京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『偶然と想像』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 3月1日放送分
『偶然と想像』短評のDJ'sカット版です。

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『ドライブ・マイ・カー』でアカデミー賞作品賞を含む4部門にノミネートという快挙でいよいよファンの裾野も広がっている濱口竜介監督の最新作で、この形式をライフワークにしたいと意気込む、短編オムニバス。3つの物語が収録されています。
 
女性の親友同士が仕事終わりのタクシーで交わしていた何気ない恋話から始まるまさかの話、『魔法(よりもっと不確か)』。
 
作家でもある大学教授に単位をもらえなかったせいで就職もフイになったと憤る男子大学生から、俺に代わってハニートラップを仕掛けてくれと頼まれた同級生の話、『扉は開けたままで』。
 
高校の同窓会に参加するため、久々に故郷に帰った女性が、駅のエスカレーターで20年ぶりに友だちと偶然すれ違って、話し始めたのはいいけれど、事態は思わぬ方向へという話、『もう一度』。

ドライブ・マイ・カー インターナショナル版

去年の第71回ベルリン国際映画祭では、審査員グランプリにあたる銀熊賞を獲得し、今年は濱口さんが審査員に名を連ねています。12月17日から上映がスタートしていて、バーチャル・シアターというシステムを使った配信も同時に行いながら、映画館でのロングランもまだまだ続いています。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

濱口竜介の快進撃は止まらないというのが、観終わってまず思ったことです。彼は映画理論や映画というメディアの特性をしっかり学んだうえで、自分の演出メソッドをもう確立していて、今作のタイトルになぞらえれば、役者陣のホン読みの段階から「偶然と想像」をいかに作品の味方につけられるかという方法論を自分のものにしています。
 
『ドライブ・マイ・カー』をご覧になった方は思い出していただきたいのが、西島秀俊演じる主人公の舞台演出家が役者たちにホン読みをさせて稽古をつけている場面。俳優が少しでも感情を込めると「もっとフラットに読んでください」と、演出家からいわゆる棒読みを強要されるんですね。しかも、あの演劇の場合には、何ヶ国語もの言語や手話が飛び交う多言語劇になっていたので、役者は相手が言っている言葉の一つ一つを十全に理解することすらできないという驚きの状況でした。これって、実は濱口監督の演出方法を垣間見せるものでもあるんですね。カメラを回すまでは、感情を入れさせない。なんとも奇抜にも思えるやり方ですが、僕が理解し想像する範囲でその意図を話すとするなら、誰もが簡単に想像できるような反応を演技に最初から反映させることなく、起きている状況やものごとを安易にこういうものだと決めつけることなく、つまり意味を最初から決めつけずに本番に望むことで、自分の言動と相手のリアクションに対して、可能性のドアを開いておけるということでしょう。役作りをしないということではなく、アドリブが要求されるのでもなく、俳優はカメラが回って映画の中に命を与えられた時に、その瞬間を予め決まったことではなく、僕たちの人生と同じように、未知なものとして受け入れて反応することができるようになるんです。それがきっと、フィクションである作りものの映画の中に「もうひとつの現実」が立ち現れることを目指す濱口映画のスタイルなんです。

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(c)2021 NEOPA/fictive
今作の3つのエピソードでは、タイトル通り、登場人物たちにとって驚きの偶然、アクシデント、落とし穴が用意されています。いずれも少人数の会話劇で、小さな日常の延長で誰の身にも起こりそうなシチュエーションが用意されます。ただ、お膳立てされた情報の提示はなく、僕たち観客は能動的に状況を推理しながら、その驚きの偶然が起こるのを目撃します。さらには、そこで面食らうキャラクターのありようを見て思わず笑ってしまったり、息を呑んだり、画面の外で起きたこと、起きていること、これから起こることを想像する。なおかつ、この3話に直接的な関係はないのだけれど、不思議と響き合うような感覚に見舞われて、誰かと話をしたくなる。もう、そうなったら、濱口監督のスタイル、その面白さの虜です。

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(c)2021 NEOPA/fictive
特に今回の短編集は、濱口さんも大好きなフランスの監督エリック・ロメールがかつて撮った「六つの教訓話(道徳的コント集)」の影響も感じられます。去年デジタル・リマスターされて日本でもリバイバル上映されたこの映画に向けて、実は濱口さんはコメントを寄せているんです。引用します。

映画チラシ エリック・ロメール監督特集上映「六つの教訓話」デジタル・リマスター版

誘惑に右往左往する男たちの姿に『道徳とは果たして何か』と宙吊りにされるのみだ。しかし、面白い映画というのはそもそもそういうものなのだ。答えは宙吊りにされ、私たちは永遠に誘惑され続ける。

 

誘惑されて困惑する男たちってところも含めて、この濱口さんのロメールの評価は、そのまんま『偶然と想像』にも当てはまります。はっきり言って、海外での評価を受けての逆輸入状態になっている濱口作品ですが、誰もが知るスターが出ていようがそうでなかろうが、尺が短かろうが長かろうが、予算が多かろうが少なかろうが、安定して質が高く面白いものを世に出せる濱口メソッド、あなたも今のうちに接しておいてください。特にこの作品は入門としておすすめです。

とても印象的に3つのエピソードをつないでいくのが、シューマンのおなじみのメロディーだったので、放送でオンエアしましたよ。で、3月1日現在の情報として、『偶然と想像』は、テアトル梅田、シアタス心斎橋、塚口サンサン劇場では、また今週金曜から上映がスタートします。その他、シネ・ヌーヴォ、出町座、みなみ会館では、まだやってるというすごい状況が続きます。ヒットを願っています。

さ〜て、次回、2022年3月8日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『ドリームプラン』となりました。テニス界で最強と謳われた、あのウィリアムズ姉妹を育てたテニス未経験の父親が用意していた驚愕の計画、その実話を映画化です。ウィル・スミスはとにかく笑顔が一番だと思っている僕です。あのスマイルをどんな形で拝めるのか、劇場に出向きます。鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!