京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

アニメ映画『神々の山嶺』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 7月19日放送分
アニメ映画『神々の山嶺』短評のDJ'sカット版です。

雑誌カメラマンの深町は、ネパールのカトマンズを取材で訪れていました。そこで見かけたのが、長らく消息不明になっていた伝説のクライマー羽生。羽生はその時、1台のカメラを持って再び姿を消します。そのカメラとは、1924年、人類初のエベレスト登頂に挑んで行方不明になったイギリスの登山家マロリーの遺品と思しきもの。あのカメラに残っているフィルムを現像すれば、エベレスト初登頂を巡る歴史を塗り替えるスクープをものにできるかもしれない。野心に駆られた深町は、カメラを追って、羽生の半生を調べ始めます。

神々の山嶺(上) (集英社文庫) 神々の山嶺 1 (ヤングジャンプコミックスDIGITAL)

 夢枕獏が98年に発表した同名小説は、谷口ジローが漫画化して大きな反響を呼び、フランスでも翻訳されると、あちらだけで累計38万部というベストセラーになりました。それを読んで感銘を受けたフランスの映像プロデューサー、ジャン=シャルル・オストレロがアニメ映画化に乗り出し、監督にパトリック・インバートを迎えながら、7年の歳月をかけて完成した力作です。フランスのアカデミー賞にあたるセザール賞では、長編アニメーション賞を獲得しました。

 
僕は、先週木曜日の夜、MOVIX京都で鑑賞しました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

原作の小説は文庫で上下巻、合わせて1000ページを超える分厚さです。大きな山ほど裾野も大きくなるように、文字としての物語は壮大に広がりました。谷口ジローは、繊細で綿密であると同時に力強い、卓越したデッサン力を武器に漫画化しましたが、それでも単行本にして5巻あります。とはいえ、この時点で文字が一度映像に置き換わっていたわけで、アニメ化するのは比較的容易に思えるかも知れませんが、いくらそこを指針にするにしても、この壮大なストーリーをただのハイライトに終わらせることなく、高い密度を保ったまま1本の映画の中に凝縮させるのは至難の技です。プロデューサーは、まず谷口ジローにコンタクトを取りつつ、シナリオを何度も練り直して、その脚本と下絵を見てもらったそうです。実はその直後に谷口ジローは亡くなるわけですが、原作小説の漫画的脚色をさらにアニメ的脚色にする設計図について、そこで好感触を得たことは、映画スタッフたちの大きな力になりました。

(C)Le Sommet des Dieux - 2021 / Julianne Films / Folivari / Melusine Productions / France 3 Cinema / Aura Cinema
具体的には、主人公である深町と羽生ふたりから広がる人間関係の枝葉を大胆に切り落として、あらすじで紹介したふたつの謎を軸に据えました。つまりは、1953年とされるエベレスト初登頂のはるか30年前にマロリーがその頂きに立っていたかもしれないというロマンをくすぐる古いカメラの存在。そして、なぜかある時から消息を絶っていた羽生がなぜそのカメラを手にしていたのかという問題。監督は高畑勲の『おもひでぽろぽろ』を参考にしたと発言しているように、羽生の過去とそれを調査する深町の現在を交錯させて語ることで、ミステリーの体裁をとって観客の興味をしっかり結わえつけながら、作品の実は狙いである、哲学的な領域へと僕たちを誘ってくれます。
 
人はなぜ山に登るのか。有名な言葉がありますよね。「そこに山があるから。そこにエヴェレストがあるから」。これはマロリーがニューヨーク・タイムズの記者からの質問に出した回答でした。これは登山だけではなく、何かを成し遂げようとする時、生み出そうとする時、人はなぜ孤独を覚えてでも命をかけてでも取り組むのかという問いにこの映画は踏み込むんです。羽生という孤高の存在に、カメラマンという観客に比較的近い存在である深町がザイルをかけるようにして取りつくうち、だんだんとふたりは物理的にも精神的にも近づいていきます。つまり、僕ら観客も擬似的に、映画館にいながらにして、マロリーのあの名言の簡潔にして深い言葉の何たるかに手をかけることになる。どれほどゾクゾクすることか。

(C)Le Sommet des Dieux - 2021 / Julianne Films / Folivari / Melusine Productions / France 3 Cinema / Aura Cinema
一度日本で実写映画化されているこの物語ですが、隅々まで描きこむ画作りと構図が見事だった谷口ジローの絵をいわばベースキャンプにして、そこから荷物を減らして、つまり絵の線を削ぐことで、特に人物の内面を示す表情を端的に示すなど、ゼロからすべてを描き込んでいくアニメだからこそ、僕はより高いレベルでテーマに迫っていると考えます。山でしか聴こえない数々の音の再現もすごかったし、高山病によってもたらされる強烈な頭痛の描写や、極限状態で見える幻覚についても、アニメの強みを活かして真に迫っていました。とにかく僕は大満足。これ、ネットフリックスが世界配信権を獲得しているんですが、映画館で体験できたのは貴重でした。音もすごいし、パノラマも圧巻なので、限られた上映回数になってきていますが、今のうちにぜひ劇場で!
曲はサントラからではありません。雰囲気も神々の山嶺とはまるで違うんですが、何者もおれをとめられない。世界のいただきに立つんだすべてをかけてと勢いよく歌っていたVan Halenで、あなたを映画館へ後押しだと、Top of The Worldお送りしました。

さ〜て、次回、2022年7月26日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『ソー:ラブ&サンダー』ヴァン・ヘイレンをかけたことが呼び水になったのか、ガンズのハードロックがゴロゴロピッカンと鳴り響く雷神ソーの最新作になりました。当コーナーでは比較的縁遠いマーベルですが、久々に観に行ってきます。あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!