京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

映画『ザリガニの鳴くところ』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 12月13日放送分
映画『ザリガニの鳴くところ』短評のDJ'sカット版です。

1969年、アメリカ、ノースカロライナ州の湿地帯で、地元の名士の跡取り息子の青年が変死体で発見されます。事故か他殺か。容疑をかけられたのは、カイアという若い女性。彼女は6歳で両親に見捨てられ、学校に通わず、湿地帯の中で自活し、自然を観察して生きる術を学びながら、ひとりでサバイブしてきたのです。そんなカイアに読み書きを教えたのは、心優しいひとりの青年でした。カイアの裁判が進むにつれて、彼女の半生が徐々に明らかになっていきます。

ザリガニの鳴くところ

ここ日本でも大ヒットとなり、全世界で1500万部を売り上げたディーリア・オーエンズの同名小説が原作です。製作を手がけたのは、原作に惚れ込んだリース・ウィザースプーン。監督は、オリヴィア・ニューマン。いずれも女性です。カイアを演じたのは、新鋭デイジーエドガー=ジョーンズ。カイアの初恋の相手テイトをテイラー・ジョン・スミス、金持ちの青年チェイスをハリス・ディキンソンが演じた他、弁護士役として名優のデヴィッド・ストラザーンが活躍しています。また、主題歌は、やはり原作に夢中になったというテイラー・スウィフトが書き下ろしました。
 
僕は先週金曜日の朝に、TOHOシネマズ二条で鑑賞しました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。


残念ながら、僕は原作は積読タワーの中に埋もれたまんまでして、このタイミングでも読む時間を確保することがかないませんでした。そんな僕が言うのも妙な話ですが、これは原作にとってかなり幸福な映画化ではないかと思うんです。物語の舞台であるノースカロライナ州に住み、動物学者として活動してきた原作者ディーリア・オーエンズが、それなりに分厚いあの小説で精緻に描写した自然や主人公カイアの言動というのは、125分の映画にそっくり移し替えるなんてことはできないわけです。でも、原作を読んでから映画を観た人に話を聞けば、たとえば湿地帯の景色というのは文字からイメージしていたものにかなり近いのだそう。これは作家の言葉の表現力の賜物とも言えるわけで、オーエンズさんもこんなコメントを発表しているんです。「私が望んでいることの一つは、自然の風景や湿地、自然環境そのものの場面を観た人たちが、“観てよかった”と感じてくれることです。もし映像で接するのなら、湿地は、絶対に大きなスクリーンで見るべきものです」って、これ、オリヴィア・ニューマン監督への賛辞にも受け取れますね。カイアが金持ちの青年チェイスと初めて高い火の見櫓を登った時に、眼下に広がる広大な湿地帯を目の当たりにして口にする言葉「いつも横顔だけ見ていた友だちの全体を見た気分」というのは、原作を読んだ後にこの映画を観た人も同じ気持ちになるのではないでしょうか。

(C)2022 Sony Pictures Entertainment (Japan) Inc. All rights reserved.
一方、僕みたいに原作を未読の人はどうかと言えば、僕もそうですが、この映画を観たら、まず間違いなく小説を読みたくなるんです。実際に、CIAOリスナーのそうした声がツイッターでもたくさん寄せられています。これはなぜかと言えば、映画があえて描写を省いた要素があるからで、それが気になるから小説で言わばその答えを探したくなるというのが一番の原因だとみています。小説を映画に脚色するにあたって、ラストや設定を改変することってよくありますけど、この作品はむしろそこはかなり忠実であるにも関わらず、あることを大胆にも伏せて省略しているんですね。2時間という尺の中で観客の緊張感と興味をキープする目的もあって、映画ではこの物語の構成要素のひとつ、チェイスの死の謎をより強調しているように感じます。それは僕は妥当だと感じると同時に、それがゆえに、実はジャンルとしてのミステリーに徹しなかったことが英断だったと言うべきです。ネタバレを避けるために、奥歯にものの挟まったような言い方になっていますが、大きな謎は明かすものの、いわゆる謎解きはしていないんです。だから、極上ミステリーを期待していた人は肩透かしを食うかもしれませんが、僕は謎解きをもし映画でしていたら、そこの妙な生々しさが印象として強くなりすぎて、物語の本質からはむしろ遠ざかるような気がするんですよ。で、小説には謎解きはある。それもあって、気になってしょうがない人は本を手に取るという流れが生まれているんですね。

(C)2022 Sony Pictures Entertainment (Japan) Inc. All rights reserved.
僕はとにかくこの映画に魅了されました。自分でも湿地をカヤックでうろうろするので、簡素なボートで登場人物たちが移動する映像はたまらなく美しく感じました。カイアと優しき青年テイトが鳥の羽を交換することでコミュニケーションを取っていくところも素敵だった。生物学ってだけじゃなくて、文化人類学的にも面白いという場面でした。恋愛ものとしても、法廷劇としても、女性の成長譚としても、社会のスケープ・ゴートや差別の構造、そしてジェンダーの問題を考える上でも、意義深く鑑賞しました。でも、僕はどうもそれだけじゃない気がしてモヤモヤしていたんですが、パンフレットにあった山崎まどかさんのレビューを読んで、「これだ!」と膝を打ったんです。それは、カイアという女性の象徴するもの。カイアは「私は湿地となった」と語る場面があるんですが、つまりは彼女は自然そのもののシンボルだという考えです。そう捉えると、この物語はつまり、人間と自然の関係を描いた寓話として成立するんですね。すると、僕たち人間が自分たちをどこか自然から切り離してものを考える、自然を守ろうとか、地球にやさしくという言葉に透けて見える欺瞞やおごりを問いただすメッセージが浮かび上がってきます。ザリガニは鳴かないけれど、ザリガニの鳴き声に耳を澄ますような姿勢が僕たち人間には切実に求められており、そうでない限り、僕たちは「母なる自然」に奈落の底へいつ突き落とされても仕方がない。そんな恐ろしさもたたえる、つまり怖いほど美しい映画だと僕は受け止めました。
 
では、原作に感銘を受けたテイラー・スウィフトが、真夜中にひとりで書き、物語の舞台となった時代らしいサウンドをザ・ナショナルのアーロン・デスナーと構築してできあがった主題歌です。

さ〜て、次回2022年12月20日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『月の満ち欠け』です。予告を何度も映画館で観ていたんですが、とにかく泣きの演出なんだろうなぁという印象です。そして、僕も涙をこぼすのだろうな、と。でも、泣く=いい映画ってことでもないわけで、そこはしっかり観ますよ。手ぬぐい持参で! さぁ、あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!