京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『まともじゃないのは君も一緒』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 3月30日放送分
『まともじゃないのは君も一緒』短評のDJ'sカット版です。

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主人公のひとり大野康臣は、学生時代に数学の研究に没頭したものの、学者になるにはいたらず、それでも好きな数学の世界に生きようと予備校講師をしています。恋人のいない現状に不満はないものの、このままずっとひとりで暮らしていくことに漠然とした不安を持っています。純朴ではあるのですが、女性との付き合い方はさっぱりわかりません。そんな大野の恋の指南役を買って出るのが、生徒の秋本香住。「先生は普通じゃない」と一刀両断する彼女もまた、実は恋愛経験に乏しいのに恋愛雑学だけは詳しいという女の子。香住はある日、ずっと憧れている青年実業家、宮本の婚約者・美奈子と大野をくっつけて破局させるという作戦を思いついたから、さぁ大変。

わたしのハワイの歩きかた そこのみにて光輝く

手掛けたのは、『わたしのハワイの歩きかた』などの前田弘二監督と、『そこのみにて光輝く』や前田作品の脚本を書いてきた高田亮というコンビ。オリジナル脚本になります。大野を成田凌、香住を清原果耶が演じる他、小泉孝太郎が実業家の宮本、泉里香がそのフィアンセに扮しています。
 
僕は先週水曜日、TOHOシネマズ二条で鑑賞してきました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

先日発表したマサデミー賞2021を賑わせた俳優の共演ということで、かなり期待して劇場へ向かいました。そして、その甲斐あって演技も満喫できました。ミイラ取りがミイラになるパターンのバリエーションですね。当初の計画がだんだんズレていって、あれ、これはどういう作戦だったんだっけと、だんだん目的がわからなくなってくるパターンですよ。その変化を楽しみながら、僕たち自身も「普通」という得体のしれない物差しで価値や行動規範を測ってやいないか、最後には自問自答する。その目論見は、概ね達成していると言えます。

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(C) 2020「まともじゃないのは君も一緒」製作委員会
オリジナルで書いた高田亮のペンがまず冴えていますね。大野と香住、このふたりは数学においては教師と生徒なんだけれど、恋愛においては役割が逆になる。この面白さはありますよね。論理的な思考を反映しすぎるあまり、会話が窮屈になりがちな大野に対して、利発だが感性と雰囲気で喋る香住という対比。ステレオタイプな役回りだけれど、大野だって実はかなり感覚的で想像力に富んだところがあるし、香住にも頭でっかちすぎるが故の柔軟性のなさが言動の端々から見えてくる。つまりは、タイトル通り、まともじゃない。ふたりとも、そうなんですね。では、その「まとも」という曖昧なものを体現しているのは誰か。大野と香住のターゲットとなる、宮本とそのフィアンセ美奈子でしょう。宮本は教育ビジネスで急成長していて、メディア露出や講演活動もお盛んな様子。ただ、どうもその美辞麗句はうさんくさく、近づいてみるとメッキが剥げてくるように思える。一見幸せそうなカップルだけれど、美奈子の表情にもどこか影がある。
 
他にも、香住の学校のイケてる女子が、これまたイケてる男子とつきあっていて、それに対して完全にやっかみであらぬ噂を広げるJK集団が出てきます。宮本に憧れたおして来たけれど、リアルな恋愛経験のない香住は、そんな噂を無視してイケてる女子に話しかけ、「人を好きになるって、どういうこと?」なんて、十分におかしな行動に出る一幕もありました。やっかんでいるJKたちにとっては、いけ好かないし、鼻持ちならないのだけれど、話を聞いてみると、感じはいいし、お高くもとまっていない。むしろ、下町でまともじゃない大人たちに囲まれて家業のスナックを手伝うような律儀なところもある。

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(C) 2020「まともじゃないのは君も一緒」製作委員会
こうしたキャラクターを配置して作り手たちが軸にしているのは、「普通」にがんじがらめになって生きるのは「まともじゃない」ってことです。序破急な物語運びには無駄がないし、キャラクターの心情の変化が服装や言葉遣いに直結していく役をそれぞれに成田凌はすらりと、清原果耶は熱っぽく演じていました。
 
ただし、気になったのは、脚本全体が図式的に感じられたこと。無駄はない、のだが、ところによって一足飛びに次の展開へ移るんですね。それが僕には、いわゆる少女マンガっぽく見えました。で、一度そう思っちゃうと、ご都合主義的な時間・空間の流れも目につきます。ま、でも、ラブコメというジャンルだからこその、ある種の緩さ、あるいは「そんなわけあるかい!」というツッコミ待ちという笑いにギリギリ変えられているのかなとも思います。別にマンガっぽいのがそれ自体ダメってことではないんですが、もうひとつ気になるっちゃなったのは、主演のふたり以外の体温が低い、人間味が薄い、演出の解像度にあまりに差があるのが、キャスティングにも出てしまっているなと思えたのが惜しく感じました。

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(C) 2020「まともじゃないのは君も一緒」製作委員会
それゆえか、必要以上にサラッと軽くなっている感も拭えませんが、必ずしも恋愛至上主義にならない物語のソフト・ランディングは爽やかでした。ガツガツ笑いを取りに行かないコメディーの良さでしょう。なんか心理的に窮屈だなと日頃感じているような人には、まさに息抜き、なおかつ、少し自分でも考えを巡らせる佳作、ご覧になってみてください。
映画の劇伴はOvallのギタリスト関口シンゴさんが手掛けています。チャームくんもギタリストだし、映画全体の音の調和が主題歌も含めて取れていました。歌詞と物語の距離感もちょうどいいと思います。深い森は歌詞のメタファーと思っていたけれど、冒頭から出てくるし、単なる舞台装置ではなく、森自体もメタファーとして主人公ふたりに働きかけていることがわかって、味わい深いエンディングでの歌との再会となりました。


さ〜て、次回、2021年4月6日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『トムとジェリー』です。2021年にトムとジェリーの新作を観られることになるとは! そこにクロエ・グレース・モレッツちゃんも共演するとは! 実写との融合の具合はどうなんだろう? あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!