舞台は、1980年代の
ナポリ。主人公は、自分の将来、進路について考える年頃の悩めるハイ
ティーン、ファビエット。他に登場するのは、家族や友人、親戚、ご近所、そして憧れのアーティスト、さらには
セリエAの地元チームに加入したブラウン管ごしの
ディエゴ・マラドーナ、などなど。多感な若者ファビエットをめぐる豊富なエピソードを通して、パオロ・ソレン
ティーノ監督が当時の
ナポリを、自伝的に、そして断片的に、しかし立体的かつ多面的、ノスタルジックに描写した物語です。
僕は先週土曜日、
Netflixで鑑賞いたしました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。
パオロ・ソレン
ティーノ監督は、現在51歳でして、これが長編9本目かな。2001年デビューなんで、2・3年に1本、コンスタントに公開にこぎつけているんですが、すべて脚本も自分で書く作家性の強い映画人です。カンヌ、
ヴェネツィア、オスカーを始めとする名だたる映画祭で次々と賞を獲得していることから、今やイタリアを代表する巨匠だと言われることが多いです。他に小説も書いていて、まだ邦訳はないものの、僕も持っていますが、これがなかなか面白い。彼は、自分が影響を受けた、インスピレーションを得た人たちとして、
フェリーニ、スコセッシの名前を挙げているんですが、それはまあ映画監督として、そして過去作を観れば、なるほどなと感じるところなんですが、同じようにして
トーキング・ヘッズも並べるんです。これも、
ショーン・ペンと一緒に作った『きっと ここが帰る場所』に結実しました。去年の『
アメリカン・
ユートピア』ばりのものすごいライブシーンのある作品でもあって、これも強くオススメします。つまり、ソレン
ティーノは、自分の影響を公言しながら、オマージュと片づけるにはためらわれるほどのレベルで、先達の仕事を賛美しながら、咀嚼して磨いて独自の表現にまで高めてきました。そこで描くのは、抽象的な表現ですが、欲望に満ちた人間の不思議です。人はなぜ欲望に
固執するのか、夢を抱くのか、そして囚われたり、絡め取られたりするのか。個々人のエピソードと、その複雑怪奇な集合体としての街や時代を映像に凝縮する作風です。
そして、アカデミー賞の授賞式で観客の度肝を抜いたのが、マラドーナへの感謝です。マラドーナがいたからこそ、今の僕がいると。どういうことなのか。今作では、ソレンティーノが映画監督になってからも、37歳にいたるまで住み続けたナポリそのものの不思議と、世界的スターのマラドーナがナポリへやってきたことがいかに多くの市民に影響を与え、例のワールドカップにおける神の手ゴールによって自分が文字通り生かされた体験の不思議を描いています。マラドーナがいたからこそ、今の僕がいるという趣旨の発言は、誇張でもなんでもないのだと、これを観ればわかります。
映画全体を貫く一本のストーリーラインというのはありません。主人公のファビエットは
狂言回しとして、個性豊かな人物のひとつひとつ強烈なエピソードを見たり聞いたりしては、それを少しずつ人生の滋養にしていくといったところ。ユーモアがふんだんに盛り込まれる前半と、ある決定的なできごとを境に、否応なく自立を迫られて映画監督という夢にもがきながらも進んでいく後半。光きらめく前半と、闇の中に光を探す後半。トーンは変わりながらも、スクリーンには人の営みのめくるめくワンダーが貼り付いています。
冒頭、美しきあこがれのおば、パトリツィアの身に起こる宗教的かつ俗っぽくもある奇妙なできごとのシーンがありました。彼女は聖人と妖精に出会ったというのだけれど、夫からは浮気だと罵られて大騒ぎになる場面。ファビエットは、彼女の不可思議な体験を信じるんですよね。理性や理屈を超えて、その話を受け入れるわけです。そのスタンスが全体を通して満ちています。思わずあっけにとられたり、固唾を飲んでしまう、現実ベースなのに現実離れした映像の数々は、鑑賞後にも不意に脳裏に蘇るほど、すごいです。ラスト、主人公がナポリを離れて映画の都ローマへとひとり列車で旅立つ場面。車窓の外側からとらえたファビエットの顔には、ガラス越しに外の景色が二重写しになっていて、それが流れていく。ナポリで彼が経験した数々のできごとを僕たちも反芻しながら、人の営みや時代、街の不思議と、その中で地に足つけて自分の生を紡ぐのだと一歩踏み出す勇気をじわじわたたえるラスト。ノスタルジックであり、シビアでもあり、愛おしくもあり、忘れたいが、思い出される… 遠いナポリのユニークな映画でありながら、オトナの階段を登る若者の普遍的な有り様をしっかり描く。ソレンティーノ、やはり巨匠の域です。入門としてもオススメ。フェリーニを継承するイタリア映画の最高峰のひとつ、ぜひどなたもご覧ください。
エンドで流れるこの曲は、やはり
ナポリ出身で
ナポリ弁を歌に持ち込む
Pino Daniele。クラプトンや
パット・メセニーとの共演でも知られる偉大なるミュージシャンです。
ナポリには千の色があると歌いだして、街の、そしてそこに生きる人びとの悲喜こもごもを愛情たっぷりに歌いこんだ名曲です。
さ〜て、次回、2022年2月22日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、
『ドント・ルック・アップ』となりました。超豪華キャストでアダム・マッケイが描く、SFダーク・コメディにして、
アカデミー賞作品賞にノミネートした
Netflix配信作品ですが、どこまで笑って見られるのか。そして、SFと言えるのか、な、内容ですよ。空恐ろしい。既に観ておりますが、これはもう一度だ! あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、
ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!