京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『The Hand of God』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 2月15日放送分
『The Hand of God』短評のDJ'sカット版です。

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舞台は、1980年代のナポリ。主人公は、自分の将来、進路について考える年頃の悩めるハイティーン、ファビエット。他に登場するのは、家族や友人、親戚、ご近所、そして憧れのアーティスト、さらにはセリエAの地元チームに加入したブラウン管ごしのディエゴ・マラドーナ、などなど。多感な若者ファビエットをめぐる豊富なエピソードを通して、パオロ・ソレンティーノ監督が当時のナポリを、自伝的に、そして断片的に、しかし立体的かつ多面的、ノスタルジックに描写した物語です。

グレート・ビューティー 追憶のローマ(字幕版) 

監督・脚本・製作は、『グレート・ビューティー/追憶のローマ』でアカデミー賞外国語映画賞を獲得したパオロ・ソレンティーノ。主人公のファビエットに扮したのは、フィリッポ・スコッティ。この作品で、ヴェネツィア国際映画祭で優れた新人俳優に贈られるマルチェロ・マストロヤンニ賞を獲得してブレイクした22歳の新鋭です。父親を演じたのは、イタリアを代表する名優にしてソレンティーノ作品の常連、トーニ・セルヴィッロ。他にも、『ワン・モア・ライフ!』のレナート・カルペンティエーリなどが出演しています。作品はヴェネツィア国際映画祭審査員グランプリにあたる銀獅子賞を獲得し、アカデミー賞国際長編映画賞にノミネートしています。去年の12月3日から一部劇場で順次公開されている他、今はNetflixで配信中です。
 
僕は先週土曜日、Netflixで鑑賞いたしました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

パオロ・ソレンティーノ監督は、現在51歳でして、これが長編9本目かな。2001年デビューなんで、2・3年に1本、コンスタントに公開にこぎつけているんですが、すべて脚本も自分で書く作家性の強い映画人です。カンヌ、ヴェネツィア、オスカーを始めとする名だたる映画祭で次々と賞を獲得していることから、今やイタリアを代表する巨匠だと言われることが多いです。他に小説も書いていて、まだ邦訳はないものの、僕も持っていますが、これがなかなか面白い。彼は、自分が影響を受けた、インスピレーションを得た人たちとして、フェリーニ、スコセッシの名前を挙げているんですが、それはまあ映画監督として、そして過去作を観れば、なるほどなと感じるところなんですが、同じようにしてトーキング・ヘッズも並べるんです。これも、ショーン・ペンと一緒に作った『きっと ここが帰る場所』に結実しました。去年の『アメリカン・ユートピア』ばりのものすごいライブシーンのある作品でもあって、これも強くオススメします。つまり、ソレンティーノは、自分の影響を公言しながら、オマージュと片づけるにはためらわれるほどのレベルで、先達の仕事を賛美しながら、咀嚼して磨いて独自の表現にまで高めてきました。そこで描くのは、抽象的な表現ですが、欲望に満ちた人間の不思議です。人はなぜ欲望に固執するのか、夢を抱くのか、そして囚われたり、絡め取られたりするのか。個々人のエピソードと、その複雑怪奇な集合体としての街や時代を映像に凝縮する作風です。

きっと ここが帰る場所(字幕版) アメリカン・ユートピア

 そして、アカデミー賞の授賞式で観客の度肝を抜いたのが、マラドーナへの感謝です。マラドーナがいたからこそ、今の僕がいると。どういうことなのか。今作では、ソレンティーノが映画監督になってからも、37歳にいたるまで住み続けたナポリそのものの不思議と、世界的スターのマラドーナナポリへやってきたことがいかに多くの市民に影響を与え、例のワールドカップにおける神の手ゴールによって自分が文字通り生かされた体験の不思議を描いています。マラドーナがいたからこそ、今の僕がいるという趣旨の発言は、誇張でもなんでもないのだと、これを観ればわかります。

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映画全体を貫く一本のストーリーラインというのはありません。主人公のファビエットは狂言回しとして、個性豊かな人物のひとつひとつ強烈なエピソードを見たり聞いたりしては、それを少しずつ人生の滋養にしていくといったところ。ユーモアがふんだんに盛り込まれる前半と、ある決定的なできごとを境に、否応なく自立を迫られて映画監督という夢にもがきながらも進んでいく後半。光きらめく前半と、闇の中に光を探す後半。トーンは変わりながらも、スクリーンには人の営みのめくるめくワンダーが貼り付いています。

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冒頭、美しきあこがれのおば、パトリツィアの身に起こる宗教的かつ俗っぽくもある奇妙なできごとのシーンがありました。彼女は聖人と妖精に出会ったというのだけれど、夫からは浮気だと罵られて大騒ぎになる場面。ファビエットは、彼女の不可思議な体験を信じるんですよね。理性や理屈を超えて、その話を受け入れるわけです。そのスタンスが全体を通して満ちています。思わずあっけにとられたり、固唾を飲んでしまう、現実ベースなのに現実離れした映像の数々は、鑑賞後にも不意に脳裏に蘇るほど、すごいです。ラスト、主人公がナポリを離れて映画の都ローマへとひとり列車で旅立つ場面。車窓の外側からとらえたファビエットの顔には、ガラス越しに外の景色が二重写しになっていて、それが流れていく。ナポリで彼が経験した数々のできごとを僕たちも反芻しながら、人の営みや時代、街の不思議と、その中で地に足つけて自分の生を紡ぐのだと一歩踏み出す勇気をじわじわたたえるラスト。ノスタルジックであり、シビアでもあり、愛おしくもあり、忘れたいが、思い出される… 遠いナポリのユニークな映画でありながら、オトナの階段を登る若者の普遍的な有り様をしっかり描く。ソレンティーノ、やはり巨匠の域です。入門としてもオススメ。フェリーニを継承するイタリア映画の最高峰のひとつ、ぜひどなたもご覧ください。

エンドで流れるこの曲は、やはりナポリ出身でナポリ弁を歌に持ち込むPino Daniele。クラプトンやパット・メセニーとの共演でも知られる偉大なるミュージシャンです。ナポリには千の色があると歌いだして、街の、そしてそこに生きる人びとの悲喜こもごもを愛情たっぷりに歌いこんだ名曲です。

さ〜て、次回、2022年2月22日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『ドント・ルック・アップ』となりました。超豪華キャストでアダム・マッケイが描く、SFダーク・コメディにして、アカデミー賞作品賞にノミネートしたNetflix配信作品ですが、どこまで笑って見られるのか。そして、SFと言えるのか、な、内容ですよ。空恐ろしい。既に観ておりますが、これはもう一度だ! あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!