京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『ザ・メニュー』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 12月6日放送分
映画『ザ・メニュー』短評のDJ'sカット版です。

太平洋沖の小さな島にある、超高級レストラン「ホーソン」。予約なんてなかなか取れず、有名シェフのスローヴィクが手掛ける芸術作品のような豪華な料理を楽しめるのは、ごく限られた特別な客だけ。その日集まったのは、IT企業の社員、羽振りのよい熟年の常連夫婦、料理評論家、落ちぶれた中年映画スター、そして、料理オタクの青年とそのガールフレンド、マーゴ。ただ、島に上陸したところから、どうもこのレストラン、様子がおかしくて…

キングスマン:ファースト・エージェント (字幕版)

監督は、本年度エミー賞で最多25ノミネートを誇るTVシリーズ『メディア王〜華麗なる一族〜』の演出で注目が集まっているマーク・マイロッド。ボーイ・フレンドに連れてきてもらった、一応主人公と呼ぶべきマーゴを演じるのは、『ラストナイト・イン・ソーホー』のアニャ・テイラー=ジョイ。そして、シェフのスローヴィクには、『シンドラーのリスト』『イングリッシュ・ペイシェント』『ハリー・ポッター』シリーズのヴォルデモート、あるいは最近だと『キングスマン:ファースト・エージェント』などなどへの出演で知られる、名優レイフ・ファインズが扮しています。
 
僕は先週金曜日の朝に、TOHOシネマズ二条で鑑賞しました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

簡単に言えば、とんでもないレストランに入店してしまった客たちの顛末を描いた物語ということになりますが、思った以上に風刺のきいた作品でして、味で言えば、その苦味と辛味に僕はゾクゾクしました。宮沢賢治で言えば、『注文の多い料理店』ですね。なにしろ、一皿ごとに、シェフがその料理についての御託を並べるわけですが、最初に「食べないでくださいDo not eat.」なんて言うんですもの。「え?」ってなりますよね。じゃあ、どうすればいいのか。「味わってほしい。Taste.」ときたもんだ。なんだよ、「うるせ〜な」って思ってしまいますよ。そんなの言葉の綾じゃないかって。でも、このシェフの言わんとするところもわからないでもないというか、素材を吟味して、丹精込めて提供される料理というのは、当然ながら、単なる栄養補給という次元を超えて、アートや哲学という領域に発展していくもの。ましてや、セレブしか立ち入ることを許されないようなお店で、アイデアと技術と贅を尽くしているところで、牛丼をかっくらうようなノリでがっつかれても興ざめ、ではあります。確かに。ちゃんとそこに込められた意味まで含めて味わっておくれということなのだろうか。

(C)2022 20th Century Studios. All rights reserved.
そう思って、改めて客たちを見回してみると、まあ、困った連中が集まっておりますこと。腹が立つわぁっていう俗物っぷりが各テーブルでそれぞれ手短に完結に展開されていて、僕なんかはニヤニヤしてしまうわけです。私が料理業界に君臨しているとでも言うような料理評論家の女性の鼻持ちならない言葉と態度。彼女にへつらう編集者。味なんてどうでも良くて、とりあえず有名レストランで食事をすることで箔をつけたい、つまりは料理ではなくステータスを求めてやってきた連中。そして、料理の写真は撮るなと言われているのにこそこそ隠し撮りをするような、それでいて、シェフのことを神とばかりに盲信している料理オタク。アダム・マッケイのプロデュースということで、いわゆるエスタブリッシュメント、社会階層上位の金持ちを料理させたら抜群です。シェフが部下たちを総動員して、そいつらに一泡吹かせる、その復讐の手口がブラックで面白いやないかということ。よく研いだ包丁のように鋭いんですね。
 
でも、単純に資本主義社会の成功者とその搾取だけを批判しているだけでもないんです。それがこの作品の意外と、と言ったら失礼ですが、幅の広いところ。たとえば、途中で男性だけが恐怖に打ちのめされるくだりがありますが、女性への差別意識も複数の角度から立体的に批判されます。それから、なんと料理人の過度な上昇志向や軍隊的な上下関係、つまりはシェフの身内や自分自身のいる料理業界も容赦なく切っていくんです。

(C)2022 20th Century Studios. All rights reserved.
そんな中、ひとりだけ、アナ=テイラー・ジョイ演じるマーゴという女性だけが、白い羊の群れに紛れ込んだ黒い羊という感じで、映画の冒頭から浮いていて、観客の視点を肩代わりする存在である一方、彼女自身にも謎があって、それが一定のテンポで進み先が読めてしまいかねない物語の推進力にもなっています。
 
羊たちの沈黙』や『ミッドサマー』、そしてアダム・マッケイ作品の好きな人なら、きっと気にいるのではないでしょうか。閉鎖空間での会話劇は演劇的ではあるものの、そこはマーク・マイロッド監督が細部にまでこだわり抜いた演出でしっかり映画らしい盛り付けをしています。シェフがあそこまでどうかしてしまった理由と、この地獄のフルコースの計画の内幕、シェフが予定外に作ることになるあの料理の意味など、描き切れていなくて弱点になっている要素、深みが足りないと感じるところも正直ありますが、僕はこれ、十分に楽しみました。わりと好物です。

さ〜て、次回2022年12月13日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『ザリガニの鳴くところ』です。原作小説は世界中に翻訳されてヒットしたミステリーで、日本でもよく読まれましたし、木曜日にジュンク堂書店の角石さんがこの番組でオススメもしてくれていました。予告を観ていると、その映像の美しさに圧倒されますが、脚色はうまくいっているのかどうなのか、観に行って確かめてきます。それにしても、公式サイトのアドレスが、「ザリガニ・ムーヴィー」になっていて、ちょっと笑ってしまいました。さぁ、あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!