京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『ハッピーニューイヤー』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 12月27日放送分
映画『ハッピーニューイヤー』短評のDJ'sカット版です。

舞台は、韓国の大都会にある高級ホテル、エムロス。クリスマスと新年が近づく中、いろんな人が行き交います。本当は好きな男友達に15年も告白できずにいるホテルの女性マネージャー。自宅のボイラーが故障してスイートに泊まり込んでいるCEO。公務員試験に落ちて恋人にもフラれた青年。ハウスキーパーとして働きながらミュージカル女優を目指す女の子。下積みを経てスターへの階段を登っている歌手。スピード婚へとひた走るラジオ・プロデューサーとピアニスト。初恋の相手と40年ぶりに再会したドアマン、などなど。大勢の登場人物が新年を迎えるまでの物語です。

猟奇的な彼女 (字幕版)

監督は、『猟奇的な彼女』や『僕の彼女はサイボーグ』など、80年代後半から活躍するベテランのクァク・ジェヨン。ホテルのマネージャーにハン・ジミン、ラジオプロデューサーにキム・ヨングァン、ドアマンにチョン・ジニョン。モーニングコール担当スタッフに、少女時代のユナなどなど、韓国の旬のキャストが幅広く出演しています。
 
僕は先週金曜日の朝に、MOVIX京都で鑑賞しました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

さっきは『ラブ・アクチュアリー』のタイトルを出しました。実際に、韓国版『ラブ・アクチュアリー』だという声があちらでもあります。同じく12月の群像劇ですから、当然意識はしているでしょうね。そして、ぴあの華崎さんはこの番組で本作を紹介してくれた時に三谷幸喜の『THE 有頂天ホテル』を引き合いに出しました。大晦日のホテルでの群像劇という意味で、当然ながら参考にしたことでしょう。ただ、これらいずれもが参照しているのが、90年前にグレタ・ガルボが主演した映画『グランド・ホテル』です。これはそのまま群像劇の物語形式としてひな形になっていて、グランドホテル形式と呼ばれます。たくさんの登場人物それぞれの短い話が、互いに作用しながら、ホテルや空港、駅など、ひとつの場所で相互作用を起こして全体を構成していくタイプですね。

(C)2021 CJ ENM CORP., HIVE MEDIA CORP. ALL RIGHTS RESERVED.
『ハッピーニューイヤー』は、言わばその正攻法という感じで、そのままホテルを舞台にしてあります。ただ、映画のスタートは、実はFMラジオ局なんですよね。下積みから這い上がって、いよいよこれからというシンガーソングライターがDJを担当している番組があって、彼に加えて、お兄さんである個人事務所のマネージャーと、番組の男性プロデューサーという3人が、このラジオ周りで出てきます。これは僕の考え方ですが、ラジオもグランドホテル形式のバリエーションとして機能すると思うんですよ。この形式には共通の場所が必要ですが、ラジオの特に生放送というのは、送り手とリスナーがそれぞれの場所で同じ時間を共有するので、擬似的に「スペース」を生み出せるわけです。実際、ラジオをモチーフにしたオムニバス映画も多いですからね。ジャームッシュの『ミステリー・トレイン』もそうだし、イタリア映画『モニカ・ベルッチの恋愛マニュアル』もそう。ただ、本作ではラジオの特性を物語に組み込むまでには至っていなくて、ラジオのリスナーの様子ってのがないんです。これはもったいないと僕は思いますね。登場人物の誰かがリスナーとして投稿するとか、車移動の時に番組が流れているとか、もっとやりようはあったはずで、そこは惜しい。

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と、こんな風に、ちょいちょい作りがゆるいなと感じるところは正直ありました。音楽は結構たくさん手を変え品を変え使われるんですが、その流し方がわりと漫然としちゃっていて、メリハリがないので、場面によってはダラっとした印象を受ける人がいてもしょうがない。あと、これもさっきのラジオとも共通しているところですが、ホテルのマネージャーで一応主人公的な立ち位置となるハン・ジミンさんが、実はずっと好きだった男友達とバンドを組んでたっていう設定なんですけど、あれもバンドである必然性が特にないんです。これも、もったいないところですね。でも、はっきり言って、僕はハン・ジミンを眺めているだけで満足みたいなところはありまして、あの地下スタジオ、バンド仲間と通い詰めたあの慣れ親しんだはずのスタジオのわずか5段ぐらいの階段で彼女は必ずといっていいほどつまづいて転びかけるんだというギャグがありましたよね。褒め言葉として言いますが、無駄に繰り返し彼女の転び芸を見せるところ。あれは良かった。

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というような感じで、韓国エンタメ界で旬なキャストたちがその魅力で引っ張っていく映画です。お話も演出もゆるいところもあるし、とんだご都合主義もあるし、観ていてかったるいなっていうパートもあるにはあるんですが、群像劇のいいところで、ひとつひとつは長くは続かずに切り替わっていくし、もちろん一定以上のレベルにまでは持っていってある作品なので、全体としてはまったく悪い気分がしないんです。なんなら、僕、結構好き。で、僕の場合はハン・ジミンでしたけど、キャストの誰かに思い入れると、その人の行方が気になるという群像劇の利点もバッチリあります。誰もが心底満足とはいかないかもしれないけれど、どの世代の誰もが少しでも幸せになってほしいなと思える、年末年始にやさしくなれる作品。ただ、ひとつ、大晦日に結婚式ってのは、おい、ラジオプロデューサーと歌手のおふたりさんよ、いくらスピード婚とは言え、参列者、ゲストに優しくないんでないかいっていう大いなる疑問は最後に付け加えておきます。


さ〜て、次回2023年1月3日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『そばかす』です。今年は大作を何本か外してしまってはいますが、それがゆえにと言いますか、多様な作品を鑑賞できたかなと思っています。おつきあいいただいた皆さん、ありがとうございました。で、来年1本目は、今年も大活躍だった三浦透子主演作となりました。恋愛は古今東西、映画の華ではあるんですが、この主人公は恋愛体質ならぬ、非恋愛体質。どんなことになりますやら。さぁ、あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!