京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

映画『リライト』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週月曜、11時台半ばのCIAO CINEMA 6月30日放送分
映画『リライト』短評のDJ'sカット版です。

7月の始め、尾道の高校3年生、美雪たちのクラスに転校してきた保彦。彼は美雪に自分が300年後からやって来た未来人であることを打ち明けます。とある小説を読んで、300年前の尾道に憧れ、タイムリープしてきたというのです。秘密を共有したふたりは恋に落ち、7月21日、とある事件が起きたことをきっかけに、美雪は保彦からもらったカプセルを飲み、10年後の自分に会うためにタイムリープします。そこにいた10年後の美雪は、高校生の自分に、自分の書いたという小説を見せます。それは、300年後の未来で保彦が読むことになる小説でした。過去に戻った美雪は、保彦との自分の物語をいつか小説にして出版し、時間のループを完成させると約束して、保彦を300年後の未来へと見送ります。そして、10年後、20代後半になった美雪は、約束通り小説をものにして7月21日、高校生の自分がタイムリープして来るのを待つのですが、どれだけ待っても現れません。なぜ? 美雪の回りでは不可解なことが続々と起きるようになって…

リライト〔新版〕 (ハヤカワ文庫JA) リライト〔映画ノベライズ〕 (ハヤカワ文庫JA)

法条遥の同名小説に惚れ込んだヨーロッパ企画上田誠が脚本を書き、ぜひ松居大悟に監督してほしいと指名して実現しました。高校生と20代後半の美雪を演じ分けたのは、池田エライザ。保彦には阿達慶が映画初出演で扮しました。他にも、橋本愛久保田紗友、倉悠貴、前田旺志郎、そして尾美としのりマキタスポーツ石田ひかりなども出演しています。
 
僕はメディア試写と先週木曜日の夕方にTOHOシネマズ梅田と2回鑑賞してきました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

尾道で、タイムトラベルもので、主人公が女子高生で、未来から男の子がやってきて、なんなら、尾美としのりも出演している時点で、これはもう、大林宣彦監督の『時をかける少女』へのオマージュなわけですよね。これでもかと繰り出してきますよ。石田ひかりは、大林監督のこれまた尾道が舞台の『ふたり』に出たのがおそらく映画初出演にして初主演ですから、もうね、これはやりすぎと言いたくなるくらいの大林リスペクトなんですよ。もちろん、原作小説にもその要素は出てくるんだけれど、この映画はそれをさらに増幅しているんですね。なんなら、ラベンダーの香りも出てきます。僕が観てきたTOHOシネマズ梅田には実際に池田エライザや阿達慶が来た衣装が展示されているんですが、2009年が高校生活の舞台の割には、デザインがもっとレトロなものになっているんですよ。で、劇場に入る時に特典として受け取ったポストカードには、「少女は時を翔けた」っていう主人公美雪の書いた小説の表紙が掲載されているんですよ。しかも、このデザインも結構レトロ。僕はこう思いました。乗っかり過ぎだろうと。そして、映画が始まりました。タイトルが出るまでのアバンタイトルが20分ほどあるんですが、先ほど僕があらすじで喋ったことがその20分で展開されます。3週間の夏の恋。未来人との儚い時間。そして、タイムループを完成させるために必死で小説家を目指して、デビューして、何冊かものにした後にいよいよ保彦との約束の小説を出版するタイミング。見本も出来上がって、「良かった、間に合った」。後は、10年前の自分が血相を変えて2019年の7月21日の私に会いに来るのを待つだけ…

©2025『リライト』製作委員会
面白いんですけど、言葉を選ばずに言えば、話としては、それこそ『時をかける少女』のフォロワー的なものにしか感じられないし、なんか映像的にも、どこかでこの手の演出や画面づくりを見たことがあるっていう既視感のオンパレードなんです。僕はその頃には興味を失いかけていたんです。ところが、10年前の美雪は来ないんですよね。その瞬間にタイトルが出ます。『リライト』。そのタイトルの出し方がシンプルにして格好良かったんですよ。ちょっとゾクッと来ました。なるほど、ここまでの流れは松居大悟の「あえてのベタ」で、ここからが本番だったんです。徹底して「時かけ」っぽくしておいたのは、今作が実はその裏をかき、なんなら原作小説の世界観もひっくり返していくような映画オリジナルの展開を際立たせるためだったんです。それに気づいてからのジェットコースター的な面白さはすごかったですよ。でも、物語の構造や内容については、これ以上は話せないんです。ひとつだけ言うとするなら、主人公は確かに美雪ではあるのだけれど、見方を変えれば、主人公はたくさんいるってことぐらいかな。それぐらいの鮮やかな構造的転換がタイトルが出た後に起きてきて、中盤で想像を遥かに超える大転換が表面化します。でも、これ以上一歩でも踏み込むと、もうネタバレの領域に足を踏み入れることになりますから、ラジオではこれ以上は言えません。なので、ここでは松居大悟監督の演出面での巧みさと映画的な良さに言及しておきます。

©2025『リライト』製作委員会
脚本が仕上がった時点で、松居監督曰く、3時間半ぐらいの尺になっていたらしいんです。だから、どう考えたって削らないといけない。ひたすらに削る作業なんですが、実は付け加えた場所があるんですね。僕はそこにこそ映画としての魅力がよく出ているし、松居監督の作家性が発揮されていると見ています。たとえば、「これはどうやら想像もつかなかった事態が進行しているのかもしれない」と2019年の美雪が夜眠れずに実家の2階でタバコを吸っているシーン。夫の章介が美雪を心配して「眠れない?」って声をかけて、美雪が「そっち行っていい?」って聞く、何とも言えない艶っぽさが出ているところ。あそこは物語上、特に意味はないので省略できるんだけれど、監督はわざわざ足しています。でも、そこにこそ、かつての少女が約束を抱えて大人になって、必ずしも自分の思い通りにならない今という時を生きているという実感があるんですよ。これだけファンタジックな設定なんだけれど、ジュブナイルもののリアリティーが出ているんです。そして、章介のようなパートナーが美雪にとってどれほど大切な存在かということが最小限のセリフでわかります。そこからはもう、僕は章介が愛おしくてしょうがなくなりました。それは、クラスメイトの茂くんにしたってそうです。当初は、どこにでもいるクラスのまとめ役というぐらいにしか思えなかった茂が、後半ではとてつもなく抱きしめたくなる存在になります。そう、高校生の茂が実はクラスでいろいろ頑張っていたんだとわかるシーンがあるんですが、それを松居監督はワンカットの長回しで撮影することを選択しています。撮影の手間は圧倒的に増すはずですが、うまくいけば茂の頑張りがより強調されるから実行に移しているんです。

©2025『リライト』製作委員会
この作品は、時間というものが映画というメディアにとって根源的なテーマであることを見抜いて、それぞれの過去作で経験値を積み上げてきた上田誠と松居大悟が、互いの強みを活かしてまとめあげた一つの到達点です。タイムトラベルものの構造的な面白さをこれでもかと突き詰めながら、僕たちの現実の人生において時間が不可逆で取り返しがつかないものであることの切なさを描く青春の情感をたっぷり感じさせてくれる力作ですよ。大作話題作が目白押しの公開タイミングになってしまいましたが、僕は強く推しますし、久々に劇場で若い女性たちからおじさんまでがみんな声を出して笑っている雰囲気も含めて、今年屈指の映画体験となりました。
 
ちなみに、映画のパンフレットは、よくできているので購入をオススメしますが、鑑賞前にページを開いてはいけません。カバーが付いていますが、そのカバーすら剥がしてはいけません。そのままカバンに入れておいてください。
劇中で高校生たちはスピッツの『チェリー』を合唱するんです。これがとてつもなく良い効果をあげていました。歌詞もピッタリだもの。想像した以上に騒がしい未来が彼らを待っていました。この選曲もピッタリでしたが、ラジオではRin音の主題歌をお送りしました。映画を観た後、エンドロールで聞くと、あちこちでニヤリとする表現が散りばめられていて、お見事。

さ〜て、次回、7月7日(月)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『フォーチュンクッキー』です。これ、映画館で予告編を観た時に一発で惚れちゃったんです。ジム・ジャームッシュの初期の雰囲気がたっぷり。でも、一本の映画でジャームッシュをリスペクトする以上の何かがあるのかどうなのか。確認してきますよ。さぁ、あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、Xで #まちゃお765 を付けてのポスト、お願いしますね。待ってま〜す!