京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『トムとジェリー』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 4月6日放送分
『トムとジェリー』短評のDJ'sカット版です。

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1940年に誕生したコンビのキャラクター、猫のトムとネズミのジェリー。80周年をきっかけに、アニメの動物たちと実写を融合させた長編映画化が実現しました。
 
舞台はニューヨークの高級ホテル。住み着いたジェリーを追いかけてきたのは、もちろんトム。そこで新人スタッフとして働くケイラは、近づいているセレブカップルのウェディングパーティーを成功させて躍進しようと企んでいます。彼女はトムをネズミ捕り要員としてホテルで雇うよう上司に認めてもらったのはいいんですが、結局パーティーは散々なことに。ケイラの巻き返し、そして新郎新婦のため、トムとジェリーが今度はタッグを組みます。

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(c)2020 Warner Bros. All Rights Reserved.

ケイラを演じるのは、クロエ・グレース・モレッツ。他にも、ホテルのイベント関係を取り仕切るテレンスには、イーストウッドの『運び屋』に出ていたマイケル・ペーニャ。シェフのジャッキーには、『ハングオーバー!!』シリーズのケン・チョンがそれぞれ扮しています。
 
監督と製作総指揮を務めたのは、ティム・ストーリーR&B、ヒップホップ、ポップスと、たくさんのMVをキャリア初期に演出してきた人で、監督としては『ファンタスティック・フォー』を手掛けていますね。
 
僕は先週水曜日、MOVIX京都で吹替版を鑑賞してきました。春休みってこともあって、親子とか、中高生の友達同士とか、年配の方も含め、老若男女、幅広く劇場に詰めかけていました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。
トムとジェリーに僕が出会ったのはいつだったか、はっきり覚えていないんですが、ほんとに小さな頃、イタリアへ戻った時に、飛行機の中や向こうのテレビで観ていた記憶がぼんやりとあります。短編が多いので、子どもにもわかりやすいシンプルな筋立て。アクションがめっぽう面白いから、言葉はわからなくても楽しめる。僕の経験は80年代のテレビだけれど、今はまたカートゥーンネットワークなどのケーブルTVにDVD、あるいはサブスクリプションなんかがあるから、なんなら僕の世代よりも、家庭環境によっては、よっぽど深く馴染んだっていう若い人たちも多くいるんだって、今回映画館で実感しました。
 
パンフレットにもある謳い文句「大嫌いだけど、好き」は、言い得て妙です。この2匹の関係、追いつ追われつ、追われつ、追いつ。相容れないように見えて、相性抜群の凸凹バディー。やっていることは、いつもそう変わりませんね。ジェリーがちょっかいを出して、トムの癪に障って、追いかけられる。パンフに寄稿した早稲田大学の有馬哲夫氏は「千変万化のマンネリズム」と、その魅力を定義しています。いつも同じパターンなんだけど、バリエーションの豊かさが尋常でないってことです。とりわけデビューからしばらくは、ディズニーを目指したウィリアム・ハンナジョセフ・バーベラ、ハンナ=バーベラのコンビが、短編においてはディズニーを差し置いて、同じキャラでアカデミー賞をほぼ独占という事態が続いていました。

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(c)2020 Warner Bros. All Rights Reserved.

で、今回はアニメと実写の融合でバリエーションを出そうってわけか。と思いたいところですが、実はこの手法とトムジェリの出会いは1945年に端を発するものだと、やはりパンフで映画ライターの神武団四郎氏が書いています。なんとジーン・ケリーと一緒に、ジェリーが踊っている『錨を上げて』という作品があったんです。以来、トムとジェリーも実写に何度も進出していたし、『メリー・ポピンズ』や『ロジャー・ラビット』、さらには『ピンク・パンサー』といった人気・質ともに高い作品がありました。では、このタイミングでの『トムとジェリー』に勝算はあるのか。ずいぶん久しぶりの劇場長編だし、これまでとの差別化を魅力的に出せるのか。そりゃ、僕も少々訝しんでいましたが、いやはや、なんのその、でしたね。

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 僕に言わせれば、ちょうどいいミックスセンスを発揮して成功したのがティム・ストーリー監督です。ちょうどいいというのは、トムとジェリーにあってほしい適度なレトロ、ノスタルジックな雰囲気は出しつつも、今のNYを舞台にしたこと。それでも、スマホだなんだ興ざめするようなアイテムはあまり出さず、ドローンみたいなドタバタがさらに面白くなるものは喜んで小道具に出すっていうバランス感覚がちょうどいい。キャスティングにおける人種のバランスも今っぽいんですが、新婦がインド系であることを活かした、まさかの象の登場といったハイライトも用意する変化。さらに、これは褒める点として挙げますが、クロエ・グレース・モレッツも含め、ファッションがみんなたいしてイケていない。要は、最新のトレンドって感じじゃなくて、制服なんかも古き良きアメリカンな感じと言えば良いのかな。それもトムとジェリーにはちょうどいいなと。

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(c)2020 Warner Bros. All Rights Reserved.

決定的なのは音楽。トムをミュージシャン志望にしたのも面白いんですが、ヒップホップ満載のサントラ。トムとジェリーという古典、言わばブレイクビーツを映画的にセンスよく今打ち出すならこんな感じと、全体をリズミカルかつグルーヴィーにまとめようというティム・ストーリー監督の意志が伝わります。最後に、クロエ・グレース・モレッツたち俳優と完全アニメの動物たちのアンサンブル。モレッツも繊細な演技というよりは、古式ゆかしくすらあるはっきりとしたコミカルな表情や仕草に専念していて、ちょうどいい。そして、アニメのリアルを追求していない感じもちょうどいい。
 
てな具合に、とにかく映画を観ている間、居心地が良いなと感じました。正直、もうちょい端折って90分くらいにまとめてしまっていいとは思いましたが、ジェリーがチーズにうっとり吸い寄せられるように、あるいはトムがしょっちゅう雷に打たれる天丼ギャグのように、忘れた頃にはまた絶対観たくなる、2020年代トムとジェリーの復活劇。生みの親であるハンナ=バーベラのコンビも「やりおるな」と天国で楽しんでいるんじゃないでしょうか。
劇中でこんな曲も流れてきて、ハイライトの盛り上げに一役買っています。まさに燃料満タンって感じで、みんな大騒ぎの楽しい一幕でした。

 

さ〜て、次回、2021年4月13日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、ついに出ましたアカデミー賞最有力と言われる『ノマドランド』。既に観た人の中には、広大なアメリカ大陸を移動する様子が、興味深くはあるが日本人にはピンとこないという意見も。さて、僕はどう観るかな。あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!