京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『パディントン 消えた黄金郷の秘密』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週月曜、11時台半ばのCIAO CINEMA 5月26日放送分
映画『パディントン 消えた黄金郷の秘密』短評のDJ'sカット版です。

ロンドンでブラウン一家と平和に暮らしていたクマのパディントンのもとに、一通の手紙が故郷ペルーから届きます。差出人は、育ての親ルーシーおばさんが入所している老グマホームの院長。ルーシーおばさんがパディントンに会えなくて寂しがっているばかりか、様子がおかしいとのこと。心配したパディントンに同情したブラウン一家は、旅行を兼ねて一路ペルーへと向かいます。

クマのパディントン パディントン(字幕版)

マイケル・ボンドの児童文学『クマのパディントン』シリーズを原作とする映画も、これで3作目。これまで監督・脚本を務めてきたポール・キングは製作総指揮に回り、今回はこれが長編デビューとなるドゥーガン・ウィルソンがメガホンを取りました。脚本は、『映画 ひつじのショーン 〜バック・トゥ・ザ・ホーム〜』などを手がけたマーク・バートンが、ひつじからクマへと今回シフトしてきました。ブラウンさんはヒュー・ボネヴィル、ブラウン夫人のエミリーは、サリー・ホーキンスからバトンを受けてエミリー・モーティマーが担当することになりました。他に、老グマホームの院長にオリヴィア・コールマン、そしてアマゾンを行くボートの船長をアントニオ・バンデラスが演じています。主人公パディントンの声は、オリジナルではベン・ウィショー、そして吹き替えでは松坂桃李が担当していますよ。
 
僕は先週金曜日の朝にTOHOシネマズ二条で吹き替え版を鑑賞してきました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。
パディントンのこの実写シリーズは、とにかくハズレ無しという評価が続いていただけに、3作目ともなると、特に監督がドゥーガン・ウィルソンに交代してプレッシャーもあったと思うんですが、先に言ってしまうと、見事な手さばきで長編デビューを飾ったということで良いんだと思います。シーンごとにスラップスティックなドタバタがあり、イギリス特有のユーモアがあり、ペルーへ行ってからはインディー・ジョーンズのようなムードも醸しながら、映画名作オマージュも散りばめながら、人に親切でいようぜっていうメッセージを押し付けがましくなく伝えてくれる、家族みんなで観られる娯楽作のお手本のようなまとめ方に拍手ですよ。

[c]2024 STUDIOCANAL FILMS LTD. – KINOSHITA GROUP CO., LTD. All Rights Reserved.
脚本も、伏線の張り巡らせ方とその回収というのはこういう風にやるんだよっていう、教科書のような構成です。どんな細かいネタでも、後になってここにつながるかという周到さ。これは、「ひつじのショーン」というノンバーバルな作品で腕を振るったマーク・バートンの小道具の使い方、シチュエーションの作り方が反映された結果ですね。たとえば、冒頭です。パディントンが初めてのパスポートを作るために、ひとり証明写真機のあのボックスに入るシーンがありましたね。椅子の高さを合わせて、コインを入れるところからトラブル続きで、撮影はできたんだけれども、顔を赤い丸の中に入れてくださいという機械の指示を文字通り真に受けて、赤い丸に顔を擦り付けたひしゃげた顔がパスポートに採用されてしまいます。これは、ペルーへ入国する時に審査場でパスポートの顔写真を確認する係員に「間違いなく本人ですよ」ってことをパディントンが審査場のガラスに顔を擦り付けることで回収されます。僕らはここでニヤリとする小ネタですね。

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こういうのが次から次へと枚挙にいとまがないくらいに釣瓶打ちされるわけですが、なぜ僕がパスポートのネタをここで例として出したかと言えば、僕はこれこそ本作のテーマと密接につながっている象徴的なものだと考えているからです。今回の物語は「パディントン、ペルーへ行く」なので、パスポートを作るのは自然な流れなんだけれども、序盤でパディントンはパスポートを持ったことにすごく喜ぶんです。なぜかと言えば、「これで晴れてイギリス国民になれた」から。ちゃんと言葉に出して言うんです。その上で、彼は吐露します。自分が心身ともにまぜこぜな状況に置かれていたこと。まぜこぜというのは、mixed feelingsの訳みたいですが、確かに、パディントンアイデンティティはかなり込み入っています。両親に育てられたわけでなく、好奇心に導かれるまま生まれ故郷から旅をして住み着いたロンドンでは異邦人、異邦グマです。うまく溶け込めずに下手をすれば、イリーガルな方の違法な存在になってもおかしくないのだけれど、そうはなっていません。1、2と来て、しっかりブラウン家の一員として認められているんです。状況は複雑でも、彼のまぜこぜは悩みというよりも、あちこちでの色んな人との交流の良いところが混じり合って他に類を見ない独自の心模様を生み出したという、素敵なまぜこぜなんですよ。これって、伝統がありながら、大英帝国時代から異文化と異邦人を受け入れてできあがった現在のロンドンのスタイルを体現しているとも言えます。パスポートを受け取るシーンで、パディントンはそんなまぜこぜなロンドンの一員になれたことを喜ぶんです。そして、そこに立ち会った郵便配達員たちご近所さんの人種ジェンダーの構成もさり気なく気配りがあるまぜこぜ具合。そこに突然降る雨もロンドンらしく、パディントンにお祝いに差し出されるのは伝統のこうもり傘、『キングスマン』のような高級な黒い傘だったということも忘れてはならないし、これもしっかり後に回収される伏線となっていましたね。

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映画のスタイルも、まぜこぜですよ。『ミッション:インポッシブル』もあれば『サウンド・オブ・ミュージック』もあるし、『エイリアン』のパロディーもあります。それらオマージュやパロディーを、原作誕生から70年近いパディントンに盛り込むというミックスも良いです。インカ帝国からのエルドラド、黄金郷を巡る物語のモチーフを人間の欲深さにつなげて、人間の欲望の歴史を書き換えてみせるのも楽しいし、飽くなき欲望、強欲さの果てに起きた排除や独占がどれだけ分断を生んできたかということを考えると、パディントンは現代に蘇ったクマの姿をしたヒーローかとも思えてきます。そのうえで、物語の流れには触れませんが、証明写真機にコインを入れるのと同じ一連の仕草の後に、ペルーでも形を変えて同じ動きが出てくる伏線回収の果て、まぜこぜと肯定的に自覚するパディントンが自分の居場所とは、家族とは何かと考えを巡らせて決断していく様子にはじんわり感動させられますよ。ブラウン一家の子どもふたりも大きくなってきたし、お母さんの描く油絵のまぜこぜ具合、マーブルな色合いもますます美しいし、既に4本目の製作も決まっているということで、僕もシリーズのファンとして、これからもぬいぐるみを大事にし続けます。
パディントンは吹き替えで観る人も多いとあって、日本版のイメージソングとして採用されていたこの曲をオンエアしました。オリヴィア・コールマンのご機嫌かつ胡散臭い(そういうキャラクターなんです)歌いっぷりなんかは、ぜひ劇場で!
 
さ〜て、次回、6月2日(月)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『サスカッチ・サンセット』です。クマからサルという格好ですが、この非常に奇妙な映画については、実は公式ホームページの作成に関わった方と先月お話をする機会がありまして、「ぜひ雅夫さんがどう語るのか、聞きたいわぁ」とおっしゃっていただいたので、まだ正直、海のものとも山のものともわからないんですが、張り切って飛び込んできます。さぁ、あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、Xで #まちゃお765 を付けてのポスト、お願いしますね。待ってま〜す!