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京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝紹介グループ「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM802で行っている映画短評について綴ります。

あの高い場所へ行きたい  〜『グラムシの遺骸』を観て〜

二宮大輔(ハムエッグ大輔) 演劇 エッセー イタリア

 他のヨーロッパの諸都市がスラリと立つ貴婦人なら、ローマという町はデンとふんぞりかえる太った中年売春婦である、などと言われたりもするらしい。ローマの地下鉄B線ピラミデ下車、徒歩10分の距離にあるガスタンクの鉄塔はそんな場末感漂うローマの象徴だろう。巨大な骨組みでできた円筒型のその塔は、見た目にもたいそう存在感があり、高台から町を一望するなりすぐに目に付く。
 そして、そびえ立つ鉄塔の川向いにあるのがインディア劇場(Teatro India)である。もともと石鹸工場だった場所を立て直したこの劇場で、先日パゾリーニ(Pier Paolo Pasolini)の詩集『グラムシの遺骸』(Le ceneri di Gramsci、 1957年)の舞台化上演があった。黒い板張りの舞台に俳優サンドロ・ロンバルディ(Sandro Lombardi)と振り付け師ヴィルジーリオ・シエーニ(Virglio Sieni)の二人が登場。ロンバルディがパゾリーニの詩を暗誦し、シエーニがそれに呼応するように踊る。それが小一時間ほど続いて終わりである。難解な前衛芸術ととられていまうかもしれないが、詩作品を舞台の上で具現化するという創造力はやはりすさまじいものだと思った。そして上演されたのが他のどこでもなく鉄塔の真向かいにあるインディア劇場だったのだ。
  パゾリーニは1950年、青少年への猥褻行為という自身の引き起こしたスキャンダル(時代背景もあって、事実に尾ひれがついてまわり、かなり大げさに扱われた)によって仕事も居場所も失い、共産党員としての地位も剥奪され、それまで住んでいたイタリア北東部から逃れるようにして、ローマにたどり着いた。そこで彼が見たローマの場末感はさぞ彼の心境にもマッチしたことだろう。ローマを舞台にした数々の作品を残したパゾリーニだが、『グラムシの遺骸』もまたその一つだ(以下、訳は筆者)。

この不純たる空気は五月のものではない
知らない暗い庭園は
さらに暗きを落としては、ときに強い光を放つ
目のくらむような明るさで…この空、
しみ汚れたこの空は黄ばんだ屋根の上
屋根は巨大な半円の中でヴェールとなる
テーヴェレのカーブ、ラツィオの青い山々に
死せる平和が広がり
それを我らが運命と知る…
…そして夕暮れ
まどろむテスタッチョの工場からの
鉄を打つ音が 生気のないおまえに
届くだけ
ぼろい屋根と山積みになったはだかのブリキ
そのあいだで少年がなんとなく歌いながら
一日を終えるころ、まわりでは雨がやむ


 テスタッチョ(Testaccio)はローマの下町の一地区で、アントニオ・グラムシ(Antonio Gramsci)が眠る墓地がある場所だ。その地区にある、今は立ち入り禁止となった小高い山の上から、鉄塔を眺めるパゾリーニの写真が思い出される。淀んだ空気の汚れたローマの春、パゾリーニはテスタッチョの山に登り、鉄塔を眺めてグラムシに話しかけたのだ。