京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『ドント・ルック・アップ』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 2月22日放送分
『ドント・ルック・アップ』短評のDJ'sカット版です。

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ミシガン州立大学天文学者ミンディ博士のもとで研究を続ける大学院生のケイト・ディビアスキーは、ある日、新しい彗星を発見するのですが、それが半年後、ほぼ間違いなく地球に衝突し、そのインパクトは人類を滅亡させるレベルであると、気づきます。ふたりは、政府に対策を促すべく、なんとか大統領にその事実を伝えるのですが、その回答は「静観し精査する」というものでした。がっかりしたふたり。もちろん、その間にも彗星は地球に近づいています。どうなる、人類。

マネー・ショート華麗なる大逆転 (字幕版) バイス (字幕版)

 社会派ダークコメディーを得意とする、『マネー・ショート 華麗なる大逆転』『バイス』などの監督、アダム・マッケイ。彼が監督・脚本・製作を務めた今作には、超豪華キャストが集いました。ミンディ博士にレオナルド・ディカプリオ、ケイト・ディビアスキーにジェニファー・ローレンスのほか、メリル・ストリープケイト・ブランシェットジョナ・ヒルティモシー・シャラメアリアナ・グランデと、すごいことになっています。

 
去年の12月10日から一部劇場で公開されまして、今はNetflixで配信中。アカデミー賞では、作品賞や脚本賞など、4部門にノミネートしています。僕は事前に観ていましたが、先週土曜日、Netflixで改めて鑑賞いたしました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

アダム・マッケイ監督は、少なくとも僕が観ている作品、どれも好きだし、世相の捉え方、風刺や皮肉をたっぷりまぶしたストーリーライン、セリフ回し、そして編集がすばらしい人ですよ。それが今回はSFだっていうから、どんなものなのか、観る前はピンときていないところもあったんです。やはり現実ベースで、とことん調べて、情報過多という勢いで作劇をするタイプの人ですから。観たらもう、夢中です。巨大な彗星が地球にぶつかるっていう、その設定から、よくぞここまで深いレベルの掘り下げをして人間の悲しい性を浮き彫りにできたもんだと、手放しで拍手してしまいました。
 
ここ数年、僕たちは新型コロナウィルスによるCOVID-19という感染症に翻弄されています。このワードは安易に使うべきではないってことは承知のうえであえて言えば、これって、人類共通の敵とも言えるわけです。だから、普段は小さな違いをあげつらって、資源や利権を奪い合っていがみ合っている国や地域や企業を越えて、たとえばワクチンなど、知恵と力を資金を集めて立ち向かってきた側面もあるものの、コロナ禍をきっかけに、現実の諸問題がむしろ深刻化した側面もありますよね。あちこちに引かれていたボーダーが、目に見えるものも見えないものも含めて強調されたような気がして、なんだかなぁって思うこともしばしばでした。アダム・マッケイは、そんな「人間ってどうしてこうなるのか」っていう風刺を、ウイルスよりももっと強烈な共通の敵、彗星に託すことで成立させています。

幼年期の終わり (光文社古典新訳文庫)

映画を観ていて思い出したのは、アーサー・C・クラークの代表作であり、SF史上の傑作とされる『幼年期の終り』です。あの小説では、地球に圧倒的な異星人がやってきたことで、人類は当初こそ混乱するんだけれど、やがて既存の国家みたいな枠組みから離れて奇妙なことにユートピアのような地球に変貌していきました。ところが、アダム・マッケイが想定したのは、まるで逆のディストピアです。半年後には人類が滅亡する可能性が高いって言ってんのに、大統領も、メディアも、なかなか取り合わない。やっと発表できたと思っても、売れっ子シンガー・ソングライターとラッパーの痴話喧嘩と復縁話に視聴率でボロ負けするわ、ネット民からはさっそくコラージュだ何だで天文学者がいじられるわで、とにかくどうしようもないんですよ。そのどれもが、ありそうなことだなぁって思えることのオンパレード。SF設定で浮かび上がらせた人間の所業は、隕石衝突で絶滅したという説のある恐竜と同レベル、いや、それ以下じゃないかという愚かさ。

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(C)Netflix
環境問題のメタファーになっているような分断も起こります。彗星を直視してともに立ち向かおうという人たちと、そんなの嘘っぱちで空なんか見上げてもしょうがないんだ、Don't Look Upだという人たち。それから、デマによるモノの買い占め、品薄状態。政治家による選挙への利用。超巨大企業による政府への介入、などなど。結局は目先のことばかりです。そうこうするうちに、彗星はやって来るというのに、そんなこと今はどうでもいいだろうというエピソードの連続です。で、この映画のすごいのは、リベラル寄りの人たちにも痛烈な皮肉をかましている点でして、ディカプリオ演じるミンディ博士もまたメディアに出ているうちに調子に乗って、ミイラ取りがミイラになる調子で、うさんくさい慈善運動家みたいに見えてくるといった具合に、立場の違う人たち双方をシニカルに描いているということです。IT長者も、ティモシー・シャラメ演じるスピリチュアルなストリート・キッズもそう。そして、最後はどうなるってところですが、これが飛び抜けて痛烈なんですよねぇ。僕にとっては、同じく地球や人類滅亡のかかったあまたのスーパーヒーローもの以上にゾクゾク来ました。

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(C)Netflix
2時間18分と長いですが、テンポが良いし、笑いの仕掛けに満ちているので、短く感じます。それは、アダム・マッケイ自慢の編集が、また輪をかけて抜群だからです。人のセリフの途中でぶった切って次にいっちゃう笑いに加え、シーンとシーンの間に挟み込む、一件、脈絡がなさそうに見えて、実はひとつひとつ意味を込めて吟味された映像のチョイスも見事。僕はドハマリです。

さ〜て、次回、2022年3月1日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、濱口竜介監督の『偶然と想像』となりました。『ドライブ・マイ・カー』がアカデミー賞にいくつもノミネートということになる中、こちらのオムニバス映画も公開されて、しかもコロナ禍で配信も並行して行われているんですが、そのやり方が特別で興味を持っていたんです。要は、この作品を公開している映画館にも、その売り上げが配分されるように、オンラインで観るにしても、自分の贔屓の映画館をネット上で選択できるようになっているんです。これはすごい。あなたもぜひやってみてください。鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!