京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『CODA コーダ あいのうた』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 2月1日放送分
『CODA コーダ あいのうた』短評のDJ'sカット版です。

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マサチューセッツ州の海辺にある小さな町。女子高生のルビーは、聴覚障がい者の両親と兄、その家族の中でひとりだけ耳が聞こえるんです。陽気でユーモアが絶えない家族と社会の架け橋として、彼女は折りに触れ通訳をしながら、早朝は家業の漁に出て、その後に学校へ行っていました。新学期、あこがれのクラスメイト、マイルズのお近づきになろうと、彼と同じ合唱部に入ったルビーは、先生に歌の才能を買われ、バークリー音楽大学への進学を勧められるのですが、それは家族と離れ離れになることを意味するわけで、ルビーの葛藤の日々が始まります。

エール!(字幕版)

2014年製作のフランス映画『エール!』をリメイクしようと権利を手に入れたプロデューサー陣が白羽の矢を立てたのが、マサチューセッツ州出身の監督シアン・ヘダーで、彼女が脚本も手がけました。ルビーを演じたのは、手話も歌のレッスンも今作が初めてだったというエミリア・ジョーンズ。その家族には、母を演じたオスカー女優のマーリーマトリンのほか、トロイ・コッツァー、ダニエル・デュラントと、聴覚に障がいを抱える俳優陣がキャスティングされました。
 
僕は先週金曜の昼、MOVIX京都で鑑賞いたしました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

劇場で感極まってしまったことをまず告白しておきます。後半、1/4ぐらいはもうしょっちゅう熱いものがこみ上げてきて大変だったんですが、空席を挟んで僕の3つとなりだった女性は、僕よりもよっぽど感極まりまくりでした。泣けるからいい映画だなんて、薄っぺらいことを言うつもりはありませんが、これは、人がわかりあえる喜びと、やがて哀しき別れが人生にはつきものだという切なさを的確に僕たちに伝えることで、観客の涙腺を著しく刺激する、間違いなく上出来の映画です。
 
これは耳の聞こえない、ろう者の家族における、唯一の健聴者の話。英語では、主人公ルビーのような人を、Children of Deaf Adultsと呼ぶのだそうで、その頭文字を取って、CODA、それをタイトルとしているんですね。ルビーのようなコーダは、どうしてもメディアの役割を担うことになります。アメリカ式手話を母語とする家族と、英語を話す社会との橋渡し、パイプ役です。通訳に代表されるあれこれをするルビーは、大変ですよ。家族には頼られ、社会からの露骨な好奇の目や、からかい、卑下にも最前線で接することになる。思春期なんて、なおさらです。って、ここまで話していて、そうか、そういう障害者の特別な話なんだね、いかにも感動を誘いそうだって早とちりしないでください。

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© 2020 VENDOME PICTURES LLC, PATHE FILMS
シアン・ヘダー監督に僕は好感が持てるなと思うのは、作劇におけるフラットさです。ろう者もコーダも、どちらかにスポットを当てるために、その存在、描写に強弱をつけたりしないんです。ルビーのことがきっとどなたも好きになるのと同じように、他の家族3人もしっかり丁寧にその心理を描いています。そのうえで言いますが、ルビーはふたつの世界の狭間でアイデンティティに揺れる女の子なんです。ろう者のことも「普通とされる人たち」のことも、手話も英語もわかると同時に、そのどちらにも完全になじめない。あの感じは、僕も日本イタリアのダブルとしてよくわかる。それに、多かれ少なかれ、家族と社会、そして自分の意志や希望が一致しなくて板挟みになって苦しんだ経験のある人は多いわけですよ。進路をどう決めるかでもいいし、誰と一緒に、どこで暮らすかでもいい。これは親離れ、子離れを描く普遍的な映画でもあります。
 
そのうえでさらに好ましいのは、映画内で化学調味料みたいなBGMが鳴ることはなく、あくまで控えめな劇伴と、DJとしても唸らざるをえない、物語を補強する完璧な既存曲のチョイスと、エミリア・ジョーンズの声が、音楽が肝になっている。音楽は言語を超えるなんて人は言います。ルビーの恩師になるメキシコ人のユーモラスで最高な教師は、それを実感して異国で生きているキャラクターだから、特にここでは歌の喜びを余すことなく僕らに認識させます。

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© 2020 VENDOME PICTURES LLC, PATHE FILMS
ただ、ろう者にとって歌とは、音楽はどうでしょう。その言語は軽々しく超えません。そのことを、しっかり僕らに突きつけるシーンもあるのだけれど、その段階を踏んだ後に、まったく同じ感動ではないかもしれないが、ろう者にも音楽の喜びが十二分に伝わる場面が用意されていて、それは手話ではないんです。それは観て味わってほしい。
 
そして、子離れですよ。あるいは、兄弟の別れですよ。そこで僕の大好きな映画に必ずと言っていいほど出てくる被写体から遠ざかるショット、後退トラベリングっていうカメラの動きまで入ってこちらの涙腺の蛇口をクイッとひねるんだから、もう大変です。客観的にすばらしい映画だし、僕はもう大好物な作品でした。
エンドに流れるこの歌が、主人公のその後をそっと教えてくれるようで、これがまた良かった。CODAってのは、音楽的には、楽譜で表記されるイタリア語で、曲のしっぽ、終わりを意味する言葉でもあるのだが、それは次の曲への始まりでもあるっていうことをそこはかとなく感じさせる終わり方、からのこの曲。完璧でしょう。


さ〜て、次回、2022年2月8日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『ノイズ』となりました。なんか、久々の邦画豪華キャストものが課題作になった感じがします。映画館で予告を見ている時点でハラハラしていたこの作品。あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!