京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『ホウセンカ』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週月曜、11時台半ばのCIAO CINEMA 10月27日放送分
映画『ホウセンカ』短評のDJ'sカット版です。

無期懲役刑で独房に暮らす元ヤクザの老人阿久津は、病に冒されていました。布団に横になっていると、枕元の空き缶詰に土を入れて植えてあるホウセンカの花が話しかけてきます。「ろくでもない一生だったな」。阿久津は驚きながらも、ホウセンカとの「対話」を通して、過去を振り返ります。かつて海沿いの街で、那奈という女性とその連れ子健介と一緒に暮らした慎ましくも幸せだった日々のことを。

オッドタクシー

監督とキャラクターデザインは木下麦、原作と脚本は此元(このもと)和津也というTVアニメ「オッドタクシー」のコンビが務めました。企画と制作は、『この世界の片隅に』のアニメーションプロデューサーを務めた松尾亮一郎が設立したスタジオCLAPが手掛けています。阿久津の声は現在を小林薫、過去を戸塚純貴が担当。ホウセンカの声をピエール瀧が当てている他、満島ひかり宮崎美子なども声優として参加しています。そして、サウンドトラックはceroが担当しました。
 
僕は先週水曜日の夕方、アップリンク京都で鑑賞してきましたよ。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

珍しいアニメですよ。設定がすごいもの。老いさらばえた老境のヤクザの話ですよ。しかも、刑務所に入っていて、実は脱獄を企て続けて30年っていう話なら、まぁ、映画になりそうですけど、脱獄どころか、現在の主人公阿久津は、ほぼ独房から外へ出ません。そして、はたからみれば独り言ですよ。あろうことかホウセンカの花と語り合っている。地味にも程があるでしょ。西川美和監督の映画で役所広司が主演した『すばらしき世界』ってのがあって、設定としては近いものがありますけど、役所さんが演じるヤクザはわりと早い段階で出所しますよね。こちらは、外へ出ない。もちろん、過去をたっぷり回想はしますが、それにしたって、海辺の小さなアパートとバブル期の郊外の新興住宅地がメインです。地味にも程があるでしょ。実写でもそうなのに、アニメですからね。若者の青春も恋物語も夢もない。つまり、パターンに乗っていないんです。でも、考えてみれば、脚本の此元和津也は実写映画化された『セトウツミ』の漫画家です。あれは、男子高校生の話だけど、基本的に川辺でふたりがだべってるだけでした。それから、本作のコンビである木下麦監督と手掛けた『オッドタクシー』も、中年から壮年期に入った一人暮らしのタクシー運転手が主人公という、あれはあれで特異な設定でした。要するに、此元和津也という人は、少なくとも日本では王道とされるパターンを分析したうえで、その枠を刷新するというよりも、人間を描くにあたり、もっと可能性は他にあるはずだという別の枠や型、あるいは水脈のようなものを掘り当てようとして、それに成功しています。ただし、TVアニメでそれはいくらなんでも挑戦的すぎるわけで、『オッドタクシー』では、映画『ズートピア』よろしく、すべてのキャラクターを擬人化した動物にしていたことで、独特のおかしみや風刺が全編に漂うという仕掛けがありました。今作『ホウセンカ』では、さらに挑戦的に、アニメではあるけれど、実写に近い緻密な描写を軸にしてリアリズムに寄せてあります。

©此元和津也/ホウセンカ製作委員会
そこで良いスパイスになるのが、ベラベラとよく喋るホウセンカの花という狂言回しです。ピエール瀧が声を当てているので、便宜的に彼と言っておきますが、彼は実は青年期の主人公阿久津が那奈とその息子健介とささやかな幸せを形作っていたアパートの庭に咲いていた存在で、阿久津たちの身に起きたことをずっと見ていました。って、これは完全にファンタジーですよね。だから、リアリズムとファンタジーを絶妙に織り交ぜることによって、この映画独自の語り口とアニメとしての面白さを担保しています。加えて、昔咲いていたホウセンカが、なぜ今阿久津の独房にいるのか。ここにはファンタジーながら、ちょっと強引ではあるものの、一応植物学に基づいた、そして仏教的な思想を背景にしたロジックを用意しつつ、観客の興味を掻き立てる仕掛けも宿らせていました。要するに、地味な映画に見えて、ちゃんとむちゃくちゃ面白いんです。漫画、アニメ、実写映画と自分の話を展開させてきた此元和津也作品の良さが凝縮していて、マジックリアリズム的なスタンスに見事に着地しています。

©此元和津也/ホウセンカ製作委員会
キャラクターの動きや会話の雰囲気は、アニメの先行作品というよりは、北野武の映画に通じるところがありました。社会のはみ出し者が取る、巷に流布する善悪と違った行動規範に基づく不器用な純愛がテーマというのは、まさにそうですよね。『HANA-BI』という北野映画の名作がありますが、あれは念頭にあったでしょうね。今作においても打ち上げ花火は重要な役割を果たします。あの海辺の町に打ち上がる花火は、単に美しいモチーフというだけでなく、映画全体のチャプターを分ける効果を果たしていて、アニメ表現としても見事でした。ホウセンカの種が弾けて飛び散る動きともシンクロするし、最初の花火から数年して打ち上げる時には、アパートの庭からの景色が変化していましたね。あれは阿久津の可能性や未来が狭まっていることを示唆しているとも取れます。あと、阿久津には特殊かつ正確な空間認識能力があって、正確なデッサンができる絵心もありました。最初に花火が打ち上がる時に挟まれる庭を描いた鉛筆画も、今思えば伏線だったし、この映画における時間という重要なテーマをさりげなく観客に植え付けていました。

©此元和津也/ホウセンカ製作委員会
そう、この作品は90分の上映時間の間に数十年の時間を行ったり来たりします。その時間の振り子の中で、命、そして劇中で「大逆転」という言葉で表現される誰かをずっと想い続ける尊い感情と人生をかけた夢を描いています。それは確かに僕たち観客の心を動かすし、温めてもくれます。木下麦と此元和津也のコンビは、日本のアニメの新たな地平の開拓者として未来を見ています。あなたも『ホウセンカ』を劇場で観て、ふたりの眼差しを確認してください。
サウンドトラックはバンドceroが手掛けています。とても良かったので、これからもこの手の仕事でまた引き合いがあるんじゃないかと思いますよ。中でもこの挿入歌は、劇中では阿久津と那奈が段ボール箱のガムテープを剥がす音と電子レンジのチンという音を使ってリズムを作っていく、生活音のリズムに気づく流れが楽しいシーンでした。2回この曲のメロディーが使われるとあって、伏線としても効果的でしたね。

さ〜て、次回ですが、来週は文化の日でCIAO 765はホリデースペシャルver.になることから、CIAO CINEMAのコーナーはお休みです。ということで、再来週、11月10日(月)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『ローズ家〜崖っぷちの夫婦〜』です。ぴあ関西版の華崎さんが番組で注目作として紹介してくれていた時から楽しみにしていたんですよ。僕、大人の喧嘩ものって、結構好きなもので。さぁ、あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、Xで #まちゃお765 を付けてのポスト、お願いしますね。待ってま〜す!