京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『そばかす』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 1月3日放送分
映画『そばかす』短評のDJ'sカット版です。

蘇畑佳純、30歳。海辺の地方都市で実家に住む女性。彼女は人に恋愛感情がわかない。だから、彼氏はいない。母親からは結婚しろというプレッシャーがすごく、辟易としている。私は私でなんの不満もなく楽しくやっているのに、なんで押し付けられないといけないのか。うつ病で仕事を休んでいる父。3回離婚している祖母。第一子を妊娠中の妹。ラーメン屋の店員、元AV女優の同級生など、いろんな人と交流する中で、佳純の未来は見えてくるのか。

 

企画・原作・脚本は放送作家のアサダアツシ。監督は演劇の分野で活躍してきて、これが3作目の映画演出となる玉田真也です。主演と主題歌の歌唱は三浦透子。他に、前田敦子伊藤万理華北村匠海、坂井真紀、三宅弘城などが出演しています。
 
僕はメディア試写で鑑賞しました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

近年、よく話題になるのが、LGBTQを扱った作品です。この作品にも何人か性的少数者が登場するんですが、興味深いのは、主人公の佳純は、相手の性別を問わず、他人に性的に惹かれないという性的指向の持ち主、アセクシュアル当事者だということ。彼氏がいないってだけでなく、彼女もいない。性的指向がないんです。この作品は、「(not)HEROINE movies」というシリーズ企画の第3弾なんですが、この企画自体が面白いと思いますね。女性主人公らしからぬキャラクターを主人公に据えたゆるいシリーズと言えますが、確かに佳純もぱっとしない日常生活を送っているように見えます。コールセンターでの苦情を受け付ける毎日はなかなかしんどくて、息抜きに会社の屋上へ行ってはタバコを吸ってみたり、海へ行っては浜辺でぼーっと瞑想したりしているばかり。気ままではあるが、生きづらさを抱えていて、それが作品の主題になります。
 
映画を見たり、おいしいものを食べたりということに喜びを見出している。自分としてはそれで十分なのに、数合わせで呼ばれた合コンで食事に夢中になっていたら、自分に夢中になる男がいたり、おせっかいな母親からは勝手にお見合いをセッティングされたりする。放っておいてくれと思いながらも、社会でも大家族の中でも、恋愛至上主義のようなものが幅を利かせるばかりで、とても煩わしい。そんな佳純にとって、転機となるような出会い、あるいは再会がいくつか描かれます。自分と似た境遇だと思えた人との束の間の楽しさとわかり合うことの困難。これはキツかったですよ。私のことをわかってくれると思っていたはずなのに…というね。

(C)2022「そばかす」製作委員会
いろんな人が出てきますが、前田敦子演じる元AV女優真帆との再会が印象的です。彼女と佳純は、学校で同じクラスだった時には同じ仲良しグループにいたわけではないけれど、10年以上経ってみたら、すごくいい関係になれる。そんなふたりが、ひょんなことから一緒に取り組むことになるのが、電子紙芝居という動画制作です。佳純は新たな職を得て、そこでシンデレラの紙芝居を作ることになるんですが、真帆が手伝ってくれることになり、昔から違和感を覚えていたシンデレラの改変、2次創作を始めます。

(C)2022「そばかす」製作委員会
僕はこの作品、とても興味深く見たし、何度か声に出して笑ってしまうようなやり取りもあって気に入りました。三浦透子前田敦子シスターフッドもなかなかユニークな顔合わせで、さすがに達者なふたりの演技をはじめ、概ねどなたも好演されていて、会話における絶妙な間合いなんかは、さすが演劇畑で活躍されている玉田監督だなと楽しめます。一方で、家族での食事シーンや佳純の出会いのいくつかはかなり唐突な場面転換で演劇的すぎるとも思ったし、佳純が自分の事情をひとたび声に出してからは似たような趣旨の発言が続くのもどうなのかと。シスターフッドという意味では、せっかくの大家族の設定で、バツ3のおばあさんとか、うまく掘り下げれば厚みも出て、世代を超えた連帯までいけたのにそうはなっていないところが、この映画のスケールを小さなものにしている要因のひとつです。

(C)2022「そばかす」製作委員会
ただ、小粒でもピリリとしていることも確かでして、最後に出会うあの人の存在と、お父さんとの一連のやり取りは、とても好感が持てました。ある人物と映画館へ行くくだりがあるんだけど、驚くことに、観る作品は別々なんですよね。あれが象徴的で、みんな違っていいじゃないか。世の中にはいろんな人がいていいじゃないかってことなんですよ。これはアセクシュアルの話でしたが、それ以外にもいろんなマイノリティーがあって、マイノリティーの問題はたくさんあります。こっちでは多数派の人も、あっちでは少数派なんてことばかりなのが世の中です。(not)HEROINE moviesには引き続き期待しています。いろんな例を僕たちに見せて、僕たちが決してひとりではないことをまだまだ示してほしいです。
 
主題歌は羊文学の塩塚(しおつか)モエカが提供したもので、歌っているのは主演の三浦透子本人です。さすがの才能。走れ、その先にという歌詞が物語にぴたり。風になれ。

さ〜て、次回2023年1月10日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『離ればなれになっても』です。1982年からの40年にわたるイタリア現代史を背景に、男3人、女1人の人生が交錯していく感動作。僕はパンフレットに解説文を寄稿していますので、良かったら手に取ってください。というからには、パンフに書いたのと違うことを喋る所存! さぁ、あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!