そのとき僕を担当してくれたのは、はじめて見る、若い女性の美容師さんでした。口数は少ないが笑顔は絶やさない、落ち着いた女性です。悪くありません。僕は安心して彼女に身を預けていました。しかしです。その化けの皮が剥がれるのは、時間の問題だったのです。
どうも、有北です。今日はカルメロ・チッチャ“il nuovo barbiere”にちなんで、美容師さんのお話です。
“il nuovo barbiere”にもあるように、美容院にはトラブルがつきものです。僕も先日、トラブルというわけではないが、面白い美容師さんに出くわしました。まあ僕の場合はよぼよぼの老理髪師ではなく若い女性でしたが、どういうことかというと、彼女は『もみあげにこだわる美容師さん』だったのです。
正直、全行程の約半分の時間はもみあげの処理に費やしていたはずです。
そもそも彼女はしょっぱなから、
「有北さん、もみあげ、ルパンみたいですね」
と、切り出してきました。
切り口がもみあげです。
しかし僕も、まさか彼女がもみあげにこだわる美容師さんだなんて想像もしていませんから、その発言から、てっきり『ルパン好きの美容師さん』だと思ったわけです。そこで、逆に「ルパンは連載当初の設定では長髪だったらしいですよ」「アニメのルパンの第一話のタイトルは、『ルパンは燃えているか…!?』っていうんですよ」とルパンに関するいくつかのトリビアを披露してあげたのですが、彼女は全くそれには無関心。あまりに食いつきが悪い。自分からルパンの話を振ってきたわりにはどういうことだ?僕がいぶかしんでいると、彼女は今度は「もみあげ、どういうふうになさいますか?」
僕はそのとき気づきました。彼女のもみあげを見つめる熱いまなざし。そして、彼女の口から飛び出す、決定的な一言。
「私、もみあげにはちょっとうるさいんです。」
そう言い放つと、彼女は僕のもみあげにとびつきました。(比喩的な意味で)
鏡ごしに見る、一心不乱にはさみをふるう彼女。しかしなんて丁寧な刈りっぷりだ。僕の目に映る、鏡ごしの彼女の真剣な瞳。はさみ。もみあげ。瞳。はさみ。さっきより少し短くなったもみあげ・・
僕のもみあげも、さぞかしもみあげ冥利に尽きたことでしょう。
「もみあげとして生まれたからには、一度はこのくらい丁寧に刈られてみたいね」
僕のもみあげがそんなことを呟いていたかどうかは、勿論、定かではないのですが。