FM COCOLO CIAO 765 毎週月曜、11時台半ばのCIAO CINEMA 6月23日放送分
映画『おばあちゃんと僕の約束』短評のDJ'sカット版です。
タイのバンコク。主人公の青年エムは、大学を中退してゲーム実況のYouTuberを目指しつつも、ダラダラと母親と二人暮らしをしています。ある時、いとこで幼馴染の女の子が、介護をきっかけに祖父から豪邸を相続したことを知り、自分も楽して大金を手にしたいと考えるようになります。すると、母方の祖母メンジュがステージ4のガンに侵されていることが判明。エムは一人暮らしのメンジュに急接近するのですが…
製作は、『バッド・ジーニアス 危険な天才たち』や『ハッピー・オールド・イヤー』『プアン/友だちと呼ばせて』など、タイのA24とも言われ、話題作・ヒット作を続々と生み出すスタジオGDHです。監督と共同脚本は、ドラマで経験を積んできた若手で35歳、これが長編デビューとなるパット・ブーンニティパット。主人公のエムを演じたのは、世界のあちこちで話題を呼んだBLドラマ『I Told Sunset About You 〜僕の愛を君の心で訳して〜』で大ブレイクし、歌手としても活躍するスター、ビルキンです。
僕は今作はメディア向け試写で鑑賞してきました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。
僕はタイの映画事情に明るくないので今回調べてみましたが、今はスタジオGDHというところが肝なんですね。今年で10周年なんですが、GDHというのはGross Domestic Happinessの略で、「観客と従業員の幸せを最大化する」という目的を込めた言葉ということです。実際、タイでこの作品が公開された初日は、社員がそれぞれ愛する人と過ごせるようにと、休日にしたというエピソードが素敵。話題作、ヒット作を次々と打ち出していますが、実は製作本数は決して多くなく、ひとつひとつを丁寧に手がけているのがわかります。何より、最初に出る製作会社のジングルみたいな動画ロゴが、輪ゴムで挟んだ紙を回すと動き出すっていう、ソーマトロープと言われる映画のルーツを取り入れている時点で、こりゃそうとう映画好きというか、「わかってんな、この人たち」という感じがします。なので、今日はGDHというタイの映画会社の名前を覚えておくと良いと思います。A24みたいに、これが出てきたら、一定以上のクオリティは間違い無しの信頼の証っていう感じですね。
この作品の企画は、脚本家のひとりトッサポンがお母さんと一緒におばあさんの介護をしていた経験が発端でした。結局、おばあさんからの遺産がお母さんにはほとんど無かったというエピソードがきっかけになっています。トッサポンさんがそれを16ページの原案にまとめたものを、今度はパット監督と一緒に家族観も含めて語り合いながら、2年ほどの時間をたっぷりかけて、さらには監督が自分のおばあさんと同居しながら脚本を仕上げていきました。
ポスターやホームページのビジュアルを見ると、すごくヒューマンなあったかい懐かしい雰囲気があるんですけど、そんな単純で素朴なものではないんですよね。僕がこの前傑作だと言った『秋が来るとき』みたいに、現代人の毒っ気も描く油断のならなさがあります。ほんわかムービーだと想うなかれ。功利主義的な考え方を追求するあまり家族のつながりに支障をきたすような価値観があちこちに出てきます。要は金をめぐる話ですよ。楽して儲けたいみたいな奴が何人も出てくるし、そこに、男性優位な考え方であるとか、長男が上みたいな封建的なシステムも平気で顔を出します。主人公のエムだって、当初はろくなもんじゃないし、他に出てくる親戚どもも、特にちょっとだけ出てくるおばあちゃんメンジュの金持ちのお兄さんなんて、僕はもう画面越しにぶっ飛ばしてやろうかなと思ったくらい、腹の立つ野郎でした。さらに、ここがとても大事なんですけど、おばあちゃんメンジュがまたね、やさしい笑顔のおばあさんじゃないです。むしろ、何かと口うるさいし、結構イラッと来ることも言ってきます。つまり、すぐさま誰かに感情移入できるタイプの映画じゃないんです。でも、そこがリアルだし、頑なだった誰かの考えが変化した時に、その理由の描き方も含めて、より感動を生む仕掛けです。ただ、物語の流れとして、僕は結構ハラハラしていましたよ。もともとが遺産目当てで孫が祖母に急接近する話なわけでしょ。おばあちゃんと孫の絆が生まれたり強まったりしたとして、結局はそれはお金に還元されてしまうのだろうか。どこに物語的なゴールが設定されているのかわからないからです。これ、もし大金を手にしたとして、僕ら観客の多くはむしろモヤモヤすることになるんじゃなかろうか。そこにこそ、この作品が丁寧に練り上げた脚本の巧さが光っているんです。ぜひ、劇場で確かめてほしいところです。ちゃんと感動できる仕掛けがあります。
続いて映像について触れておくと、ロケ地の選定がすばらしかったです。メンジュの家はタラート・プルー駅の界隈で、庶民が暮らす屋台も出るような昔ながらの下町なんですが、引きの画が入るとわかるんです。奥には高層ビル群が迫っているなと。電車も古いタイ国有鉄道と新しいバンコク・スカイトレインという路線が混在しているんです。この新旧が交差する場所というのが、2世代離れたふたりの主人公の交流を象徴していました。他にも、家がいくつも出てきます。主人公エムの実家。エムのふたりいるおじさんそれぞれの家。エムにおばあちゃんの介護を進めたかわいいいとこの女の子の家。ひとつひとつ、とっても丁寧に作り込んでキャラクター像を補強するとともに、タイの社会のあり方を見せてくれる窓としても機能しています。
そう、これって、広くアジア圏で通じる、いや、おそらくは西洋でも十分に通じる家族の物語でありながら、現代のタイをカルチャーを学べる映画にもなっていて、そこも僕にとっては大きなポイントでした。今作の登場人物は、ほとんどが中国系タイ人です。ざっと割合は人口の1割ほどでマイノリティらしいですが、タイ語と中国語と英語の関係とか興味深かったし、日本で言えばお盆にあたる清明節に親戚がお墓に集まる文化って、日本だと沖縄にあるなという共通点も見出だせて面白かったです。全体として大満足。スタジオGDHの仕事に外れなしです。尺が2時間を少しこぼれるのが少し冗長かなとは思っていて、どのシーンがっていうよりも、全体を少しずつキビキビ編集してネジをキュッと締めてほしいなとは思ったものの、あのおばあちゃんに演技経験ほぼゼロの俳優をキャスティングして演出し切る腕前は、35歳のパット監督、相当なものですよ。タイ映画に親しみがないという方、この作品を入口にしてみるのはどうでしょう。きっと想像以上にフィットしますよ。
なんたって主人公エムを演じたビルキンは歌手なので、主題歌もこうして歌ってみせます。これがまた滲みました。映画館で対訳の字幕とともにぜひ。