京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『BETTER MAN/ベター・マン』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週月曜、11時台半ばのCIAO CINEMA 4月21日放送分
映画『BETTER MAN/ベター・マン』短評のDJ'sカット版です。

イギリスのポップスターであるロビー・ウィリアムスの半生を映画化した作品ですね。おばあちゃん子として育ったロビーは、エンタメ好きの父親の影響を受け、90年代にオーディションを経てボーイズグループ「テイク・ザット」のメンバーとしてデビューを飾ります。その後、グループを脱退してソロデビューするのですが、成功の影には、名声がもたらした大きな試練がありました。

グレイテスト・ショーマン (字幕版)

監督と共同脚本は、『グレイテスト・ショーマン』のマイケル・グレイシー。振り付けも『グレイテスト・ショーマン』のアシュレイ・ウォーレンが担当しました。話題を集めたのは、主役のロビー・ウィリアムスCGIによって猿になっていることですね。その他、父親のピーターをイギリスのコメディアンでもあるスティーヴ・ペンバートンが演じています。
 
僕は先週木曜日の夕方に大阪ステーションシティシネマで鑑賞してきました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

 

ミュージシャンの伝記映画が気がつけば大流行という状況にあって、僕は正直なところ、ロビー・ウィリアムスやこの春同じタイミングで公開になったファレル・ウィリアムスも映画にするには早すぎるだろうと思ったんです。ロビーは51歳だし、ファレルも52歳ですよ。伝記映画を作るには早すぎる。その思いは今も実は変わりませんが、この2本って、それぞれに驚きの仕掛けがあるわけですよね。ファレルの場合は、LEGOムービーになっている。そして、本作でのロビーは、なんと猿である。なぜ? 僕も観るまではその理由がわからなかったし、「猿にしたのって、そうしたら面白いからっていう軽いノリじゃないの」くらいに想像して劇場へ行ったわけです。そして、観終わった今は、この映画はロビーが猿でなければダメという立場になりました。

(C)2024 Better Man AU Pty Ltd. All rights reserved.
イデアは監督のグレイシーです。彼はロビー・ウィリアムスに自分の人生を語ってもらったところ、ロビーが自分のことを猿にたとえてエピソードを振り返ることに気づいたわけです。俺はパフォーミング・モンキーだと。猿回しの猿です。それはたとえとして面白いし、エンターテイナーとしてのロビーを表現するのに的を射ている。だったら、もう見た目も猿にしてしまおうというわけです。俳優にモーションキャプチャーのスーツを着て演技をしてもらい、それを生身の他の俳優の演技と掛け合わせるのは相当な手間だけれども、それだけの苦労が報われる結果が出ています。まずは、俳優の見た目が本人に似ているかどうかという問題から解放されるという利点がありますね。ロビーはもともと、うだつの上がらない鈍くさい少年で、周囲から浮いた存在だったんですが、やがてスターになってみんなに称賛される存在になっていく。そんな良くも悪くも特別な存在として生きているロビーを猿として実際に周囲から浮き立たせることで、彼の人生の本質を映画的に表現することを可能にもしています。これはグレイシー監督のすごいアイデアだし、発明と言っても良いのではないでしょうか。現代の寓話であり、見世物についての物語であるという側面もしっかり強調できますから。

物語は基本的には時系列に沿って展開していきますが、ロンドンの大通りを封鎖して多数のエキストラと撮影したというミュージカル・シーンや、オール・セインツのニコール・アップルトンと船の上で出会って恋に落ちるロマンティックな場面など、とにかく人を楽しませることが好きで血道を上げてきたロビーの人生を描くのにふさわしい演出だし、そこは『グレイテスト・ショーマン』でも発揮されていたグレイシー監督の手腕が光っていました。同時に、ミュージカルを挟むことで、彼のヒット曲を紹介しつつ、その時々の彼をめぐる環境や心模様のエッセンスを伝えながら、時間を大胆に飛び越えたり端折ったりもできるので、実によく考えられているなと感心させられました。

(C)2024 Better Man AU Pty Ltd. All rights reserved.
一方で、繰り返されるのは、家族との関係です。中でも、ロビーをスポットライトを浴びる世界へと導くことになった父親の存在は極めて重要で、それこそ裏主題歌のようにして繰り返されるフランク・シナトラの『マイ・ウェイ』と重ね合わせた演出が大団円に配置されることで、かなりエモーショナルな効果を上げています。ロイヤル・アルバート・ホールで行われたロビーのコンサート・シーンこそ、僕はこの映画の最大の感動ポイントだし、監督もここが一番描きたかったところじゃないかと思いますね。あそこは父親と息子の複雑にして厄介、そして時に美しくもある関係というものを描ききっていてあっぱれだし、伝記映画うんぬんを別にして普遍的な領域に入ったマジカルな場面でした。ステージで猿が『マイ・ウェイ』を歌っている様子を観て泣くことになるとは夢にも思いませんでしたよ。

(C)2024 Better Man AU Pty Ltd. All rights reserved.
そんな場面まで用意されているわけですから、特にロビー・ウィリアムスのファンでなくとも、彼の人生を知らずとも楽しめる作品です。90年代のボーイズグループやガールズグループを巡る環境やイギリスの雰囲気、そして今年来日もするオアシスとの関係などトリビアも過不足なく描かれているので、むしろ鑑賞後に興味の幅が広がるような作りになっています。公開から時間が経ってしまいましたが、映画館でやっているうちに、パフォーミング・モンキーであるロビー・ウィリアムスに会いに行ってみてください。自分を猿だと思うくらいに自己肯定感が低くって、不安に苛まれたかと思えば、逆に自信過剰にもなってしまう。負けん気が強くて、頑張り屋なんだけれど、簡単に燃え尽きてしまう人間臭いお猿さんの物語に拍手をしてしまうことでしょう。
97年に発表されたこのバラードは、曲作りの裏側が描かれていました。
 
しかし、こうなるとファレル・ウィリアムスの半生をLEGOで表現した『ピース・バイ・ピース』とも比較したくなりますが、ともかくミュージシャンの伝記映画の可能性を押し広げている2作品の登場を大歓迎すべき2025年春です。

さ〜て、次回、4月28日(月)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は』です。僕も好きな大九明子監督が手掛けたのは、ジャルジャル福徳秀介の同名小説の映画化。萩原利久河合優実が関西大学やその周辺でロケをしたとあって、先週からテアトル梅田で先行公開中。今週末25日には全国公開となりますよ。さぁ、あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、Xで #まちゃお765 を付けてのポスト、お願いしますね。待ってま〜す!