京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『パリ13区』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 5月10日放送分
『パリ13区』短評のDJ'sカット版です。

パリを構成する20の行政区のひとつ、セーヌ川の南、13区。高層住宅団地レゾランピアードや、パリ最大の中華街、そしてソルボンヌ大学などが位置するこのエリアを舞台にした、男1人、女3人、男女4人の恋模様を描いた作品です。高学歴ながら、コールセンターでオペレーターとして働く台湾系のエミリー。そのエミリーとルームシェアすることになった男、アフリカ系フランス人で高校教師のカミーユボルドーからあこがれのパリにやって来て大学に復学するノラ。元ポルノスターで、今はウェブカメラを使ったセックスワーカーとして生きるアンバー・スウィート。彼女たちが、パリ13区で交錯します。

預言者(字幕版) ディーパンの闘い(字幕版)

 監督・脚本は、『預言者』や『ディーパンの闘い』でカンヌ国際映画祭をあっと言わせてきた巨匠のジャック・オディアール。共同脚本には、セリーヌ・シアマ、レア・ミシウスのふたりを迎えていたこの作品には、実は原作があって、それは日系アメリカ人エイドリアン・トミネのグラフィック・ノベル。3つほどの短編を下敷きとしています。

サマーブロンド

台湾系のエミリーを演じたのは、これがスクリーンデビューとなるルーシー・チャン。他に、ノエミ・メルラン、ロックバンドSavagesのボーカリスト、ジェニー・ベス、マキタ・サンバが出演しています。
 
僕は先週木曜日に、シネ・リーブル梅田で鑑賞しました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

最近僕が観た中では、最も性描写の多い作品でした。R18なんで、そりゃそうかとも思ったんですが、ちょっと笑ってしまうくらい多いんです。今振り返れば、男も女も、酒を飲んでいるシーンはあるのに、食事のシーンはほとんど無いんです。ネット社会における人と人のつながり、結びつきについての考察であり、研究と言えるこの物語においては、意図的に食事シーンを性的なシーンにシンボリックに置き換えてあるという理解でいいんだろうと思います。台湾系フランス人女性のエミリーなんて、途中から働き始めた中華料理屋で気分が高まっちゃって、職場を抜け出してとある人物と事に及ぶくだりがありましたよね。あれなんかは、食事をする場所からベッドへの逃避というのがまさにこの映画そのものだって思いました。満足してレストランに戻ってきた時、羽が生えたようにふわふわと踊っているのが楽しそうで、あれなんかは、あっけらかんというレベルで性の喜びを彼女に体現させてみせた素敵な表現だったと思います。

©︎ShannaBesson ©PAGE 114 - France 2 Cinéma
こんなふうに、とにかく、性的な関わりを軸に4人の関係が終始ぐるぐる変化していった先にどうなるのかってことを描くわけです。そのスタンスは、オープニングからのカメラワークが教えてくれます。夜、パリ13区の団地です。ロングショットから、だんだんとエミリーと高校教師カミーユがいる部屋へと寄っていくってのは、古くからの劇映画の始まりとして定石ですが、街を俯瞰するように、カメラが宙に浮いていて、映画にその後何度か登場するムクドリの群れのように上下左右に滑らかに動いていく。フィックスではない。とどまらない。ステディではない。それこそ、この映画内の人と人との結びつきそのものでもありました。

©︎ShannaBesson ©PAGE 114 - France 2 Cinéma
こんなことを言うと、性的に奔放な男女の若気の至りを高みの見物ってことかと思われるかもしれませんが、ちと違うんです。年齢の設定がそれぞれ絶妙でして、アイデンティティを構築できずにふらふらしているエミリーは20代前半ですが、残りの3人はもう30代なんです。若いとは言えない。それなりに人生経験も積んでいるけれど、たとえば家庭であったり職場のシステムだったりにもやもやした不満やわだかまりがあって、それを打破しようともがいている状況です。だから、いわゆる青春物語というわけでもなく、そのぶん、4人それぞれの過去やバックグラウンドを示すことも重要ではあるんですが、群像劇でもあるからあまり深いところまで考察するわけでもなく、さわりだけを的確に描写する技術は相当レベルが高く、見ていて心地いいです。認知症の祖母、吃音があってコメディアンを目指す妹、できすぎの姉、親戚とのいびつな距離感などなど。こうした問題が4人それぞれにあるんだけど、フラッシュバックして見せるのではなく、引っ越してきた家の壁にカビが生えちゃってたからペンキで塗り込める様子や、畳めるはずなのにうまく畳めなくて苦労する車椅子といったアイテムで、ほのめかしたり暗示してすませるのがうまい。

©︎ShannaBesson ©PAGE 114 - France 2 Cinéma
ジャック・オディアール監督は、今回共同脚本に女性二人を招いていて、世代も彼よりずいぶん下です。それが功を奏している理由のひとつは、性的な場面の気まずさがなく、かといって奔放で開放的な性のあり方を推奨するわけでもなく、美しく見せていることです。この作品はポルノではないから、性的な興奮を煽るものでもないですからね。下品でないんです。しかも、それを陰影の美しいモノクロームで見せるのも良かったですね。色をつける作業は観客に委ねてしまうことで、画面から情報を削いで物語の核心に迫っていく効果も得られていました。
 
人と人との結びつきには、この作品でもいろいろありました。SNSでひとは繋がりたがっているけれど、たとえ肉体的に安易につながったとしても、心の空白が埋まらないケースはありました。同時に、カメラ越しのつながりに、安らぎを得るケースもありました。そして、そうした関係も絶えず変化して、過剰に思えた言葉や性行為がシンプルになった時に、ふと並々ならぬ充足感を得ていることもありました。ジェンダーや年齢や人種、言葉、リアルとオンラインなど、現代の多様な恋愛模様を見事に盛り合わせて見せてくれる、僕にとってはとても満ち足りた映画体験となりました。
曲はサントラからではなく、Sabrina Carpenterが自分の好きな街パリの魅力、そのロマンティックさを讃え、合間にフランス語も忍ばせた歌にしました。ずばり、Parisをお送りしました。


さ〜て、次回、2022年5月17日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『マイ・ニューヨーク・ダイアリー』となりました。パリの次はニューヨーク。世代とキャリアの違う女性編集者が、J・D・サリンジャーを扱う出版社でどんなドラマを見せてくれるのか。あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!