自分の属性が足かせになると理不尽に思えた人もいるでしょう。簡単に言えば、夢を諦めざるを得ないとかね。そうかと思えば、井上のようにあれよあれよと運良くチャンスを得るけれど、そこで出鼻をくじかれるパターンもある。世の中、そんなに単純じゃないし、複雑怪奇だし、どうしようもなく思えて唾を吐きたくなるけれど、一方でその時代や社会が嫌いにはなれなかったり、好きになるタイミングもあって、とにかく時は僕らを乗せて進んでいく。そんな人生讃歌でもあるんですよね。

©若松プロダクション
みんな実名で描かれる脚本だけに、トリビア的なところも楽しいです。若松孝二がまさかああいう企業PR映画を撮っていて、そこに竹中直人が出ていたとか知らなかったし、それを今の竹中直人本人がカメオで再現するとかたまらない。さらにさらに、まさかそんな大御所もそんなきっかけで楽しそうに演技してたんですかっていうところも最高です。田中麗奈ゴールデン街の飲み屋のママ役はあそこに僕も通いたいって思ったし、前作を観た方は門脇麦の顔にこみ上げるものがあるでしょう。芋生悠の熱演はさすがに今大注目の俳優だけあります。でも、何よりも誰よりも、やっぱり若松孝二を演じる井浦新が絶品で、観たら誰もがモノマネしたくなるでしょう。もういい、あっち行け! 俺の視界に入るな! なんて爆笑でした。僕はもう完全に井浦新にジャックされました。

©若松プロダクション
シネマスコーレ、映画の学校は、まさに登場人物や観客にとって学び舎であり、開館から41年、今日もこの後9時30分から『青春ジャック 止められるか、俺たちを2』が上映されます。
劇中、後のシネマスコーレ支配人である木全と若松監督が喫茶店で初めて会う場面。あそこのやり取りも再現しがいのある楽しいものでしたが、喫茶店ではこんな歌がかかって時代を表していました。

さ〜て、次回2024年4月2日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『コール・ジェーン -女性たちの秘密の電話-』。人工妊娠中絶が違法だった60年代後半から70年代前半のアメリカを舞台にした社会派エンターテインメントという打ち出しですが、ポスターの色使いやら予告の雰囲気が意外にもポップな味付けになっていて、硬軟のバランスがどんな塩梅なんだろうと興味を持っていたんですよね。さぁ、あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、Xで #まちゃお765 を付けてのポスト、お願いしますね。待ってま〜す!