京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

アントニオ・ペンナッキ『ムッソリーニ水路』

 『ムッソリーニ水路』(Canale Mussolini、Mondadori、2010)という小説で、アントニオ・ペンナッキ(Antonio Pennacchi)が今年のストレーガ賞を獲得した。

 ペンナッキ(画像下)は1950年、ローマ近郊のラティーノ(Latino)という町で生まれる。50歳まで工場の夜間勤務をし、労働組合共産党運動にも積極的に参加する。作家としてデビューしたのは1994年のこと。それまでに自分の原稿を55回、33の出版社に持ち込むも、断られ続けていたという。

 2003年にモンダトーリから出版された『共産ファシスト』(Il fasciocomunista)が人気を博し、作家としての地位を確立。そして今年、満を持して発表されたのが、この400ページを越える大作『ムッソリーニ水路』だ。前書きにも、「良くも悪くも、私はこの本を書くためにこの世に生まれてきた」という記すほどの気合ぶりであった。

 彼には、その生きざまや作品タイトルから、プロレタリア文学の作家とも共通するものを感じる。だが、作品を読めば、ファシスト共産主義運動を扱ってはいるものの、「政治的な何か」だけが伝えたいテーマではないとわかる。『ムッソリーニ水路』の内容は以下のようなものだ。
 
 1900年代初頭、農民であったペルッツィ(Peruzzi)一族が、飢えと貧困に苦しむ北部イタリアから、ラツィオ(Lazio)州南部に位置するアグロ・ポンティーノ(Agro Pontino)に移住する。そこにはレオナルド・ダ・ヴィンチやナポレオンさえも開拓を諦めたというポンティーネ沼(Paludi Pontine)があった。その開発に乗り出したのが、ムッソリーニファシスト党である。沼が農作地を中心とする町に変貌していく過程が、事細かに描写されている。もちろんペルッツィ一族もファシズムを支持し、戦争へも積極的に参加する。だが、敗戦が濃厚となり、ついにアグロ・ポンティーノに敵である連合国軍が侵入してくる…。

 きっと当時ファシズムに傾倒してしまうのは、市井の人々にとって、ごく自然なことだったのだろう。歴史に名を残すような偉人ではなく、最下層に属した人間たちを主人公にすえて描かれるこの物語からは、そんな当時の生活が見えてくる。それこそがペンナッキが文学を通して表現したいことなのだと思う。

 前作、『共産ファシスト』がダニエーレ・ルケッティ(Daniele Luchetti)監督によって映画化されたとき、ペンナッキは、自分の小説とは異なる否定的なファシズムの描かれ方に不満を持ったらしい(『マイ・ブラザー』、 2007年)。ペンナッキが望んでいるのは、ファシストを否定するでも再評価するでもなく、あくまでニュートラルな視点でそれを見ることだ。彼の本当のテーマは、ファシズム共産主義を通過せざるをえなかった当時の一般の人々とその生活なのである。もちろん、プロレタリア文学や、ファシズムが文学をプロパガンダに用いた頃とは、時代が変わっているので安易な比較はできないが、文学と政治の関係性を考える上で、アントニオ・ペンナッキという作家は非常に興味深い対象になるだろう。