京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

映画『メタモルフォーゼの縁側』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 6月28日放送分
映画『メタモルフォーゼの縁側』短評のDJ'sカット版です。

さえない日常を送る女子高生の佐山うららと、夫に先立たれて一人暮らしをしている老婦人の市野井雪。これまで交わることのなかった58歳差のふたりの女性が、ゆるやかに、でも分かちがたく友情を育んでいくきっかけはボーイズラブの漫画でした。何度も会ってときめきに満ちた会話をするうちに、ふたりはやがてある目標に挑むことになります。

メタモルフォーゼの縁側 映画記念BOXセット

 原作は鶴谷香央理の人気同名漫画ですね。5巻の物語のエピソードを取捨選択して映画用に脚色したのは、『阪急電車 片道15分の奇跡』の岡田惠和(よしかず)で、監督はドラマ畑で活躍してきた狩山俊輔。劇伴はT字路sが担当し、ボーカルの伊東妙子はうららの母親役としても出演しています。うららを演じたのは、まさに今高校生の芦田愛菜。雪に扮したのは、宮本信子。他に古川琴音やなにわ男子の高橋恭平、光石研なども登場しています。

 
僕は、金曜日の朝イチ、Tジョイ京都で鑑賞しました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

僕はですね、映画を観る時に、「セットですが何か?」みたいな作り物感のある美術に出くわしてしまうと、どうしても気になってあまりのめりこめなくなってしまうんです。予算のこともありますが、ドラマだとどうしてもその点でしんどく感じることが多いし、せっかくの映画館の大きなスクリーンで美術のぞんざいな仕事が映り込んでいると、もったいないなと思ってしまいます。この作品の場合、女子高生うららの住んでいる古びた団地と、老婦人雪の住んでいる庭付きの日本家屋、それぞれの住空間が舞台装置としてすごく重要なわけですが、僕は美術デザインをされた内田哲也さんの見事な仕事に感心しました。

(C)2022「メタモルフォーゼの縁側」製作委員会
たとえば、雪の家。あの建物は実在するものなんですが、室内のものはすべて出してクリアにして、家具から食器から、雪がやっている書道教室のあれやこれやまで、すべての小道具大道具を持ち込んだそうです。そして、タイトルにもなっている縁側。あれは今風に言えばウッドデッキになる、外にせり出した濡れ縁ですね。事前にスタジオで製作したものを設置したそうです。その結果、本当に雪さんが住んでいる家になっているんです。夫に先立たれ、ひとり娘は北欧で暮らしていても、彼女はひとり凛と上品に生活を送っている。家の手入れも怠らない。のだけれど、さすがに寄る年波には勝てず、家の端々にガタが来ているところまでは手が回らずにいる感じが出ているんです。たとえば、細かいようだけれど、雪の背後に何度か映るふすま。そこそこ大きな凹みがあるんですよ。そういうところまで、ぜひ味わっていただきたい。繰り返し登場する雪の家は、うららとの関係の変化、深まりに合わせて、そして他にも訪問する人に合わせて、微細に、あるいは時に大きく移ろっていきます。だから、そこに宮本信子がいれば、ごちゃごちゃ説明しなくても、僕らにはしっかり状況がじわり伝わるんです。匂いまで伝わってきそうなんです。

(C)2022「メタモルフォーゼの縁側」製作委員会
同じことはうららの団地にも言えます。おそらくは、母子家庭なんでしょう。裕福とは決して言えないし、伊藤妙子演じるお母さんも自分たちを「小市民」なんて言っていました。でも、そこには金持ちへのやっかみもないどころか、汗かいて仕事して娘を育てているというささやかな誇りもある。うららはうららで、そんな母のような境地にはまだ達していない思春期の女の子だからこそ、迷いもあるし、クラスのイケてる女子へのやっかみを捨てきれずに悶々としていたりもする。そんな彼女の部屋のデスク、見ました? ふすまを取っ払って、押し入れの段をそのままデスクにしてるんですよ。漫画は数が多くなりすぎていて、BLはまとめて段ボール箱に入れて、その押し入れデスクの下に押し込んである。そのわりには、一番開け閉めするんですけどね。

(C)2022「メタモルフォーゼの縁側」製作委員会
思えば、ふたりの出会いのきっかけは、うららがアルバイトをしている町の本屋さんに雪がふらりとやって来たら、棚の配置換えがあって、以前は料理本が置いてあったところに、漫画本が並んでいて、たまたまその表紙の美しさに惹かれて手に取ったら、それがBLだったということ。とても偶発的なことですよね。僕は映画を観終わってとても爽やかな気持ちになりました。たまたま起きる出来事や好奇心を素直にキャッチすれば、人はいくつになっても、ときめくことができると教えてくれたからです。これはBLがモチーフでしたけど、はっきり言ってなんでもいいんです。主題歌のタイトルのように「これさえあれば」というものに巡り会えれば、人生は豊かになる。家族や学校・職場といった居場所以外に、もうひとつ、ふたつ、立場や年齢を越えた友人がいれば、人生は華やぐ。あの縁側のように風通しが良くなる。メタモルフォーゼ、変身は、死ぬまでいつだってできる。とっても清々しい作品でした。

映画の終わりには、芦田愛菜宮本信子のふたりがこの曲を歌うんですが、びっくりするくらい物語にマッチしていましたよ。オリジナルはT字路s。手がけられたサウンド・トラックもすばらしかったです。


さ〜て、次回、2022年7月5日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『ザ・ロストシティ』サンドラ・ブロックが主演だけでなくてプロデュースにまで乗り出したというノンストップ・アクション・コメディ。面白そうじゃないですか。チャニング・テイタムブラッド・ピットがどんな演技アンサンブルを見せるのか。笑う気満々で劇場へ行ってきますよ。あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!