京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『3つの鍵』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 9月27日放送分
映画『3つの鍵』短評のDJ'sカット版です。

ローマの高級住宅街のとあるアパートに3つの家族が住んでいます。互いに顔見知りであり、ある程度の交流はあるものの、素性をよくよく知っているわけではないという、都会の暮らしぶりです。ある夜、1階に車が衝突し、女性が亡くなってしまいます。運転手は、3階の裁判官ヴィットリオとその妻ドーラの息子である青年アンドレアでした。この日を境に、3つの家族はそれまでとは違う人生を歩み始めることになるという群像劇です。

三階-あの日テルアビブのアパートで起きたこと

原作は、イスラエルのベストセラー作家エシュコル・ネヴォが10年ほど前に書いた「Three Floors Up」という小説で、映画公開に合わせてか、五月書房新社から邦訳が先日出版されました。裁判官のヴィットリオを演じているのが、共同脚本と監督を務めるナンニ・モレッティです。キャストには、イタリアを代表する面々が揃いました。特に、モレッティ作品ではこれが4度目の出演となるマルゲリータ・ブイが裁判官の妻ドーラを演じたほか、リッカルド・スカマルチョが事故で仕事場を破壊された1階の住人ルーチョ、そしてアルバ・ロルヴァケルが2階の妊婦モニカに扮しています。
 
僕は先週月曜日にUPLINK京都でトークショーを開催することもあり、公開前にマスコミ試写で鑑賞しておりました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

現在69歳で、70年代から監督として俳優として国際的に知られる活躍を見せ、ホームタウンのローマでは映画館も共同経営する名匠ナンニ・モレッティ。今作が、実は初めての原作ものになります。さっき概説で触れたように、小説は邦訳が出たところなんですが、そのタイトルは『三階 あの日テルアビブのアパートで起きたこと』です。そう、舞台はもともとイスラエル第2の都市であるテルアビブなんです。それをモレッティはローマにスライドさせました。なおかつ、彼はこんな風にも語っています。場所を選ばないテーマであり、この物語は東京でも起こりうるかもしれません、と。では、そのテーマとは何かと問われれば、今年春に日本初上映されたイタリア映画祭のリモートQ&Aでこう答えました。「親であることの難しさです。親であるということは、やっぱり間違いは必ずすると思うんです。だけど自分がとってしまった行動、親としての自分がとった決断、ないしは行動のもたらした結果というのも含めて、責任を追うということはどういうことなのかを映画で描きたかった」と。
 
なるほど、確かに、これは3つの家族の物語ですから、それぞれに何らかの形で親子の問題が浮上します。ただ、小説と映画ではまったくと言っていいほど語り方が違うのは注目に値するし、それこそがモレッティの演出の手腕でもあると思うのです。原作では、3つのフロアの3つの物語は、実は独立して語られます。1階の男は自分の身に起きたことを友だちの小説家に話して聞かせ、2階の妊婦はやはり友だちに手紙をしたため、3階の未亡人は死んだ夫にボイスレターを録音するんです。言わばオムニバスで、それぞれ出来事のクライマックスで語りが中断され、読者は小説ならではの余韻として、その後のことや3つのフロアの関係を想像することになります。

©2021 Sacher Film Fandango Le Pacte
モレッティは物語とテーマに惹かれながらも、これでは映画としては弱いと考えて、まず3つの物語を組紐状に交差させて結わえていきます。同時進行させるんですね。その発端となる、建物に車が突っ込むあの事故ですが、原作にはないオリジナルです。事故が起きたことで、「なんだなんだ」と住人が顔を出すことが、そのまま導入としてのキャラクター紹介として利用しつつ、家庭の導火線に火がついていく発火点であることを印象づけるアイデアなんてめちゃくちゃ巧いです。そのうえで、それぞれのフロアのあの人とこの人がまさかこんな風に関わるとは、とか、この時に別のフロアではどんなことが起きているのかなど、言わばヒッチコックの名作『裏窓』的なアプローチで、サスペンスやミステリーを育んでいきます。さらに、モレッティは小説が良い意味で投げ出していた物語を、時間をかけてフィナーレまで持っていく、つまりは付け足すんです。これは原作がある映画では勇気の要る決断ですが、5年10年と時間経過を導入することで、今度は「あの人は今」みたいな観客の好奇心を刺激して映画を最後まで引っ張ります。しかも、過酷な体験をした登場人物たちと、それを観察して疑似体験した観客に、より明るい未来を提示してくれます。世界のどの都市にも今や共通するような都市生活者の孤独から、これまた映画オリジナルのダンスシーンを加えることで、解放しようとしてくれる。彼らと僕たちを閉鎖した建物と行き詰まったコミュニケーションから外へ連れ出してくれる。

©2021 Sacher Film Fandango Le Pacte
モレッティはとても幅広い作風で、コメディーも多いし、風刺もピリリどころかビリリときいています。ところが、今作ではカンヌでパルム・ドールを獲った20年前の『息子の部屋』に連なる正統派人間ドラマのひとつの到達点と言えるでしょう。この熟練の技を味わったら、ぜひその他のぶっ飛んだ作品も楽しんでみていただきたい。次なる作品はまたコメディーになるとのことを聞いていて、今から僕はワクワクしています。

モレッティ監督が自分で主役を演じているエッセイ風の映画『親愛なる日記』も現在同時公開中です。カンヌ国際映画祭で監督賞をとった93年の作品ですが今回ピカピカの画質になって蘇り、中ではとあるシーンで、こんな陽気な歌でモレッティが踊っています。細野晴臣さんのカバー・バージョンでお送りしました。
これ、もとは1951年の映画アンナという作品のサントラです。それをモレッティ監督がバールに流れていたテレビでたまたま見かけて、菓子パンかなんかをつまみながらおもむろに踊りだすシーンが最高なんですよ。そして、そんな曲をピックアップされていた細野さんの着眼点にもシャッポを脱ぎますね。


さ〜て、次回2022年10月4日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『川っぺりムコリッタ』です。荻上直子さんが、まず小説を書いて発表し、それをご自分で脚本に仕立てて監督したという、珍しい流れでできあがった作品のようですね。ムロツヨシを筆頭にキャストも魅力的。あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!