京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

映画『あのこは貴族』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 3月9日放送分
『あのこは貴族』短評のDJ'sカット版です。

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東京の高級住宅地で開業医の家庭に生まれ育った、いわゆる箱入り娘の華子。慶応大学への入学を機に富山から上京してきた美紀。同じ東京に暮らす、同じ世代の、同じ女性でありながら、まったく異なる環境を生きるふたりの人生が、幸一郎というひとりのイケメン、エリート弁護士を巡って交錯します。

あのこは貴族 (集英社文庫) グッド・ストライプス

原作は山内マリコの同名小説。脚本と監督は、デビュー作『グッド・ストライプス』を僕も高く評価した岨手由貴子。これが長編2本目となります。箱入り娘の華子を門脇麦、富山から来た美紀を水原希子、そして幸一郎を高良健吾が演じています。
 
僕は先週水曜日の午後、Tジョイ京都で観てきましたよ。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

さっきまとめたあらすじだと、この映画、ふたりのタイプの違う若い女性がひとりの男性を取り合う話に思えますよね。そういう映画やドラマはごまんとあるし、事実、僕もふたりが初めて対峙する場面では思わず身構えてしまいました。こりゃ修羅場になるぞ、と。どっこい、そうはならないんです。実際のところ、水原希子門脇麦は初共演で、その場面の撮影で本当に初めて顔を合わせたそうです。このあたり、撮影チームの段取りも手際が鮮やかだなと思います。見てみると、そこはかとない緊張感に満ちていて、そりゃドキドキするんですが、どこかで観たような流れにはならず、むしろちょっと微笑ましい展開にすらなるんですよ。それも肩透かしではなくて、とても心地良い着地をして物語は続行します。

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(C)山内マリコ集英社・『あのこは貴族』製作委員会
僕はいつもだいたいそうですが、予備知識はほぼ入れずに作品をフラットに観るようにしています。ただ、キャストとテーマぐらいはさすがに前もって知っていたんですね。開映してまず面食らったのは、水原希子が地方上京組の美紀を演じていたこと。てっきり逆だと思っていたんですよ。だから、これはキャスティング・ミスじゃないかって感じたのはほんの束の間でした。パンフレットのインタビューで、水原希子はこう答えています。「私も神戸から東京に憧れを持って上京して、16歳のひとり暮らしをしてきました。上京したばかりの頃、東京出身の人たちとの間に『目に見えない壁』のようなものを感じることがありました。すごく頑張っちゃったり、クールに振る舞ってもどこか東京に強い憧れがあって意気込んでしまったり」。なるほど、と思いました。門脇麦もパブリック・イメージとしては「おとなしい」女性なだけに、後半の展開にゾクゾクしました。

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(C)山内マリコ集英社・『あのこは貴族』製作委員会
これは女性たちが互いを蹴落としてサバイブする話でも、格差の解消に向けて革命を起こす話でもない。「シスターフッド」という言葉がよくこの作品を形容するものとして出てきますが、原作者の山内マリコがこれもパンフで書いているように、「女の敵は女」っていうミソジニー的な型を壊す映画です。華子も美紀も、それぞれに信頼できる友と新たな自分、窮屈な枠や家族という檻に囚われないのびのびした生き方を育んでいく。その意味でとても重要になるそれぞれの友達を演じた石橋静河山下リオの好演も光り輝いていました。あのふたりも、僕はすごく好き。友達になりたいもの。

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(C)山内マリコ集英社・『あのこは貴族』製作委員会

ネタバレに気をつけながら書きますが、華子と美紀はまた巡り会います。そこがまたすばらしいシーン。これまでまったく違った環境で異なる景色を見て生きてきたふたりが、そこで同じ眺めを共有するんですね。さりげない、偶然の出会いで、短い時間なのだけれど、特に華子にとっては決定的に人生を左右することになるし、美紀も彼女を自然にもてなしたことがじんわりと後の価値観を規定していくことになるんだろうと想像できます。

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(C)山内マリコ集英社・『あのこは貴族』製作委員会
最後に、また水原希子の言葉を引用します。「人を力づくで変えることはできないし、なるようにしかならないこともある。自分が正義だと思って闘ったことでも、それが分断を生んでしまう。そんな事態は避けたいんです。<中略>だから、この映画は私が求めている世界を描いているんです。観れば人間のことが好きになる、そういう映画だと思います」。僕もそう思います。この映画では誰かが誰かを激しく糾弾することはない。価値観の違いはあるし、世の中の恐ろしい部分もあるけれど、それを全否定はしない。むしろ、たとえば親の人生、誰かが望む人生をトレイスするのではなく、自分でのびのび自分の可能性を切り拓いていくんだっていうスカッと爽やかな余韻に満ちています。時間があればもっと褒めたいところがいっぱい。岨手由貴子監督に拍手喝采! 今後もますます彼女を応援したいです。2020年前後の日本をスマートに切り取って今後の展望を見せてくれた、とても重要な一本です。
いわゆる主題歌はないんですが、映画を観終えてから、僕の頭の中では自然と土岐麻子の歌が流れていました。彼女も(とりわけ女性たちを登場人物にして)都市生活者の音楽を作っていますが、中でもこの曲が映画の中の4人の若い女性たちへの応援歌として響くといいなとお思ってお届けしました。 


さ〜て、次回、2021年3月16日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『ラーヤと龍の王国』です。劇場公開と同時に、ディズニープラスでも(追加料金は必要ですが)配信スタートしているこの作品。どちらで観ようかしら。あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!