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京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝紹介グループ「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM802で行っている映画短評について綴ります。

『ラ・ラ・ランド』短評

FM802 Ciao! MUSICA 2017年3月10日放送分
『ラ・ラ・ランド』短評のDJ's カット版です。
本当は3月3日の放送で扱う予定だったこの作品ですが、僕野村雅夫のインフルエンザ罹患による病欠のため、今週に持ち越しとなったこと、改めてご報告しておきます。

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夢をかなえたい人があちこちから集まる街、ロサンゼルス。映画スタジオのカフェで働く、エマ・ストーン演じるミアは女優を目指しているんだけれど、オーディションには毎度落ちてばかり。片やライアン・ゴズリング演じるセブは、いつか自分の店を持ちたいと夢見るジャズ・ピアニスト。ふたりは何度かの偶然の出会いを通して恋に落ち、互いの夢を応援するのだが…
 
監督は『セッション』のデイミアン・チャゼル。まだ32歳。これが長編2本目。史上最多の14ノミネートとなったアカデミー賞では、1931年以来の最年少となる監督賞、主演女優賞、主題歌賞、作曲賞、撮影賞、そして美術賞と、もちろん最多の6部門を獲得しました。
 
この作品については大絶賛と、それに対抗する強烈な批判が乱れ飛んでいる状況で、正直なところ批評は難しいというかやりにくいんですが、僕も僕なりにささやかですが喋ってみます。世の中に流れている、特に文字情報で出ている意見に比べれば、スパイス程度にしか話せませんが、やってみるか。
 
それでは、映画短評という名の3分間のクリティカル・トリップ、今週はラ・ラ・ランドへいざ入場。

この映画の主人公は、自分の夢を叶えることを人生における最上位課題とする「愛すべき愚か者たち」です。ハリウッドで大女優になりたいミアの夢。自分ならではの個性あるジャズの店を開きたいセブの夢。そして、もうひとつ、チャゼル監督自身の映画を撮る夢。さらに、僕はそこに、映画というシステムが持つ夢のような機能そのものも強く意識して作られていると思うんです。これ、鼻につくとか不正確だとか揚げ足も取られているおびただしいオマージュ(目配せ)のことを言ってるんじゃなくて、映画そのものが「夢を見せてくれる装置」だってことを活かした作りになってるんじゃないかと。
 
2箇所に絞って例を挙げます。ひとつは、ミアがセブの弾くピアノの音色に誘われてクラブに入り、ふたりがあの高速道路以来の偶然の再会をするところ。僕が予告を観すぎていたせいもあるだろうけど、しっかり予想を裏切ってきますよね。「ええ!?」っていう。あそこは言わば、まさに夢のような、映画のような恋の展開と、「そう甘くないで」っていう現実の双方を意識させられるわけですよ。ははぁ、このテイストなんだ、面白くなってきたで〜。僕は手ぐすね引きましたけど、それは置いといて…
 
もうひとつは、あのエンディングです。ミアとセブの再会。セブの奏でるピアノの音色に耳を澄ませながら、ミアは「ありえたかもしれない過去を思い出す」わけです。そこで何と、今言ったシーンが別の形で再現される。記憶と過去が書き換えられる。かつて思い描いた夢の中。もうひとつの人生を束の間、彼女は生きる。そして、現実に戻ってくる。何かを悟ったようにうなずくセブ。それを見るミア。純映画的、映画ならではの表現で、これは僕ら観客が映画に求めていることでもあり、ミアの想像は映画体験そのものでもあるという、まあビタースイートな名場面です。
 
この2箇所に共通しているのは、その導入がセブのピアノであること。FM802リスナーであればわかると思いますが、ふと聴こえてきた音楽が夢の入口になったり、その夢を魅力あるものにもしてくれることがある。ミュージカルだから当然と言えば当然ではあるけれど、ふたりの人生の転機に音楽を伴わせていること、そしてそこに「映画」というものの本質的な喜びを伴わせていること、この2点を見事にやってのけただけで、僕はもうスタンディングオベーションでした。
 
確かにラブ・ストーリーとして新鮮味には欠けるかもしれない。ふたりが抱える葛藤やフラストレーションが十全には伝わってこないかもしれない。でも、一度でも今の自分ではない何かになりたいと思ったことのある人ならば、たとえばミアが大事なオーディションで披露したあの”The Fools Who Dream”という「夢見る愚か者たち」の賛歌を聴いて涙しないわけにはいかないでしょう。
 
”You’re a baby”と言われていたミアが、なりふり構わず全力で自分の夢に向かう姿と、その後、大胆な省略を挟んで繰り広げられる先ほど僕が褒めたシーンがつながっていくあたり。チャゼル監督は歌も踊りも吹き替えを使わずにあえて完璧でないままに残したのは、ふたりが何者かになりたくて不完全ながらも最終的に突き進んでいったことを文字通り体現させるためではないか。
 
今年は実はジャズ・レコードの歴史が始まって100周年です。映画に音が付いて90周年。最初のトーキーは『ジャズ・シンガー』という作品だと言われています。『ラ・ラ・ランド』は純ミュージカルではない。サントラのジャンルもつぎはぎですよ。意地悪に見ればごちゃ混ぜ。でも、はっきり言えるのは、純映画的な喜びに満ちた、しかも2010年代だからこその、音楽恋愛劇をチャゼルは完全オリジナルで作りきって人々をこれだけ高揚させ、それがアカデミー賞での多数の評価へと結びついた。
 
映画と音楽のファンとして、僕はこの映画作品を通し、今一度「映画という夢」を見ることができたすばらしい体験でした。
↑ 生放送ではここまで。


絶賛の声が多いオープニングのダンスシーン。もう褒めなくていいか、とも思ったんですが、一応(笑)

ウィークエンド [DVD]

ポイントはカーステレオ。ジャン=リュック・ゴダールの『ウィークエンド』という映画を彷彿とさせる、渋滞中の高速道路のカメラ横移動から始まるんだけど、車の1台1台に個性があって、人種も様々で、カーステレオから鳴るラジオや音楽もそれぞれ。これって、『ラ・ラ・ランド』の住人はこんな風に十人十色でみんな自分たちの夢を見てるんだってことの表れだと僕は理解しました。この映画ではたまたまセブとミアにフォーカスするけど、みんなそれぞれのビートでステップを踏んでいるんだと。「そう、こんな風に」という、ラジオDJがやる映画全体のイントロ紹介的な役割と果たしているのではないかと。で、あの継ぎ目なくワンカットに「見える」、実に面倒な撮影を敢行した。もうつかみとして申し分ないですよ。あの狭い車の間や車の上、そして中と、役者たちは文字通り縦横無尽に動き回るし、フィルムで撮影したカメラもしっかり踊ってる。

これは余談ですが、今作のエンディング、僕が純映画的だと指摘したあのシーンを観ながら思い出したのは、グザヴィエ・ドランの『マミー』でした。あちらでも、「こうあってくれれば」っていう登場人物の願望が挟まれていましたね。

 

『ラ・ラ・ランド』に話を戻して、賛否が分かれるのはある程度仕方ないにしても、観るたびに発見のある、間口の広い豊かなテクストであることに異論はないのではないでしょうか。たくさんの映画を鑑賞し直したり、「新しく発見」したくなる仕掛けが随所にあります。音楽については僕にも言いたいことがないわけではないのですが、映画については十分「愛情のある」作品。こういうビッグタイトルを「踏み絵」にするような態度を取る好戦的な映画評論には、僕はどうにも馴染めない。そもそも、「踏み絵」なんて言葉を軽々しく持ち出す人は、『沈黙』を思い出してくれと。僕はそう思います。


さ〜て、次回、3月17日(金)の109シネマズ FRIDAY NEW CINEMA CLUBで扱う映画 aka「映画の女神様から授かったお告げ」は、『モアナと伝説の海』です。ゴズリング祭を終えて海へと漕ぎ出します。あなたも観たら #ciao802を付けてのTweetをよろしく!

 

 

「バルゼッレッテ」でイタリアを楽しもう!

「バルゼッレッテ」でイタリアを楽しもう!

3月19日開催、京都ドーナッツクラブ主催イベントのお知らせです。

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バルゼッレッテ(バルゼッレッタ)とは、イタリアのジョーク、笑い話のこと。バルゼッレッテを通してイタリアを見れば、イタリアの流行、文化、ユーモアセンス、すべてを笑いながら理解できる!

時事ネタ・地域ネタからちょっと大人のジョークまで。長年イタリア語翻訳を手がけてきたドーナッツクラブが選りすぐったバルゼッレッテで、笑ってためになる120分!

野村雅夫、有北雅彦、二宮大輔のドーナッツメンバーが、バルゼッレッテを材料にお送りする楽しいトークショー。イタリア語を知らなくても楽しめるよ!


★★★「バルゼッレッテでイタリアを楽しもう!」

出演:野村雅夫 有北雅彦 二宮大輔
日程:2017年3月19日(日) 開場13:30/開演14:00
チケット:前売1,500円(当日2,000円)+1ドリンク500円

会場はドーナッツクラブのオフィス兼イベントスペース・チルコロ京都。

お申し込みは→コチラから!

『ナイスガイズ!』短評

FM802 Ciao! MUSICA 2017年2月24日放送分
『ナイスガイズ!』短評のDJ's カット版です。

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妻を亡くし、13歳の愛娘とふたり暮らしの私立探偵マーチ。酒ばかり煽りながら、冴えない依頼を冴えない仕事ぶりでこなし、冴えない日々を送っている。示談屋のヒーリーは、頭というより腕力に物を言わせて物事を解決するタイプだけれど、女子どもは尊重して守るべきだという正義感に基づいて行動している。ある女性の捜索をきっかけにコンビを組んだふたりは、ある映画にまつわる連続殺人事件と国家レベルの陰謀に巻き込まれていくクライム・アクション・サスペンスといったところ。ま、全体としてはコメディーだけど。
 
探偵のマーチは今をときめくライアン・ゴズリング。凸凹コンビのお相手ヒーリーをラッセル・クロウが演じています。さらに、水原希子に顔の雰囲気がちょっと似てる13歳の娘は、アンガーリー・ライスが担当。アンガーリーちゃん、今後もっと演技を観てみたいかわいこちゃんでした。
 
監督は「キスキス・バンバン」や「アイアンマン3」のシェーン・ブラックが務めています。今週も3分間で映画短評、それではアクション!


この映画が気に入らない人は、その欠点をこうあげつらうかもしれません。なんだかんだごちゃごちゃ展開した割に、謎解きのカタルシスが弱いとか、悪役のキャラクターが弱いとか、二度あるパーティーの場面が似たり寄ったりだとか、どうでもいい話の枝葉が多いとか。僕はこの映画かなり気に入っているので、ひとつひとつ反論して擁護していきます。

 

謎解きのカタルシスが弱い? 『ナイス・ガイズ!』の見どころはあっと驚くどんでん返しにあるんじゃなくて、ライアン・ゴズリングラッセル・クロウのコンビそのものです。イケメンだけど、うだつが上がらない。飲んだくれだけど、決める時には決めたくて、その度に見事にしくじってる。推理も当たりそうで当たらない。当たってもまぐれ当たりなマーチ。「ジーザス!」などとビビってしょっちゅう裏返る声とその機敏だけど無駄な動きが最高でした。担当はボケです。
 
そのお相手は、対象的に、もはや熊としか言いようがない体躯のラッセル・クロウ。少々しんどそうな動きだけれど、その分凄みと重みを備えていました。だいたい対処が遅れがちではあるものの、それなりに冷静ではあって、その遅れを腕力で取り戻している感じのヒーリー。担当はツッコミです。
 
基本的にふたりとも小物です。そんなふたりがなぜこんな大事に命を懸けるのかわからないという人もいるかもしれませんが、そうじゃなくて単に巻き込まれてるんです。最初から事の真相がわかっていれば引き受けていたかどうか怪しい。まさに凸凹なコンビの中年が漫才よろしくボンクラな会話とトンチンカンな行動を取るうちに、謎がたまたま解けただけのこと。ホームズじゃないんですよ。その珍道中的プロセスこそ本筋なんです。だから、枝葉が多いという意見も却下! 枝葉が幹なんです。それに、枝葉だって、その大部分が伏線として後に回収されてましたからね。
 
悪役のキャラクターが弱い? 主役のふたりが強すぎるだけのことです。プラス、マーチの娘がいますからね。彼女がまたマセてて最高なんだ。マーチが父親ならこうなるか。13歳にして父ちゃんのハンドルキーパーまでやってのけますから。「パパは世界でも最低の探偵」と言い切るわりには、マーチのそれっぽい推理にはちょっと感心しちゃったりなんかして。褒められたもんじゃないけど、微笑ましい関係性で、互いに求め合ってる。
 
二度あるパーティーの場面が似たり寄ったり? 天丼という繰り返しのギャグとその効果はご存知ですよね? ゴズリングは今作で何度落下するんでしょうか。人生でも落ちぶれてるのに、彼はそこかしこから物理的に落っこちますね。なのに特に学びませんね。「またやってるよ〜」というルパン三世的な繰り返しの美学と快楽を追い求めた意図的演出だと僕は思います。
 
汚い言葉は多いし、そこそこエグい場面もあるし、それこそ無駄なお色気サービスもあるんですけど、この過剰さが魅力。オープニングの展開にはビックリしたでしょ? そんなバカな! 途中から出てくる非常な殺し屋のトゥーマッチぶりも良かったですよ。そこでマシンガン要るか? 殺し屋のいるところへ乗り込んでいく凸凹コンビがすごすごと引き返すくだりのブラックジョークも最高です。人が痛い目にあってるんだけど、笑うしかないでしょ、あれは。
 
70年代半ばが舞台でありながら、陰謀がアメリカの自動車産業を巡るものだっていうのも、トランプ政権下の現在アクチュアルです。陰謀が渦巻くきっかけとなる不正も、日本も含めヨーロッパでも残念ながら最近話題になったし、これまた今っぽい。でも、そのいずれも、単なる偶然の賜物だろうってこともこの映画っぽくていいです。
 
以上の理由から、僕はこの親子と熊の3人が大好きです。黄金のトライアングルとも言うべきこいつらのしょうもないハッスルを、ファンキーでグルーヴィーな音楽とともに、ぜひもう1本くらいは同じ座組で観たいところです。


さ〜て、次回、3月3日(金)109シネマズ FRIDAY NEW CINEMA CLUBで扱う映画 aka「映画の女神様から授かったお告げ」は、『ラ・ラ・ランド』です。またもやゴズリング! あなたも観たら #ciao802を付けてのTweetをよろしく!

 

『サバイバルファミリー』短評

FM802 Ciao! MUSICA 2017年2月17日放送分
『サバイバルファミリー』短評のDJ's カット版です。

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矢口史靖監督最新作。現在49歳。8mmフィルムで映画を撮り始めた、ほとんど最後の世代じゃないでしょうか。代表作は『ウォーターボーイズ』『スウィングガールズ』『ハッピーフライト』、そして近年の傑作『WOOD JOB! 〜神去なあなあ日常〜』。少なくとも長編映画ではすべて自分で脚本も手がける、作家性の強い監督と言えます。
 
今回は映画のコピーがしっかりテーマを言い当てているので引用すると、「すべてがOFFになると人間がONになる」。大まかには、そんな話です。原因不明の大停電に見舞われた世界。乾電池まで含め、とにかくすべての電化製品が使えない。東京に暮らすごくごく普通の4人家族鈴木家も、見る間に暮らしに支障をきたしてしまい、妻の実家である鹿児島を目指して自転車での移動を開始。東京を脱出したものの、果たして4人はサバイブできるのか。
 
お父さんを小日向文世、お母さんを深津絵里が演じる他、時任三郎柄本明大地康雄など、個性派の俳優たちがいい味を要所で出しています。
 
それでは、ラジオ業界をなんとかサバイブしてもうすぐ9年の野村雅夫が、今週も3分間で短評です。レッツゴー。

矢口史靖監督のヒット作は、いずれも特殊だったり専門的だったりして、僕らの身近にはありながらも詳しくはわからない世界を覗かせてくれます。独自のセンスで映画ならではの笑いどころを用意しながら、時に情熱的に時にクールに、その特殊かつ専門的な世界が愛おしくなるように展開させる。そんな距離は近いのに心理的には遠かった未知の世界を通して、観客たちの日常や常識を風刺したり批評したりもしてきました。だのに、辛気臭くも説教臭くもなくて、れっきとしたエンターテインメントになってる。結果として、伊丹十三的とも言える独自の作家性を持つ現代日本映画界最重要監督のひとりだと言って差し支えないと僕は思います。

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そんな監督が選んだモチーフ、今回は電気。どうしたって2011年東日本大震災を思い起こしてしまう設定ですが、実は構想し始めたのは2002年で、その翌年に起きた北アメリカ大停電に直接的なヒントを得つつ、脚本を練り上げていったようです。電気が使えなくなる理由がわからないのが僕はいいなと思っているんですが、できあがった映画は、ディザスタームービーの要素を含んだSFコメディーといったテイストになりました。矢口監督作には欠かせない、平凡の象徴としての鈴木さんたちが特殊な状況下に置かれるという意味では、やっぱり矢口史靖っぽいんだけど、なにしろ大規模な災害が題材なので、考慮に入れないといけない範囲がムチャムチャ広いというのはこれまでにない特徴かもしれません。そのあたりが、この作品のウィークポイントになってしまってもいます。
 
具体的に触れていきましょう。まず鈴木家の中です。4人のキャラクター描写が、まあお上手なこと。大黒柱を気取ってるけど、その実たいして何もできない父親。一応の家庭の切り盛りはできるものの、ヘラヘラふわふわ右往左往している母親。デジタルオタクでミニマリスト、ヘッドホンで自分の殻に閉じこもっている大学生の兄。スマホとつけまつげ命で狭い人間関係の中を何とか渡り歩いている女子高校生の妹。ちょっとキャラを際立たせ過ぎかなと思わないでもないけれど、後々のそれぞれと関係性の変化が見どころになることを考えると、これぐらいはやっておかないといけないという判断でしょう。冒頭の食事のシーンが素晴らしい。全員が食卓につくことなんて絶対になくて、みんなバラバラ。仲が悪いとか険悪なムードが立ち込めてるわけじゃないんだけど、それだけに余計にたちが悪い家族間のぎこちないコミュニケーションっていうかな。ぼんやりした絶望のようなものをよく捉えていると思います。演技面の演出での過剰さとか、いかにも過ぎるセリフのやり取りが鼻につくところもなくはないけど、矢口監督は現実そのままよりも、イメージをそのまま見せてリアリティを感じさせる人だと思うので、そこは僕はむしろ容認するというか面白がるタイプの観客です。
 
ともかく、鈴木家それぞれの性格と関係が停電によってどう変化するかってことなんですけど、日々のルーティンの中で摩耗していた家族の絆が回復してより強固なものになるという王道の展開は、まあ、そりゃあるとして、そのひとつひとつのプロセス、一癖も二癖もある人々との交錯が面白い。
 
さらには、その水飲めるんだ。そっちは飲めないんだ。そこは通れなくなるんだ。意外な施設に人が集まるんだ。などなど、矢口印の徹底リサーチに基づいた小ネタの数々が奮ってます。最初こそね、僕もちょいバカにして笑ってたフシがあるんですよ。たとえば、電車も止まってるっていうのに、鹿児島へ飛行機で行くなんていう父親の計画に家族の誰も反対しないところなんて、「この状況で空港が使えるわけないだろ」って上からツッコんでしまう。ところがですよ、だんだん、だんだん、この状況なら僕はどうする私はどうすると想像するにつけ、答えがそう簡単には思い浮かばなくて、鈴木家のことを笑ってばかりはいられなくなってくる。その意味で災害シミュレーションとしてもよくできてる。
 
映像面では、こんな設定なのにCGは全然使わずにロケで押し切ってるところは評価できますよ。実際に高速道路であんな大規模な撮影ができたのも、絵としての説得力を持たせた大きな要因になっています。そもそも、脚本の展開がしっかり練られているので、余計な回想も必要ないし、ましてやおせっかいな説明ゼリフもほぼない。サントラに頼った演出もまるでない。さすがのクオリティです。
 
がしかし、弱点も指摘しておきます。大災害が起きても、あくまで鈴木家にフォーカスをするのは、予算的にも、そして監督の作家性の面でもわかるんだけど、災害のスケール感が伝わったかというと、それは希薄なんです。もっと凄惨でもっと過酷なことになってるはずなのに、なんかのほほんとしてる部分が前に出ちゃうから、いくらメイクで体を張ってキツい状態を演技されても、どこか余計な滑稽さが出ちゃうのは少し残念でした。あくまで鈴木家を通してでいいから、日本社会のそれこそ弱点をもっと痛烈に浮き彫りにする局面がほしかったかな。
 
とはいえ、僕らがどれほど電気に依存しているのか。自分で生きるというより、文明の利器に生かされているのか、そのありがたみと表裏一体の怖さはしっかり描けていたので、観る僕らはのほほんとしてていいから、『サバイバルファミリー』はとにかく観てほしい。強くオススメします。


番組ではもちろんフルでかけたこの主題歌”Hard Times Come Again No More”。僕の好きな歌い手であるShantiの歌声が沁みるんだこれが。

 

さ〜て、次回、2月24日(金)109シネマズ FRIDAY NEW CINEMA CLUBで扱う映画 aka「映画の女神様から授かったお告げ」は、『ナイスガイズ!』です。ゴズリング祭り! あなたも観たら #ciao802を付けてのTweetをよろしく!

『ミス・ペレグリンと奇妙なこどもたち』短評

FM802 Ciao! MUSICA 2017年2月10日放送分

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原作があります。僕は読んでいなかったんですが、アメリカで2011年に発表されて300万部を超えるロングセラーとなっているランサム・ルグズの小説『ハヤブサが守る家』。日本でも複数の翻訳が出ていて、今だと潮(うしお)文庫版で手軽に入手できます。

潮文庫 ミス・ペレグリンと奇妙なこどもたち<上>

フロリダに住む孤独な少年ジェイク。彼の良き理解者だったのがおじいさん。昔から古い写真を見せておとぎ話を語ってくれていました。ところがある日、そのおじいさんが何者かに襲われて凄惨な死をとげます。ジェイクは遺言のような言葉に従ってウェールズの小さな島を訪れる。そこにはおじいさんから聞かされていた「同じ時間」をループして生きる奇妙な能力を持った子どもたちとミス・ペレグリンがいた。ジェイクは彼らと交流するうちに、やがて自分にもある力があることに気づき、迫り来る脅威に立ち向かっていく。
 
監督はティム・バートン。メガホンを取ったのは、このコーナーで2015年に扱った『ビッグ・アイズ』以来2年ぶり。ミス・ペレグリンをフランスの美しきエヴァ・グリーンが演じる他、テレンス・スタンプジュディ・デンチサミュエル・L・ジャクソンといった名優が大人の主要キャラクターを固めています。
 
それでは、意外と怖くて意外とグロテスクなので、隣の席の若い女性が事あるごとにビクッビクッとしていたこの作品を3分間の短評します。行ってみよう!

まず触れておきたいのは原題です。Miss Peregrine’s Home for Peculiar Children。ペレグリンハヤブサなんで、直訳すれば「奇妙な子どもたちのためのハヤブサ姉さんの家」ってことなんだけど、この「奇妙な」という言葉。僕はてっきりStrangeだと思ってたら違う。peculiarはstrangeと似てるんだけど、ちょっと違う。特徴が他と違うばかりか、特殊、独特、もっと言うと、他にない固有なものを指す時に使う言葉。
 
いくつか作品を観ればすぐにわかることですが、peculiarというのは実にティム・バートンらしいテーマで、誰かと群れて他人と同化して生きる周囲の人間とは違うpeculiarであるがゆえに孤独な登場人物が、自分の居場所や生き方を模索していくことが多いように思います。その意味では、今作だと主人公のジェイクがまさにそう。彼は周囲となじめないんですよね。彼のことを理解してくれる人がほとんどいない。ここが重要なんですが、彼は自分のことを普通で没個性的だと思っているんだけど、やがて自分にも能力があることがわかり、後半ではすごくイキイキとして目覚ましい活躍を見せる。お話の幹として、ジェイクのアイデンティティの獲得と成長があります。そんな彼を見守るのが擬似的な母親ミス・ペレグリンであり、奇妙なこどもたちとの恋心も交えた交流が彼を目覚めさせていきます。

ビッグ・アイズ [DVD]

前作が『ビッグ・アイズ』だったことも象徴的だけど、今回も最重要モチーフは「目」でしたね。キャスティングのポイントは明らかに目力だろうし、それを強調するメイクとカメラアングルが徹底して採用されていました。特にエヴァ・グリーンの瞳はもう吸い込まれそうで、僕は何度かその魅力に打ちひしがれて石になってしまいそうでした。それはともかく、邪悪な能力者たちとの戦いにおいても「目玉」が大事でしたよね。死体からは目玉がくり抜かれるし、目玉を食べれば人間の姿に戻れる。ジェイクの能力は他の人に見えないものが見えるというものです。映画は目で見るメディアだし、自分らしい生き方を模索するのは、比喩を使えば開眼して世界と人生を見つめ直すからこそできることでしょう。
 
この作品は、バートンがジョニー・デップとのタッグに気を使わず、目を見張るアイデアの数々と色彩感覚を駆使して、自分の価値観を封じ込めようとした意欲作だという評価は間違いなくできます。基本的にはどこを切り取ってもワクワクです。
 
ただ、文庫で600ページほどある遠大な物語を2時間強の中にバランス良く語れたかというと別問題。これは類似点を指摘する人の多い「X-メン」シリーズを手掛けた脚本家ジェーン・ゴールドマンの問題かもしれないけれど、後半では明らかに整理不足。彼らそれぞれの能力とタイムトリップやタイムループ、そして善悪の戦い、永遠の命、そしてジェイクの葛藤。すべてを一気に強火で煮立てるもんだから、それぞれの火の通り方がマチマチで、要素がうまく溶け合ってないし、味がまとまってません。多くの人は、その解決策として前半をもっとサクサク進めた方がいいんじゃないかと指摘してますけど、僕はむしろ前半のペースで丁寧に最後まで観たかった。なので、上下に分けるとか、思い切ってメディアを変えてドラマで何話かの連作にするのも手だったかなぁ。
 
とはいえ、やっぱりひとつひとつのカットの構図はすばらしいし、キャラクターのビジュアライズもさすがはティム・バートンとしか言いようがなく、十二分に面白い映画を観たという満足感を得られる痛快な1本だとは断言できます。
 
=追記=
 
それを言っちゃおしまいよってことになるかもしれませんが、僕は全体的に内向きなバートンの世界観には納得しづらいところもあります。今回のエンディングがまさにそうでした。何が幸福かはそれぞれが決める相対的なものだということは理解できても、時間という本来は不可逆なものをいじってまでそこを追求されると、「それじゃ単なる現実逃避じゃねーか」とツッコミたくもなる。でも、それこそ映画を観まくるのだって現実逃避なわけで、全面的に否定したいわけではもちろんないし、結局まんまと幸せについて考えさせられているわけだから、バートンの思うツボなのかもしれないですけどね。


さ〜て、次回、2月17日(金)109シネマズ FRIDAY NEW CINEMA CLUBで扱う映画 aka「映画の女神様から授かったお告げ」は、『サバイバルファミリー』です。矢口史靖監督、楽しみだよぉ。あなたも観たら #ciao802を付けてのTweetをよろしく!

寿司くんがチルコロにやってくる!「あつまれ!寿司くんの世界」

寿司くんがチルコロ京都にやってくる!

2月19日開催、京都ドーナッツクラブ主催イベントのお知らせです。

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岡崎体育「MUSIC VIDEO」などで知られる映像作家・寿司くんがチルコロ京都にやってくる! 映像のみならず、バンド「ヤバイTシャツ屋さん」としてメジャーデビューするなど、マルチな才能を発揮し続ける寿司くん。その映像を存分に味わいながら、創作の裏側に密着トーク! レアな映像もお蔵出しの120分。これは楽しい!

★★★寿司くん映像&トークイベント

 「あつまれ!寿司くんの世界」

出演:寿司くん × 野村雅夫
日程:2017年2月19日(日) 開場14:30/開演15:00
チケット:前売1,500円(当日1,800円)+1ドリンク500円

会場はドーナッツクラブのオフィス兼イベントスペース・チルコロ京都

お申し込みは→コチラから!


【自主制作アニメ】 寿司くん 第一話「出会い」(sushi-kun)

【寿司くん(こやまたくや) PROFILE】
1992年、京都府生まれ。映像作家。大阪芸術大学芸術学部映像学科卒。
アニメや実写ミュージックビデオなどを中心に制作活動を行う。代表作はアニメ「寿司くん」シリーズ、岡崎体育「MUSIC VIDEO」など。
大学の卒業制作作品、映画「あつまれ!わくわくパーク」が第19回文化庁メディア芸術祭審査委員会推薦作品に選出された。
並行して音楽活動も行なっており、2016年11月、"ヤバイTシャツ屋さん"としてユニバーサルミュージックよりメジャーデビュー。

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『ドクター・ストレンジ』短評

FM802 Ciao! MUSICA 2017年2月3日放送分
『ドクター・ストレンジ』短評のDJ's カット版です。

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ご存知、アメコミの実写化「マーベル・シネマティック・ユニバース」の新作ですが、オリジナルは1963年と、実はキャラとして50歳を超えてるんですね。
 
元天才外科医にして魔術の使い手ドクター・ストレンジ。腕は立つが傲慢さが鼻につく外科医ストレンジが、交通事故によってゴッドハンドを失います。失意の彼を救ったのは人智を超えた力を操る魔術。ネパールで厳しい修行を重ねるにつれ、ストレンジの行く手には闇の魔術が立ちはだかります。元医者という異色のヒーローがいかにして人を救うのか。
 
ドクター・ストレンジをベネディクト・カンバーバッチ、彼の指導者エンシェント・ワンをティルダ・スウィントン、ヒロインの救命救急士をレイチェル・マクアダムス、そして闇の魔術師カエシリウスを、『ローグ・ワン』にも出ていたマッツ・ミケルセンが演じます。
 
例によって、アメコミを読む習慣のない僕マチャオが新しいヒーローをどう観たのか。それでは、3分間の短評をスタート!

予告編の時点で多くの人が覚えただろう既視感を僕が代弁すると…
「これ、『インセプション』じゃないの?」っていうことですよね。この目で見てきましたが、ま、絵的にはそんな感じです。『マトリックス』の匂いもプンプンです。闇の魔術へと「転ぶ」キャラがいるというのは、『スター・ウォーズ』っぽくもある。マーベル過去作との比較で言うなら、金持ちで鼻持ちならないミドルエイジの男性という意味では『アイアンマン』のトニー・スタークとも重なるし、量子という異次元に潜り込むという意味では『アントマン』とも通じる。だから、オリジナリティが薄いんだといった批判も成立するとは思うんですが、僕に言わせれば、既存のアイデアをかき集めたものであったとしても、見せ方次第でいくらでも面白くなるんですよ。その点、手放しに褒めはしませんが、オリジナリティは確実に合格ラインを越えたと思います。

インセプション (字幕版)  マトリックス (字幕版) アントマン (字幕版)

まず何と言っても『インセプション』ぽい映像ですが、予告以上であることは断言できます。もはや痛快というレベルまでやり過ぎてます。立体テトリスみたいな感じかなと思いきや、そこに歪みやねじれが加わってきますから、もう何がなんだかで圧巻です。ぜひIMAX 3Dで、めくるめく映像体験をしてください。1分。その意味では、スピリチュアルな多元世界の存在に懐疑的なストレンジがエンシェント・ワンに最初に体験させられる、というか、魂を飛ばされるシーンも、バッチリやり過ぎていて好感が持てました。『2001年宇宙の旅』もチラッと思い出す、サイケかつドラッギーな感覚が味わえます。

2001年宇宙の旅 (字幕版) 『2001年宇宙の旅』講義 (平凡社新書)

ストレンジが体得するこの魔術の多元的な世界の理屈を理解する作業は、正直、僕は途中で放棄しました。だって、何でもありなんですもん。手元からどこでもドアは出せるし、肉体から飛び出した魂のバトルとか面白いけど、なんで時々現実にも風が起きたりどこかにぶつかったり影響が出るのか、僕には説明できません。
 
監督が、この作品をきっかけに、「マーベル・シネマティック・ユニバースから、マーベル・シネマティック・マルチバースへ」と息巻いてる様子をインタビューで読んで、なるほど、うまいこと言うねえ、ユニバース(普遍)からマルチバース(多元)か… いや、これ以上ややこしくせんといて!!!
 
じゃあ、僕が話に置いていかれたのかというと、実はそうではないんですよ。もはや科学じゃないし、理屈はよくわからないんですけど、言わずもがなの魅力であるストレンジのマントを筆頭に、登場するガジェットの類にしっかりそそられます。全体的に敵の魅力が弱いのと、なぜ敵に打ち勝てたのか、理屈がわかりにくいところもありますが、元医者という特性があちこちに活かされていて、ストレンジそのもののカッコ良さと彼の抱える葛藤はしっかり伝わってきました。顔見世興行としてはそれでまずハードルクリアでしょう。
 
ド派手な映像に目を奪われがちですが、ストレンジの髭の手入れ具合で彼の心情を補足して表現したり、何度も登場する腕時計が重要な小道具としてテーマとリンクしたりという丁寧な演出に好感が持てます。ギャグは少し子供っぽいけど、コミック原作らしいし、お話の潤滑油として機能していました。特に一連の音楽ギャグは映画オリジナルでしょうけど、どれも笑えましたね。
 
ヒーローだから人を救ってなんぼなわけですけど、元医者の設定が効いてくるのは、「自然の摂理」をいじっていいのかという、倫理的な問いかけですね。最先端の医学は、現実問題としてそこは避けられないテーマですから。それこそ、ダークサイドへ落ちていくきっかけにもなりうる。人間は自然のルールとどう折り合いを付けるべきなのか。そして、多次元の話だから当然出てくる「時間」の問題。時間芸術である映画との相性抜群のテーマ。自然の摂理と時間の問題がどう絡んでくるのか、僕は次回以降でそのあたりを楽しみにしています。
 
途中で申し訳程度に『アベンジャーズ』っていう言葉が出てきて、当たり前の話、どうやら同じ世界にいるらしいことはわかるんだけど、マーベル映画をあまり観てない人でも入っていける独立した作品なので、入り口としても良さそうです。


さ〜て、次回、2月10日(金)109シネマズ FRIDAY NEW CINEMA CLUBで扱う映画 aka「映画の女神様から授かったお告げ」は、『ミス・ペレグリンと奇妙なこどもたち』です。今週に引き続き、ぶっ飛んだ映像が楽しめそうですね。あなたも観たら #ciao802を付けてのTweetをよろしく!