京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『サバイバルファミリー』短評

FM802 Ciao! MUSICA 2017年2月17日放送分
『サバイバルファミリー』短評のDJ's カット版です。

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矢口史靖監督最新作。現在49歳。8mmフィルムで映画を撮り始めた、ほとんど最後の世代じゃないでしょうか。代表作は『ウォーターボーイズ』『スウィングガールズ』『ハッピーフライト』、そして近年の傑作『WOOD JOB! 〜神去なあなあ日常〜』。少なくとも長編映画ではすべて自分で脚本も手がける、作家性の強い監督と言えます。
 
今回は映画のコピーがしっかりテーマを言い当てているので引用すると、「すべてがOFFになると人間がONになる」。大まかには、そんな話です。原因不明の大停電に見舞われた世界。乾電池まで含め、とにかくすべての電化製品が使えない。東京に暮らすごくごく普通の4人家族鈴木家も、見る間に暮らしに支障をきたしてしまい、妻の実家である鹿児島を目指して自転車での移動を開始。東京を脱出したものの、果たして4人はサバイブできるのか。
 
お父さんを小日向文世、お母さんを深津絵里が演じる他、時任三郎柄本明大地康雄など、個性派の俳優たちがいい味を要所で出しています。
 
それでは、ラジオ業界をなんとかサバイブしてもうすぐ9年の野村雅夫が、今週も3分間で短評です。レッツゴー。

矢口史靖監督のヒット作は、いずれも特殊だったり専門的だったりして、僕らの身近にはありながらも詳しくはわからない世界を覗かせてくれます。独自のセンスで映画ならではの笑いどころを用意しながら、時に情熱的に時にクールに、その特殊かつ専門的な世界が愛おしくなるように展開させる。そんな距離は近いのに心理的には遠かった未知の世界を通して、観客たちの日常や常識を風刺したり批評したりもしてきました。だのに、辛気臭くも説教臭くもなくて、れっきとしたエンターテインメントになってる。結果として、伊丹十三的とも言える独自の作家性を持つ現代日本映画界最重要監督のひとりだと言って差し支えないと僕は思います。

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そんな監督が選んだモチーフ、今回は電気。どうしたって2011年東日本大震災を思い起こしてしまう設定ですが、実は構想し始めたのは2002年で、その翌年に起きた北アメリカ大停電に直接的なヒントを得つつ、脚本を練り上げていったようです。電気が使えなくなる理由がわからないのが僕はいいなと思っているんですが、できあがった映画は、ディザスタームービーの要素を含んだSFコメディーといったテイストになりました。矢口監督作には欠かせない、平凡の象徴としての鈴木さんたちが特殊な状況下に置かれるという意味では、やっぱり矢口史靖っぽいんだけど、なにしろ大規模な災害が題材なので、考慮に入れないといけない範囲がムチャムチャ広いというのはこれまでにない特徴かもしれません。そのあたりが、この作品のウィークポイントになってしまってもいます。
 
具体的に触れていきましょう。まず鈴木家の中です。4人のキャラクター描写が、まあお上手なこと。大黒柱を気取ってるけど、その実たいして何もできない父親。一応の家庭の切り盛りはできるものの、ヘラヘラふわふわ右往左往している母親。デジタルオタクでミニマリスト、ヘッドホンで自分の殻に閉じこもっている大学生の兄。スマホとつけまつげ命で狭い人間関係の中を何とか渡り歩いている女子高校生の妹。ちょっとキャラを際立たせ過ぎかなと思わないでもないけれど、後々のそれぞれと関係性の変化が見どころになることを考えると、これぐらいはやっておかないといけないという判断でしょう。冒頭の食事のシーンが素晴らしい。全員が食卓につくことなんて絶対になくて、みんなバラバラ。仲が悪いとか険悪なムードが立ち込めてるわけじゃないんだけど、それだけに余計にたちが悪い家族間のぎこちないコミュニケーションっていうかな。ぼんやりした絶望のようなものをよく捉えていると思います。演技面の演出での過剰さとか、いかにも過ぎるセリフのやり取りが鼻につくところもなくはないけど、矢口監督は現実そのままよりも、イメージをそのまま見せてリアリティを感じさせる人だと思うので、そこは僕はむしろ容認するというか面白がるタイプの観客です。
 
ともかく、鈴木家それぞれの性格と関係が停電によってどう変化するかってことなんですけど、日々のルーティンの中で摩耗していた家族の絆が回復してより強固なものになるという王道の展開は、まあ、そりゃあるとして、そのひとつひとつのプロセス、一癖も二癖もある人々との交錯が面白い。
 
さらには、その水飲めるんだ。そっちは飲めないんだ。そこは通れなくなるんだ。意外な施設に人が集まるんだ。などなど、矢口印の徹底リサーチに基づいた小ネタの数々が奮ってます。最初こそね、僕もちょいバカにして笑ってたフシがあるんですよ。たとえば、電車も止まってるっていうのに、鹿児島へ飛行機で行くなんていう父親の計画に家族の誰も反対しないところなんて、「この状況で空港が使えるわけないだろ」って上からツッコんでしまう。ところがですよ、だんだん、だんだん、この状況なら僕はどうする私はどうすると想像するにつけ、答えがそう簡単には思い浮かばなくて、鈴木家のことを笑ってばかりはいられなくなってくる。その意味で災害シミュレーションとしてもよくできてる。
 
映像面では、こんな設定なのにCGは全然使わずにロケで押し切ってるところは評価できますよ。実際に高速道路であんな大規模な撮影ができたのも、絵としての説得力を持たせた大きな要因になっています。そもそも、脚本の展開がしっかり練られているので、余計な回想も必要ないし、ましてやおせっかいな説明ゼリフもほぼない。サントラに頼った演出もまるでない。さすがのクオリティです。
 
がしかし、弱点も指摘しておきます。大災害が起きても、あくまで鈴木家にフォーカスをするのは、予算的にも、そして監督の作家性の面でもわかるんだけど、災害のスケール感が伝わったかというと、それは希薄なんです。もっと凄惨でもっと過酷なことになってるはずなのに、なんかのほほんとしてる部分が前に出ちゃうから、いくらメイクで体を張ってキツい状態を演技されても、どこか余計な滑稽さが出ちゃうのは少し残念でした。あくまで鈴木家を通してでいいから、日本社会のそれこそ弱点をもっと痛烈に浮き彫りにする局面がほしかったかな。
 
とはいえ、僕らがどれほど電気に依存しているのか。自分で生きるというより、文明の利器に生かされているのか、そのありがたみと表裏一体の怖さはしっかり描けていたので、観る僕らはのほほんとしてていいから、『サバイバルファミリー』はとにかく観てほしい。強くオススメします。


番組ではもちろんフルでかけたこの主題歌”Hard Times Come Again No More”。僕の好きな歌い手であるShantiの歌声が沁みるんだこれが。

 

さ〜て、次回、2月24日(金)109シネマズ FRIDAY NEW CINEMA CLUBで扱う映画 aka「映画の女神様から授かったお告げ」は、『ナイスガイズ!』です。ゴズリング祭り! あなたも観たら #ciao802を付けてのTweetをよろしく!

『ミス・ペレグリンと奇妙なこどもたち』短評

FM802 Ciao! MUSICA 2017年2月10日放送分

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原作があります。僕は読んでいなかったんですが、アメリカで2011年に発表されて300万部を超えるロングセラーとなっているランサム・ルグズの小説『ハヤブサが守る家』。日本でも複数の翻訳が出ていて、今だと潮(うしお)文庫版で手軽に入手できます。

潮文庫 ミス・ペレグリンと奇妙なこどもたち<上>

フロリダに住む孤独な少年ジェイク。彼の良き理解者だったのがおじいさん。昔から古い写真を見せておとぎ話を語ってくれていました。ところがある日、そのおじいさんが何者かに襲われて凄惨な死をとげます。ジェイクは遺言のような言葉に従ってウェールズの小さな島を訪れる。そこにはおじいさんから聞かされていた「同じ時間」をループして生きる奇妙な能力を持った子どもたちとミス・ペレグリンがいた。ジェイクは彼らと交流するうちに、やがて自分にもある力があることに気づき、迫り来る脅威に立ち向かっていく。
 
監督はティム・バートン。メガホンを取ったのは、このコーナーで2015年に扱った『ビッグ・アイズ』以来2年ぶり。ミス・ペレグリンをフランスの美しきエヴァ・グリーンが演じる他、テレンス・スタンプジュディ・デンチサミュエル・L・ジャクソンといった名優が大人の主要キャラクターを固めています。
 
それでは、意外と怖くて意外とグロテスクなので、隣の席の若い女性が事あるごとにビクッビクッとしていたこの作品を3分間の短評します。行ってみよう!

まず触れておきたいのは原題です。Miss Peregrine’s Home for Peculiar Children。ペレグリンハヤブサなんで、直訳すれば「奇妙な子どもたちのためのハヤブサ姉さんの家」ってことなんだけど、この「奇妙な」という言葉。僕はてっきりStrangeだと思ってたら違う。peculiarはstrangeと似てるんだけど、ちょっと違う。特徴が他と違うばかりか、特殊、独特、もっと言うと、他にない固有なものを指す時に使う言葉。
 
いくつか作品を観ればすぐにわかることですが、peculiarというのは実にティム・バートンらしいテーマで、誰かと群れて他人と同化して生きる周囲の人間とは違うpeculiarであるがゆえに孤独な登場人物が、自分の居場所や生き方を模索していくことが多いように思います。その意味では、今作だと主人公のジェイクがまさにそう。彼は周囲となじめないんですよね。彼のことを理解してくれる人がほとんどいない。ここが重要なんですが、彼は自分のことを普通で没個性的だと思っているんだけど、やがて自分にも能力があることがわかり、後半ではすごくイキイキとして目覚ましい活躍を見せる。お話の幹として、ジェイクのアイデンティティの獲得と成長があります。そんな彼を見守るのが擬似的な母親ミス・ペレグリンであり、奇妙なこどもたちとの恋心も交えた交流が彼を目覚めさせていきます。

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前作が『ビッグ・アイズ』だったことも象徴的だけど、今回も最重要モチーフは「目」でしたね。キャスティングのポイントは明らかに目力だろうし、それを強調するメイクとカメラアングルが徹底して採用されていました。特にエヴァ・グリーンの瞳はもう吸い込まれそうで、僕は何度かその魅力に打ちひしがれて石になってしまいそうでした。それはともかく、邪悪な能力者たちとの戦いにおいても「目玉」が大事でしたよね。死体からは目玉がくり抜かれるし、目玉を食べれば人間の姿に戻れる。ジェイクの能力は他の人に見えないものが見えるというものです。映画は目で見るメディアだし、自分らしい生き方を模索するのは、比喩を使えば開眼して世界と人生を見つめ直すからこそできることでしょう。
 
この作品は、バートンがジョニー・デップとのタッグに気を使わず、目を見張るアイデアの数々と色彩感覚を駆使して、自分の価値観を封じ込めようとした意欲作だという評価は間違いなくできます。基本的にはどこを切り取ってもワクワクです。
 
ただ、文庫で600ページほどある遠大な物語を2時間強の中にバランス良く語れたかというと別問題。これは類似点を指摘する人の多い「X-メン」シリーズを手掛けた脚本家ジェーン・ゴールドマンの問題かもしれないけれど、後半では明らかに整理不足。彼らそれぞれの能力とタイムトリップやタイムループ、そして善悪の戦い、永遠の命、そしてジェイクの葛藤。すべてを一気に強火で煮立てるもんだから、それぞれの火の通り方がマチマチで、要素がうまく溶け合ってないし、味がまとまってません。多くの人は、その解決策として前半をもっとサクサク進めた方がいいんじゃないかと指摘してますけど、僕はむしろ前半のペースで丁寧に最後まで観たかった。なので、上下に分けるとか、思い切ってメディアを変えてドラマで何話かの連作にするのも手だったかなぁ。
 
とはいえ、やっぱりひとつひとつのカットの構図はすばらしいし、キャラクターのビジュアライズもさすがはティム・バートンとしか言いようがなく、十二分に面白い映画を観たという満足感を得られる痛快な1本だとは断言できます。
 
=追記=
 
それを言っちゃおしまいよってことになるかもしれませんが、僕は全体的に内向きなバートンの世界観には納得しづらいところもあります。今回のエンディングがまさにそうでした。何が幸福かはそれぞれが決める相対的なものだということは理解できても、時間という本来は不可逆なものをいじってまでそこを追求されると、「それじゃ単なる現実逃避じゃねーか」とツッコミたくもなる。でも、それこそ映画を観まくるのだって現実逃避なわけで、全面的に否定したいわけではもちろんないし、結局まんまと幸せについて考えさせられているわけだから、バートンの思うツボなのかもしれないですけどね。


さ〜て、次回、2月17日(金)109シネマズ FRIDAY NEW CINEMA CLUBで扱う映画 aka「映画の女神様から授かったお告げ」は、『サバイバルファミリー』です。矢口史靖監督、楽しみだよぉ。あなたも観たら #ciao802を付けてのTweetをよろしく!

寿司くんがチルコロにやってくる!「あつまれ!寿司くんの世界」

寿司くんがチルコロ京都にやってくる!

2月19日開催、京都ドーナッツクラブ主催イベントのお知らせです。

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岡崎体育「MUSIC VIDEO」などで知られる映像作家・寿司くんがチルコロ京都にやってくる! 映像のみならず、バンド「ヤバイTシャツ屋さん」としてメジャーデビューするなど、マルチな才能を発揮し続ける寿司くん。その映像を存分に味わいながら、創作の裏側に密着トーク! レアな映像もお蔵出しの120分。これは楽しい!

★★★寿司くん映像&トークイベント

 「あつまれ!寿司くんの世界」

出演:寿司くん × 野村雅夫
日程:2017年2月19日(日) 開場14:30/開演15:00
チケット:前売1,500円(当日1,800円)+1ドリンク500円

会場はドーナッツクラブのオフィス兼イベントスペース・チルコロ京都

お申し込みは→コチラから!


【自主制作アニメ】 寿司くん 第一話「出会い」(sushi-kun)

【寿司くん(こやまたくや) PROFILE】
1992年、京都府生まれ。映像作家。大阪芸術大学芸術学部映像学科卒。
アニメや実写ミュージックビデオなどを中心に制作活動を行う。代表作はアニメ「寿司くん」シリーズ、岡崎体育「MUSIC VIDEO」など。
大学の卒業制作作品、映画「あつまれ!わくわくパーク」が第19回文化庁メディア芸術祭審査委員会推薦作品に選出された。
並行して音楽活動も行なっており、2016年11月、"ヤバイTシャツ屋さん"としてユニバーサルミュージックよりメジャーデビュー。

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『ドクター・ストレンジ』短評

FM802 Ciao! MUSICA 2017年2月3日放送分
『ドクター・ストレンジ』短評のDJ's カット版です。

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ご存知、アメコミの実写化「マーベル・シネマティック・ユニバース」の新作ですが、オリジナルは1963年と、実はキャラとして50歳を超えてるんですね。
 
元天才外科医にして魔術の使い手ドクター・ストレンジ。腕は立つが傲慢さが鼻につく外科医ストレンジが、交通事故によってゴッドハンドを失います。失意の彼を救ったのは人智を超えた力を操る魔術。ネパールで厳しい修行を重ねるにつれ、ストレンジの行く手には闇の魔術が立ちはだかります。元医者という異色のヒーローがいかにして人を救うのか。
 
ドクター・ストレンジをベネディクト・カンバーバッチ、彼の指導者エンシェント・ワンをティルダ・スウィントン、ヒロインの救命救急士をレイチェル・マクアダムス、そして闇の魔術師カエシリウスを、『ローグ・ワン』にも出ていたマッツ・ミケルセンが演じます。
 
例によって、アメコミを読む習慣のない僕マチャオが新しいヒーローをどう観たのか。それでは、3分間の短評をスタート!

予告編の時点で多くの人が覚えただろう既視感を僕が代弁すると…
「これ、『インセプション』じゃないの?」っていうことですよね。この目で見てきましたが、ま、絵的にはそんな感じです。『マトリックス』の匂いもプンプンです。闇の魔術へと「転ぶ」キャラがいるというのは、『スター・ウォーズ』っぽくもある。マーベル過去作との比較で言うなら、金持ちで鼻持ちならないミドルエイジの男性という意味では『アイアンマン』のトニー・スタークとも重なるし、量子という異次元に潜り込むという意味では『アントマン』とも通じる。だから、オリジナリティが薄いんだといった批判も成立するとは思うんですが、僕に言わせれば、既存のアイデアをかき集めたものであったとしても、見せ方次第でいくらでも面白くなるんですよ。その点、手放しに褒めはしませんが、オリジナリティは確実に合格ラインを越えたと思います。

インセプション (字幕版)  マトリックス (字幕版) アントマン (字幕版)

まず何と言っても『インセプション』ぽい映像ですが、予告以上であることは断言できます。もはや痛快というレベルまでやり過ぎてます。立体テトリスみたいな感じかなと思いきや、そこに歪みやねじれが加わってきますから、もう何がなんだかで圧巻です。ぜひIMAX 3Dで、めくるめく映像体験をしてください。1分。その意味では、スピリチュアルな多元世界の存在に懐疑的なストレンジがエンシェント・ワンに最初に体験させられる、というか、魂を飛ばされるシーンも、バッチリやり過ぎていて好感が持てました。『2001年宇宙の旅』もチラッと思い出す、サイケかつドラッギーな感覚が味わえます。

2001年宇宙の旅 (字幕版) 『2001年宇宙の旅』講義 (平凡社新書)

ストレンジが体得するこの魔術の多元的な世界の理屈を理解する作業は、正直、僕は途中で放棄しました。だって、何でもありなんですもん。手元からどこでもドアは出せるし、肉体から飛び出した魂のバトルとか面白いけど、なんで時々現実にも風が起きたりどこかにぶつかったり影響が出るのか、僕には説明できません。
 
監督が、この作品をきっかけに、「マーベル・シネマティック・ユニバースから、マーベル・シネマティック・マルチバースへ」と息巻いてる様子をインタビューで読んで、なるほど、うまいこと言うねえ、ユニバース(普遍)からマルチバース(多元)か… いや、これ以上ややこしくせんといて!!!
 
じゃあ、僕が話に置いていかれたのかというと、実はそうではないんですよ。もはや科学じゃないし、理屈はよくわからないんですけど、言わずもがなの魅力であるストレンジのマントを筆頭に、登場するガジェットの類にしっかりそそられます。全体的に敵の魅力が弱いのと、なぜ敵に打ち勝てたのか、理屈がわかりにくいところもありますが、元医者という特性があちこちに活かされていて、ストレンジそのもののカッコ良さと彼の抱える葛藤はしっかり伝わってきました。顔見世興行としてはそれでまずハードルクリアでしょう。
 
ド派手な映像に目を奪われがちですが、ストレンジの髭の手入れ具合で彼の心情を補足して表現したり、何度も登場する腕時計が重要な小道具としてテーマとリンクしたりという丁寧な演出に好感が持てます。ギャグは少し子供っぽいけど、コミック原作らしいし、お話の潤滑油として機能していました。特に一連の音楽ギャグは映画オリジナルでしょうけど、どれも笑えましたね。
 
ヒーローだから人を救ってなんぼなわけですけど、元医者の設定が効いてくるのは、「自然の摂理」をいじっていいのかという、倫理的な問いかけですね。最先端の医学は、現実問題としてそこは避けられないテーマですから。それこそ、ダークサイドへ落ちていくきっかけにもなりうる。人間は自然のルールとどう折り合いを付けるべきなのか。そして、多次元の話だから当然出てくる「時間」の問題。時間芸術である映画との相性抜群のテーマ。自然の摂理と時間の問題がどう絡んでくるのか、僕は次回以降でそのあたりを楽しみにしています。
 
途中で申し訳程度に『アベンジャーズ』っていう言葉が出てきて、当たり前の話、どうやら同じ世界にいるらしいことはわかるんだけど、マーベル映画をあまり観てない人でも入っていける独立した作品なので、入り口としても良さそうです。


さ〜て、次回、2月10日(金)109シネマズ FRIDAY NEW CINEMA CLUBで扱う映画 aka「映画の女神様から授かったお告げ」は、『ミス・ペレグリンと奇妙なこどもたち』です。今週に引き続き、ぶっ飛んだ映像が楽しめそうですね。あなたも観たら #ciao802を付けてのTweetをよろしく!

 

『沈黙 - サイレンス -』短評

FM802 Ciao! MUSICA 2017年1月27日放送分
『沈黙 - サイレンス -』短評のDJ's カット版です。
放送直後に僕のMacBook Proが「沈黙」してだんまりを決め込んでしまい、いくら僕が諭しても「転ぶ」様子がないため、会社のPCを使っての投稿です。まだAppleを棄教したくない…

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『タクシードライバー』『グッドフェローズ』『ギャング・オブ・ニューヨーク』『ウルフ・オブ・ウォールストリート』などなど、代表作ですら簡単には絞りきれない巨匠マーティン・スコセッシが、遠藤周作の原作に出会ってから28年。カトリックでもある監督が、幾多の壁を乗り越え、入念な準備を経てようやく日の目を見た大作です。

タクシードライバー (字幕版) ギャング・オブ・ニューヨーク(字幕版) ウルフ・オブ・ウォールストリート (字幕版)

江戸時代初期の1640年。キリシタンの弾圧が本格化する中、日本で布教していたイエズス会の宣教師フェレイラが信仰を捨てる=棄教したとの報告を受けた弟子のロドリゴとガルペ。若いふたりは、その事実を確かめようと、マカオで知り合った日本人キチジローの手引きで長崎へ潜入。そこで目にしたのは、日本人信徒たちの想像を絶する苦悩だった。信仰を貫くのか、信者を救うのか。踏み絵や拷問を目の当たりにして、ロドリゴたちは問います。なぜ彼らはこんなにも苦しまなければならないのか。神はなぜ沈黙を続けるのか。
 
ロドリゴ神父を『アメイジングスパイダーマン』や『ソーシャル・ネットワーク』のアンドリュー・ガーフィールド、フェレイラをリーアム・ニーソン、キチジローを窪塚洋介、他にも僕が似ているとよく言われるアダム・ドライバー、浅野忠信イッセー尾形塚本晋也小松菜奈加瀬亮などなど、日米の豪華キャストが集結しました。
 
『沈黙』だろうがなんだろうが、しっかりマシンガントークで短評する怒涛の3分間。それでは、スタート!

イタリア系移民の子どもとして、ニューヨークのリトル・イタリーでマフィアたち犯罪者や教会の聖職者、つまり人間の善悪両方と世界中の映画を目にして育ったスコセッシ。一度は神父を目指しもした彼が、信念と暴力・欲望、人間の強さと弱さをテーマにし続けてきたことは必然と言えるでしょう。その意味で、この『沈黙』は集大成とも言える物語。そのみなぎる気合いが画面を通してひしひしと伝わる161分でした。棄教したフェレイラ神父がかつて雲仙で目にしたキリシタンたちへの凄惨な拷問シーンから始まるんですが、そのまさに地獄と呼ぶにふさわしい絵面を見るにつけ、これは心して観ねばというこちらの覚悟が固まりました。長いから持ち込んだ飲み物よりも、息を呑むほうが遥かに多かったです。
 
まず僕が注目したいのは、西洋人でありカトリックであるスコセッシの優れたバランス感覚です。「結局キリスト教万歳じゃねえか」とか「弾圧する幕府側を悪人に描きすぎ」とか言う人もいるようですが、僕は何を観ているんだと言いたい。むしろ、僕はイエズス会のある種の傲慢さがよく出ていたと思うし、かつてはキリシタンだったけれど棄教し、今では逆にキリシタンを厳しく弾圧する側に回った奉行や通訳、つまり日本の権力者達のそれはそれで理解できるロジックがしっかり描かれていて驚きました。さすがはスコセッシで、リサーチを徹底させただけあって、日本側の事情もよく反映させているというかリスペクトすらしていると感じました。日本とヨーロッパいずれにも譲れない背景があったことをわからせることで、この末端の人々の苦しみが、だんだん普遍的な悲劇として立ち上がってくるんです。もはやキリスト教という一宗教の話ではなく、人間にとっての尊厳、信念というものがどれほど尊く、そのデリケートな領域に土足で踏み込むことがどれほど人を損なってしまうかという、時空を越えた物語に変貌していくんです。
 
スコセッシは朝日新聞へのインタビューでこう語っています。「精神のよりどころ、信条は人それぞれあると思うが、それに対する互いの理解と尊重が必要だ。異文化を理解するというのは相当な努力を要するもの。それでも、自分とは違うものを認めることによって恐怖は緩和できるし、暴力も減っていくのではないか」 およそ500年前の話でありながら、21世紀の今まさに大事なスコセッシの信念が映像化されていると僕は思います。
 
抽象的な話になりましたが、ディテールを少し触れると、イッセー尾形浅野忠信の合理的な神父達の追いつめ方、そして塚本晋也と笈田(おいだ)ヨシのこれぞ体当たりとしか言いようがない演技は特に素晴らしかった。そして、全員に言えることですが、顔の筋肉の微細な動きまで見逃せません。キリスト教的には裏切り者ユダの役割を果たすキチジローを演じた窪塚洋介も、ちょっとトゥーマッチな動きも気になったものの、難しい役を体現したと言えるでしょう。
 
また、デジタル全盛のこの時代にフィルムで撮影された映像美も忘れがたいです。とりわけ、小さな船で海を渡る際の濃い霧に浮かぶ役者の顔は、溝口健二の映画史に残る大傑作『雨月物語』オマージュもあってうなりました。さらに、イタリア人ダンテ・フェレッティが務めた美術もお見事。ハリウッド製の日本舞台の映画にはどうしても「嘘くささ」が目立つものですが、『沈黙』にはそれがない。

雨月物語 [DVD]

戦国時代から江戸初期へのキリスト教と日本の関係など、多少の知識を持ってないとわかりにくいところもあるかも知れませんが、とにかく現代的なテーマとも言えるこの作品。アカデミーなどの賞レースうんぬんは脇へ置いて絶対に観るべき1本です。

全体的に抑制がきいていたこの作品には音楽らしい音楽はほぼ出てきません。あれだけロック好きでいつもサントラを相当重視するスコセッシなのにです。僕のイメージ選曲になりますが、Mumford & Sonsが同じく神と信仰、権力・権威と個人の心の中をテーマに作った"I Will Wait"を評の後にオンエアしました。
 
さ〜て、次回、2月3日(金)109シネマズ FRIDAY NEW CINEMA CLUBで扱う映画 aka「映画の女神様から授かったお告げ」は、『ドクター・ストレンジ』です。僕のMacBook Proは、もう魔術で直すしかないのか。果たして、次回の放送までに直っているのか。そんなことはどーでも良いとして、とにかく、あなたも観たら #ciao802を付けてのTweetをよろしく!

ハルキストのデッドヒート #0 「4月のある晴れた朝に100パーセントの小説に出会ったことについて」

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生粋のハルキストである野村雅夫が本領発揮のマシンガントーク!
まもなく開催の京都ドーナッツクラブ主催イベントです。

 

ハルキストのデッドヒート #0
「4月のある晴れた朝に100パーセントの小説に出会ったことについて」

 

村上春樹の新刊「騎士団長殺し」発売を勝手に記念して
村上春樹を語りつくすトークシリーズ「ハルキストのデッドヒート」
キックオフイベントが堂々開催!

人がいつまでも初恋のことを忘れられないように、
はじめて読んだ村上春樹作品もみんなの心に残ってるはず。
村上春樹をあまり知らない? 大丈夫、きっと今日ファンになる!

生粋のハルキストである野村雅夫をはじめ、FM802FM COCOLOからも猛者がチルコロ京都に集結。初心者でもきっと楽しめる、ディープなエピソード満載のトークイベント。

 

ハルキスト:大内幹男(FM COCOLO) 平野聡FM802 DJ)/野村雅夫 柴田幹太 有北雅彦(以上、京都ドーナッツクラブ) ほか

 

日程:2017年2月5日(日) 開場13:30/開演14:00
チケット:前売1,500円(当日1,800円)+1ドリンク500円

 

チルコロ京都イベント詳細ページ

http://bit.ly/2hZ14Vj

ハルキストのデッドヒートお申込みフォーム

http://bit.ly/2hZ14Vj

『本能寺ホテル』短評

FM802 Ciao! MUSICA 2017年1月20日放送分
『本能寺ホテル』短評のDJ's カット版です。

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人生の舵取りを自分でせずに、何となくレールに乗って生きてきた繭子。務めていた会社が倒産。仕事を探そうにもやりたいことが特にない。そんな折、付き合って半年の彼氏吉岡からプロポーズをされます。彼の実家のある京都へ向かい、ひょんなことから古めかしい本能寺ホテルに宿泊することに。そこで繭子がエレベーターに乗ると、なぜが1582年の本能寺へとたどり着く。彼女は現在と1582年のある1日を行き来しながら、織田信長森蘭丸と接触する。彼女は予告通り、歴史を変えることになるのか?
 
監督はフジテレビ所属の鈴木雅之。脚本は相沢友子。繭子を綾瀬はるか。信長を堤真一が演じる。となると、あの『プリンセス・トヨトミ』の続編か、原作は万城目学か、と早合点してしまいそうになるし、企画から公開までの流れにおけるスッタモンダがあったとも噂されていますが、続編ではないし、万城目学の名前はどこにもクレジットされていません。
 
本能寺の変の舞台、旧本能寺の程近くに住んでいる僕ですが、ちょうど鑑賞した日に、ロケ地のひとつ、鮒鶴鴨川リゾートを訪れて、意図せずして聖地巡礼をしてしまいました。12時台にお話したイベント京ショコラあそびの会場になってたんですけど、日本で2番目に古いエレベーターが現役で動いてるところですからね、これは確実にタイムスリップできそうだと思いましたが、乗るのはやめておきました。
 
さて、そんな映画と微妙にリンクする1日を過ごした僕が作品をどう観たのか、3分間で短評します。スタート!

誰でもそうだと思うんですけど、自分の住んでる街、行ったことのある場所がスクリーンに映ったらテンション上がるわけですよ。うわあ、四条大橋西詰の河原て僕もちょうど先週ここに座ってたとか。それがご当地映画、観光映画の大きな魅力のひとつ。なんですが! なまじ観客に土地勘があると、いやいや、嵐山と祇園はそんなに近くないから、とか、本能寺ホテルの場所って、なんで旧本能寺とも今の本能寺とも離れてるんだろう、とか、重箱の隅をつつかれがちというのも観光映画「あるある」でしょう。どうしても、絵になるスポットをツギハギしてしまうんでね。そのあたりの話はキリがないので端折ります。基本的に本質とは関係ないし、多少の地理的なご都合主義はどうでもいいんですから。
 
それにしても、綾瀬はるか、かわいいねぇ。場面がくるくる変わってあちこち名所も見せてくれる。歴史パートもロケ地がいいし、絵的な素材の魅力がいっぱいの映画ではありますけど、煮詰めきれないまま作ってしまった印象は否めないと思ってます。そこで、地元でロケした作品だと少し贔屓しても見過ごせないお話や映像の隙について触れておきます。
 
繭子が2度もホテルマンに尋ねているにも関わらず、彼はなぜ本能寺ホテルという名前の由来について答えてくれないんでしょうか。
 
靴や金平糖、胃薬は大事なモチーフとして登場します。繭子と共に、タイムスリップしますから。だったら、ガラガラずっと引きずっていたスーツケースはなぜ時間を越えなかったんでしょうか。
 
繭子が時をかける女性であることは周りの人にはわからないとしても、さすがにクライマックス、あのホテルのバーでふたりきりになった時、彼氏はなぜ彼女の異変に気づかないんでしょうか。
 
そもそもですけど、なぜタイムスリップしてしまうのか。戦国時代から伝わるというオルゴール、金平糖、呼び鈴、エレベーターという条件はわかるけど、結局どの組み合わせだとタイムスリップするのかうやむやだし、百歩譲ってオルゴールや金平糖は信長につながるからいいとして、なぜ呼び鈴なんですか。少なくとも、繭子は呼び鈴が条件のひとつであることに気づいていないでしょ? なのに、後半とかよく自分の意志で過去へ行くな、と。だって、戻る時に自分でコントロールできてないわけだし。
 
そこもさらに百歩譲って飲み込むとしても、せっかく現在と過去を行き来するってのに、映画的な見せ方の工夫が特になかったのは残念です。だって、そこは監督の腕の見せどころだし、劇的な場面転換っていうのは、映画ならではの見せ場になる。たとえば同じフジテレビ製作で言うなら、『テルマエ・ロマエ』だったら、時空を越える時に急にテノール歌手が雄大な自然をバックに歌い出す。ただのギャグなんだけど、そのたびに笑いが起きる。ところが、この作品だと、急にCGで金平糖が割れる様子がドンと大写しになる。うん、金平糖を食べたからね。って、それだけか〜い。ツッコミたくもなりますよ。

テルマエ・ロマエ テルマエ・ロマエ?

だいたいあのホテル、宿が取れない京都で飛び込みで取れちゃったわけですよ。しかも、祇園の裏通り、路地とは言え、中心部。僕は「はは〜ん、なんかこのホテルマンが隠してる、人が寄り付かない歴史的な不穏な理由や噂があるな」と想像したのに、そういうのも皆無でしたよね。じゃ、なぜ部屋が空いてるのよ。
 
ポスターの文言にもあるように、タイムスリップした先は信長最後の日なんですけど、現在パートも1日の出来事ということになってるんですね。もう繭子どんだけ忙しいねんって思うし、さらにタイムスリップして、彼女はよく正気でいられるなと心配になるんですけど、そこも百歩譲って飲み込むとして、僕はもっと日にちや時間をシンクロさせて、サスペンス要素を入れたりしたほうが盛り上がると思うんですけど、それもしないんだよなぁ。
 
それはたぶん、あくまでこの映画の最重要テーマが主人公繭子の成長にあるから、他の余計なサスペンス要素は省いたってことだと推測できます。信長からも、そして現在でもある人物から人生の教えをもらって、それによって彼女は葛藤を乗り越えていく。人生に主体的に向き合うようになる。ねらいはわかります。
 
でも、だったらね、もっと彼女の心理を掘り下げておかないとカタルシスが生まれないでしょ。のほほんとしてたり、タイムスリップ先で急に強心臓ぶりを見せつけてみたり、キャラクター演出が行き当たりばったりに見えてしょうがないですよ。制作陣が目指していたことを実現するなら、すべての行動に登場人物の心理的裏付けを与えるような演出でないといけなかったのではないでしょうか。
 
こういうことを言うと、そこはご愛嬌でしょって人がいるかもしれないけど、いやぁ、さすがに無理がありました。明らかにあちこちネジが緩んでるは釘が抜けてるわで、『本能寺ホテル』、かなり立て付けが悪いなという印象を拭えない結果となってしまいました…


さ〜て、次回、1月27日(金)109シネマズ FRIDAY NEW CINEMA CLUBで扱う映画 aka「映画の女神様から授かったお告げ」は、『沈黙-サイレンス-』です。原作は高校生の頃に読み、長崎の遠藤周作文学館や教会巡りをしたこともある僕。マーティン・スコセッシが原作と出会ってから28年。かねてより映画化のアナウンスが何度も聞こえていたこの作品をいよいよ観ることができるとあって、僕もかなり気合いを入れる162分になりそうです。あなたも観たら #ciao802を付けてのTweetをよろしく!