京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝紹介グループ「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM802で行っている映画短評について綴ります。

チン・チン・チネマ  (旧ウェブサイトコラム『ローマで夜だった』)

 今回皆さんにお届けしたいのは、チネマ、そう映画についてのお話なんです。のっけからタイトルで驚かせてしまって申し訳ない限りです。日本語でひとくちに映画といっても、その意味は大きく3つに分かれると思うんですよね。つまり、産業システムとして機能するメディア、映画を上映する場所(主に映画館)、映画作品です。僕たちが「映画にでも行こうか」と言ったりしているのは、「映画館に出向いて、映画作品を観ることにしよう」という意味です。「最近のイタリア映画には追い風が吹いてるね」と口にすれば、それはメディアとしての映画を指していることになります。日本語の「映画」って結構広い意味で使われているんですよね。ところが、イタリア語では事情が違うんです。メディアと映画館の意味を併せ持つのがチネマ(cinema)で、一本一本の映画作品を表しているのがフィルム(film)というふうに、日本語では「映画」と1語で表現しているものを、チネマとフィルムという2語に役割分担させているんです。今回僕がお話したいのは、チネマに関わることです。

 ここで妙ちきりんなタイトルについて触れておきましょう。これ、一流なのか二流なのか定かではないのですが、イタリア語では駄洒落になっているんです。正確に言えば、駄洒落というよりはただの語呂あわせなんですが、先月の初めくらいからローマのいたるところでこの言葉を見かけるようになったんです。一体何なのかと言えば、ローマ市内の映画館の割引についての広告だったんです。右のポスターを見てもらえれば判然とすると思うのですが、cinという3文字が3回続いています。それがこのキャッチコピーの味噌です。チン・チンというのはイタリア語では乾杯を意味するので、強引に訳してしまえば、「映画で乾杯」あるいは「映画館で乾杯」となるでしょうか。だからこんなイラストが配置されているわけです。ちゃんと意味があるんです、これでも。

 こんなポスターが地下鉄をはじめとするローマ中の公共交通機関、映画館はもちろんのこと、カフェや本屋などといった、公的な性質を備えた空間のおよそすべてに貼られていたんです。ずいぶんと本腰を入れてます。ただし僕が皆さんに見ていただきたいのはポスター下方の数字です。少し見難いかもしれませんが、3ユーロと5ユーロと書いてあるんです。それぞれを日本円で概算すれば、420円と700円ということになります。なぜ値段が2種類あるかというと、時間によって値段が変わるからです。このキャンペーンでは、月〜木曜日の昼間・夕方が420円、同じく月〜木曜日の夜が700円という設定になっています。いずれにしても、ずいぶん安いと思いませんか? 新作を公開しているローマ中の映画館が足並みを揃えて1ヶ月間この値段でチケットを売ったんです。それでは普段はいくらなのか? ごく平均的な映画館で、平日の昼間・夕方が4ユーロ(560円)、それ以外の時間が7ユーロ(980円)です。細かく言えばレートの問題も出てくるでしょうが、ざっくり言ってしまえば、イタリアでは映画一本の値段が1000円を超えることは絶対にないんです。

 これは日本とはえらい違いですよね。日本では逆に、1000円以下になることなんてないんですから。割引が何も使えない場合は1800円もとられてしまいます。ローマにいる僕の感覚からすれば、これは尋常ではない金額です。もし1800円も払わなければならないとしたら、どうしたって月に一本くらいになってしまいます。実際のところ、日本ではそういった人が多いように思うんです。2,3ヶ月に一回、多くても2週間に一回。もちろん高いお金を払うわけですから、事前に情報を仕入れて、観て損をしたということがないように石橋を叩いてから映画館に足を運ぶ。こんな風潮が蔓延している限り、逆立ちしたって客足は伸びないのではないでしょうか?

 一昔前までは、日本ももっと安い料金で映画が観れた記憶があります。2本立て3本立てが普通で、好きなときに劇場に入れるので、散歩がてらにぶらりと映画館へ入って、時間の許す限り適当に作品を満喫してから、またぶらりと街へ出る。もちろんこれは、松竹・東宝東映といったメジャーな製作会社のスタジオシステムがまだ何とか機能していた頃の話ですから、単純に当時に戻せと言ったって、どだい無理な話だということは承知しています。しかし、それにしてもです、今のままでは、どう考えても高すぎるように思うんです。

 イタリアでも現在では一本ごとの入れ替え制が基本です。ただし、やはり値段のこともあるのでしょう、日本よりも映画館が生活に溶け込んでいるように感じられるんです。路上で友達とばったり出会う。ふたりとも暇であることが判明する。「映画でも行く?」。自然とこうなる条件がまだまだイタリアではしっかりあるんです。どこでもそうなのかと聞かれると苦しい部分もありますが、少なくとも大都市では間違いなくそうです。イタリアの映画産業も苦しいはずなんですが、値段だけは死守しているように僕には思えます。こちらでは、先日からナンニ・モレッティ(Nanni Moretti)の新作『カイマーノ』(Il Caimano、2006年、写真下)が話題を呼んでいます。チン・チン・チネマが終わった今でも、映画館は活気にあふれています。日本だって『THE有頂天ホテル』(三谷幸喜、2006年)は観客動員400万人を突破したし、ドラえもんも目下奮闘中じゃないかと言われれば、確かにそうなんですけど、数本の映画がちょこちょこ当たっても、映画産業自体の底上げにはならないと思うんです。専門家ではないのではっきりとしたことはわかりませんが、そんな気がするんです。僕はもっと映画館が身近であってほしい。そのためにも、段階的でもいいから、映画一本の値段を文庫本一冊の値段にまで下げてほしい。ポケットに入れた文庫本をふらっと立ち寄った喫茶店で読みふける。映画を観に行くという行為にも、それくらいの気楽さが必要なはずなんです。