京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

映画『月の満ち欠け』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 12月20日放送分
映画『月の満ち欠け』短評のDJ'sカット版です。

家族思いの父親だった小山内堅(つよし)は、妻の梢と高校生だった娘の瑠璃を事故で同時に失います。悲しみにくれ、東京から故郷の青森に戻って暮らしていた堅(つよし)のもとに、ある日、哲彦(あきひこ)と名乗る写真家が訪ねてきます。あの事故当日、堅(つよし)の娘瑠璃は、面識がないはずの自分に会いに来る途中だったと告げられて戸惑う堅(つよし)。哲彦(あきひこ)はさらに踏み込んで、瑠璃はかつて自分の愛した同じ名前の女性の生まれ変わりかもしれないと言うのですが…

月の満ち欠け

原作は佐藤正午の同名小説で、この作品で2017年に直木賞を獲得しています。脚本は、『こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話』の橋本裕志(ひろし)。監督は『ナミヤ雑貨店の奇蹟』の廣木隆一で、なんと今年だけで5本も監督作が公開と、とんでもないハイペースです。
 
父親の小山内堅に扮したのは、大泉洋。妻の梢を柴咲コウ、小山内を訪ねてくる写真家の哲彦を目黒蓮、その哲彦の愛した瑠璃を有村架純が演じている他、田中圭伊藤沙莉(さいり)、菊池日菜子などが出演しています。
 
僕は先週木曜日の夜に、MOVIX京都で鑑賞しました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

なんというか、近年稀に見る変わった映画ですよ、これは。僕が原作を読んでおらず、ストーリーラインを把握しないまま観に行ったもんで、ある意味いいお客さんですよ、素朴に驚いたんです。思ってたんと、違うってこと。僕は予告を観る限り、ジャンルとしてはメロドラマで、人と人のつながり、それも数奇な縁を描いた、こう言ってはなんですが、お涙ちょうだいの作品だろうと予想していました。それも間違いではないし、たとえば、とても家族思いの小山内の妻子がいっぺんに亡くなってしまうところなんて、演じた大泉洋さんもあそこはこらえきれなかったとインタビューで語っているように、観ているこちらもこらえきれないものがあります。僕だって、こみ上げるものがありました。ただ、物語が進むにつれて、おやおや、と、その僕の言った「数奇な縁」ってやつの全体像が見えてくると、今度はですね、むしろオカルトめいた不穏な空気が漂い始めて、正直に言えば、ラスト近辺であとある言葉が発する言葉に、僕はマスクの下でこうつぶやきました。「こわ…」。

(C)2022「月の満ち欠け」製作委員会
映画の軸としてあるのは、ふたつの愛です。ひとつは1980年、12月8日、ジョン・レノンが死んだ日に出会った、レコード店でバイトをする大学生哲彦と、年上の女性、瑠璃。ふたりは傘の貸し借りから恋に落ちていきます。そして、もうひとつは、その1980年12月8日に結婚式を挙げた小山内と妻の梢、さらにはふたりの間に翌年生まれる娘の瑠璃が育む家族愛です。こうやって話していると、ますます、ジョン・レノンの命日をきっかけとする恋愛オムニバス映画みたいじゃないですか。絆、とか、純愛、なんてワードで括りたくなるし、廣木隆一監督の演出は、一見、画面の作り方や、小道具の使い方、キャラクターが走る絵の入れ方、など、どれを取っても、大衆メロドラマのそれなんです。ただ、僕に言わせれば、いやいや、そこに騙されてはいけないという気もします。7歳で原因不明の高熱を出した娘瑠璃が、それ以降、不可思議な行動を連発する様子。高校生になった彼女が美術部で描く絵のタッチ。満ち欠けを繰り返す月が不気味にすら見えるショット。現代パートで小山内が再会する娘瑠璃の親友親子が食べているものと、その会話シーンのバックにある不自然に大きな宗教画などなど。これ、僕、はっきり言いますけど、羊の皮をかぶった狼的に、感動のメロドラマに見せかけたオカルト・ホラーだと認識すると、捉え方がずいぶん変わるように思います。面白くなるんです。かつて大林宣彦がアイドル映画の枠内でぶっ飛んだことをやっていたように、というと、持ち上げ過ぎですけど、ジャンルを飛び越えてとんでもないところへ観客を連れて行く、ある種の居心地の悪さが魅力です。それが製作陣や廣木監督が意図したものなのか、そうでないのかは別として。

(C)2022「月の満ち欠け」製作委員会
高田馬場のオープンセットがすごいとか、神田川の感じが懐かしいとか、そういう評もありますが、僕に言わせれば、そうですかね、という感じもします。セットはセットだとすぐに見抜けるし、エキストラの動きも不自然。事故現場にいたっては、明らかに交通を遮断して撮影しているのがわかるショットもある。8mmフィルムのくだりは、エモい雰囲気を出していますが、同時録音って、あれ、できるものかしら? 1980年の早稲田松竹って、あんなシネコンみたいな座席なの? 当時の缶ビールは、プルタブ式でしたよね。当時のキャンプ道具ってなどなど、できるはずの時代考証ができていなくて首をひねるところは結構ありました。
 
でもですね、僕は有村架純柴咲コウ伊藤沙莉の謎めいた女性像はどれも良かったと思うし、再三申し上げますが、オカルト・ホラーとして観れば、たとえば説明ぜりふが非常に多い点も、むしろ説明されても納得できない怖さがあって、僕はそれが面白いなと思ったんですね。その意味で、思いがけない珍品に出会えたと言えます。好きとも言えないし、凡庸なメロドラマだとも片付けられない、映画的な飛躍に満ちた不思議体験は保証できます。
 
それでは、その不思議が発動する時にかかっていたジョン・レノンの曲を聞いてみましょう。

さ〜て、次回2022年12月27日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『ハッピー・ニュー・イヤー』です。この番組ではぴあの華崎さんが紹介してくれていた韓国映画ですね。グランド・ホテル形式の群像劇で、まさにホテルの年末年始の悲喜こもごもを描いていく。その様子を、華崎さんは『THE有頂天ホテル』を引き合いに出して原稿にしていらっしゃいました。さぁ、あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!